渋りながらも仕事で王都に戻るエリックを見送り、ローゼリアは婚約者が来るのを今か今かと待っていた。
 三日前、今日の午後にお伺いしますという手紙が届き、時計の針は午後二時を過ぎた。
 気を揉みながらハーブティーで心を落ち着かせていると、開けていた窓の向こうから馬車の車輪が止まる音がした。

(――来たわ!)

 ティーセットを厨房に戻し、お客用のお茶の用意を頼む。
 淑女の最大速度で玄関に駆けつけると、年配のメイドが客人を応接間に案内しているところだった。
 先方で背を向ける、ふわふわのマロンブラウンの髪が見えた。
 幸か不幸か、両親はちょうど急ぎの用事で出払っている。じきに帰ってくるだろうが、一対一で話をするなら今を置いて他にない。
 退室するメイドと入れ違いになる形でローゼリアは応接間に入り、膝を折って淑女らしく名乗った。

「初めまして。わたくしはヴェルディ子爵ヨーゼルの娘、ローゼリアと申します」

 目線を上げると、二人がけのソファに腰を下ろした紳士が立ち上がった。
 胸まで伸びた髪を前でゆるく結い、大人の余裕のある笑みが迎える。

「ご丁寧にどうもありがとう。僕はレイモンド・カレイドという。ヴェルディ子爵から聞き及んでいると思うが、今日は君の婚約者として挨拶に伺った。まあ、立ち話もなんだ、座って話をしないかい?」
「……はい」

 お互い着席すると、榛色の瞳が興味深げにこちらを見ているのに気づく。
 二重の垂れ目は警戒心を解くように穏やかな光を宿し、意気込んでいたローゼリアは肩すかしを食らったような気分になった。

(ううん。騙されちゃダメ。この人は百戦錬磨のレイモンド様。小娘の機嫌を取ることなど造作もないはずだもの。胸の内は何を考えているかなんて、わからないじゃない)

 社交用の笑みを貼り付かせ、彼の世間話に相づちを打つ。
 話の途中でメイドが紅茶とお茶菓子を持ってきたが、レイモンドは律儀にもメイドに礼を言い、女性第一主義という噂は本物なのかもしれないと分析する。

(やっぱり手慣れているわね……話も選び方も、間の取り方も絶妙なバランスだし、これは世の女性が放っておかないはずだわ)

 レイモンドが紅茶を一口飲んだのを見届け、ローゼリアは爆弾を落とした。

「どうすれば、この婚約を白紙にしていただけるでしょうか」