「つまり、どういうことです?」

 教会前で待ち合わせ、そのまま近くのカフェに入ったローゼリアたちは、店員に注文を済ませた後、ローゼリアから近況報告を始めることになった。
 エリックが頼んだブレンドコーヒーが運ばれ、ローゼリアの前にはレモンパイが載ったお皿と紅茶のティーカップが置かれる。
 店員が一礼して去っていくのを見て、ローゼリアは口を開いた。

「さっきも説明した通り、カレイド侯爵家から婚約の打診がありました。今は月末ですから、週明けには婚約者が顔見せにいらっしゃるそうです」
「では……その婚約を受けると?」
「うちは子爵家です。断る立場にありません」
「……そう……ですか」

 エリックは湯気が立ち上がるコーヒーカップを見下ろし、そのまま沈黙してしまう。
 伯爵家と子爵家の結婚なら、前世のような身分差が障害になることはない。
 けれど、家格が上の侯爵家からの結婚話が来れば、話は別だ。貴族の結婚とは家同士の取り決め。そこに本人の意思が尊重されることはない。

(わたくしたちが一緒になる道は……また潰えたことになる)

 本当に、女神がいるのならば。
 喜ばせた後に絶望させる、こんな無慈悲な仕打ちはしないだろう。
 つまり、神などいない。自分の人生は自分でどうにかするしかないのだ。

「エリック様。わたくしは…………」

 言葉の続きが言えないまま、ローゼリアは口を引き結ぶ。
 自分はまた、目の前の人を置いて他の人の元へ行かなければならない。
 来世でこそと願い、やっと巡り会ったのに、運命の赤い糸はいとも簡単に自分たちを引き裂く。こんなことならば、いっそ出会わなければよかったかもしれない。
 そうすれば、無駄に期待することもなかっただろうから。

「ローゼリア様」
「は、はい」

 決意を秘めたようなエメラルドグリーンの瞳に見つめられ、ローゼリアは姿勢を正した。
 対するエリックは眉間に皺を寄せ、重い口を開く。

「私は……臆病者でした。一介の騎士が王女様を幸せにする権利はないと思って、あなたを見送ることしかできなかった。そして後悔しました。あなたが隣国に赴く旅の中で命を落としたと聞いたとき、どうしてお側にいなかったのかと」
「…………フィデリオ」

 苦渋に満ちた顔で視線を横にそらすエリックの嘆きに、元主人として何か言葉をかけなければと思うが、口の中で言葉が空回りしてしまう。
 自分は彼を置いていった身だ。今さら、慰めの言葉をかける資格はない。
 後悔の念にさいなまれていると、エリックがこちらを見ているのに気づく。視線が合わさると、ひどく凪いだ瞳に心を読まれたような錯覚が襲う。

「もしローゼリア様から望むならば、私があなたを連れ出し、遠い国まで逃げてみせましょう。いいえ、どうかご命令ください。我が主」

 自分は無力だ。女ができることなんて、たかが知れている。
 前世の自分は王女だった。ただ守られるだけの、鳥かごの姫だった。けれど。

(わたくしはいつまでお姫様気分でいるつもり? 愛する人にばかり苦労や心配をかけて、どうして自分で何もしようとしないの。これでは前世の二の舞だわ)

 もう自分はお姫様じゃない。
 戦う前から諦めているだけでは、何も状況は変わらない。

「フィデリオ――いいえ、エリック様。わたくしはあなたと約束しました。来世では結ばれましょう、と」
「ええ、ですから……」

 言葉の続きを引き取ろうとしたエリックに手で制し、ローゼリアは首を横に振る。

「わたくしを信じていただけるなら、どうか待っていただけませんか。せっかく生まれ変わって、またあなたに出会えたのですもの。今のわたくしがただ守られるだけの姫ではないと、証明してみせます」