一面青く渇いていた空が、熱をすべて吸収したようにたそがれた。
ずいぶんとうすまった群青が、だんだんと夕日に侵食されていく。奥にいけばいくほど、オレンジジュースよりもよっぽど濃い橙色が焦がれている。あれはもう、赤だ。日に焼けた、きれいな赤。白かった雲でさえ赤らんでいる。
どんな色も似合っちゃうなんて、空は本物の美人さんだなあ。
そんなばかげたことを思いながら、石畳の階段をゆっくりのぼった。
階段のてっぺんには東屋がある。屋上から展望できた小山の中にひっそりと建つあの場所は、わたしの秘密基地。わたし以外はめったに人が来ない。放課後になるとここに立ち寄るのが、わたしの日課になっている。
生い茂った木々の葉に囲まれた、木製の東屋。何十年、へたしたら何百年も前に造られたんじゃないかと疑うくらい、すごくぼろい。建付けのわるい柱に、座るたびに歪むベンチ。真ん中に設けてある小さな丸テーブルは、ところどころ材木が腐っている。
屋根も例にもれず古びている。
「……ほんと、きれい」
見上げれば空の色が覗く。ただでさえ木と木の隙間から日が差し込み、雨の日は特に屋根の意味を果たさないにもかかわらず、大小さまざまな穴まで開いてしまっている。
おかげで電灯には困らないが、雨が降ったときは散々な目に遭う。ここでは屋根はただの飾りでしかないのだ。
梅雨に入ったら長くいられないな。ずっと晴れならいいのにな。
わたしの気持ちまでたそがれてきた。
雨より晴れの日のほうが好き。
晴れの日の東屋が、好き。
赤い光がぽつぽつ浮かぶ東屋を、今日も今日とてひとりじめするのはうれしいような、さびしいような。
ベンチに腰かけた。スカートの触れた部分がやや沈む。右隣にカバンを置くと、痛い、とベンチが泣いた。
わたしは気にせずにカバンのチャックを開け、中身を探る。手のひらにしっくりくる物を見つけて取り出した。
『オレンジ100%』
木本くんの分。まだストローも刺されていない。新品も同然のオレンジジュース。木本くんの忘れ物。わざと置き忘れていった物。
これを屋上に放置することも、捨てることもできず、持ってきてしまった。
紙パックはぱんぱんに太っていて、ずっしりとしている。なのにいつもの低温ではなく、とうにぬるくなった。
それでも飲まれるのを待っている。
今日も、待ってる。
だけど、今日も、待つだけ。
左隣にオレンジジュースを置いた。ベンチに耐久性がないのを承知のうえで、ベンチに両足を乗せる。板の歪みが大きくなる。
ひざを抱える。ひざ小僧にあごをつけ、視点を固定させる。見つめる先は、東屋の入り口。石畳の階段のほう。
夕日のまばゆさから逃げるように木々の影がゆらゆら泳いでいた。それだけ。石畳にそれ以上の影は落とされない。
ちらりと視線をななめ下に転がした。左隣にちょこんと立つオレンジジュースが、微動だにせずに石畳の階段をじっと眺めている。きみもあきらめがわるいのね、と語りかけてみた。味気ない笑みがこぼれる。
あきらめがわるいオレンジジュースなんておかしな話。でも、わたしがそう感じたんだから、それでいいんだ。
それで、よかったんだよね。
ずっと思っていた。
傷つけたくない。
やさしくしたい。
そう在りたい。
それを丸ごと伝えればよかった。言葉そのものよりも、まずは伝えることが必要だった。上手に言葉をたぐり寄せるのは、そのあとからでも遅くない。
手探りだっていい。砕けたっていい。わたしもあきらめがわるいから。届くまで何度も何度も伝えたい。
きみからも、伝えてほしいよ。
「……ねぇ、そっちこそ、なんで」
ひざ小僧に右頬をすり寄せ、紙パックの表面をひと撫でする。オレンジジュースは何も答えてはくれない。閑散とした東屋にわたしの声だけが響いて、消える。静けさをまぎらわすように昼休みのことを想起した。
――『仲良くとか、無理だから』
木本くんはあきらめが早すぎる。
わたしたちはまだ、言わなくてもわかるような深い関係じゃない。だから、これから、何にだってなれる。
空だっていろんな色に染まる。わたしたちもおんなじだよ。
紙パックに触れた指の腹が、わずかに湿った気がした。