俺には家族や友人、そして彼女に隠している趣味がある。
それは――。
女装をしていること。
女装をする。
それは。
平日の夜か休日。
というか。
そのときくらいしかできない。
女装をする。
その瞬間、何とも言えないくらいの快感を覚える。
特に口紅を塗る。
そのときなんか、もう最高。
その日の気分や洋服に合わせて口紅の色を決める。
そのとき、わくわくが止まらない。
わくわくが止まらなくて、思わず踊ってしまいそうになる。
別にそうなっても、アパートで一人暮らし。
だから誰かに見られるということはないからいいのだけど。
踊ることもそうなのだけど。
女装している姿も見られてしまうかもしれないという心配をする必要はない。
だから思いきり女装を楽しむことができる。
女装の準備を終え。
いつものように記念に。
スマホで自分の女装の姿を撮った。
スマホで撮り終え。
自分の女装姿に満足しながら、何度も鏡を見ていた。
でも、それだけ。
その姿で外に出ていくことは決してしない。
一人で女装をして、それを楽しむ。
それで充分。
それ以外、何も求めない。
というか、求める気もない。
ある程度の時間、女装を楽しみ。
元の姿に戻った。
今度は、いつしようかな。
楽しんだばかりなのに。
もう次の女装をする日のことを考えてしまう俺だった。
ある日の休日。
今日は彼女が俺の部屋に来る。
彼女の名前は真彩。
俺と同じ大学で二年生。
明るくてさっぱりとした女の子。
真彩と恋人同士になってから一年が経つ。
その間に真彩は俺の部屋に何回か来ている。
そのたびに、しなければいけないことがある。
それは。
完全に隠しておかなければいけないということ。
女装をするための小道具たちを。
趣味で女装をしていることは真彩も知らない。
だから、それらしき物たちが一つでも真彩の目に入ってしまったら……。
それは、まずい‼
俺は部屋のあちこちを見渡した。
大丈夫そう……かな。
部屋も片付け終え、真彩を迎え入れる準備はできた。
「おじゃまします」
しばらくしてから真彩が俺の部屋に来た。
「すごいね、
いつ来ても、ちゃんと片付いているね」
俺の部屋に来ると、真彩はいつもそう言ってくれる。
「そうかな」
「そうだよ。
男子の一人暮らしの部屋で、こんなにも片付いているなんて優秀」
……真彩……。
違うから、本当は。
必要以上に片付けている。
それは大事な趣味の小道具たちを隠さなければいけないから。
そのために必死に片付けているだけだから。
そんなこと真彩に言うことはできない。
「真彩、何飲む?
いつものりんごジュースでいい?」
真彩はりんごジュースが大好き。
俺の部屋に来たときは、いつもりんごジュースを飲んでいる。
だから真彩が来る日は、ちゃんとりんごジュースを用意している。
「ありがとう。
柚翔はいつも準備がいいね」
真彩は笑顔でそう言った。
「そう?
ただ真彩が好きなりんごジュースが冷蔵庫の中にあるだけだよ」
「ほんと優しくて気遣いもあるね、柚翔は」
真彩にそう言われて少し照れくさくなった。
真彩が俺の部屋に来てから一時間くらい経った。
俺と真彩はテレビを観たり会話をしたりしてのんびりと過ごしている。
そのとき、真彩が飲んでいるりんごジュースが入っているコップの方に目がいった。
コップの中は空になっていた。
「真彩、
りんごジュース、おかわりあるよ、飲む?」
「うん、飲みたい。
ありがとう、柚翔」
真彩の返答を訊き、俺はりんごジュースを取りに行こうと立ち上がった。
‟ポロッ……”
そのとき。
ズボンのポケットから落ちてはいけないものが落ちた。
『あっ』と思った。
そのときには、すでに遅かった。
「柚翔、ポケットから何か落ちたよ」
気付かれてしまった、真彩に。
その瞬間、頭の中がパニック状態になった。
『真彩、頼むから見ないでくれっ‼』
心の中で必死にそう叫び。
慌てて拾おうとした。
「うん? 何これ」
のだけど。
真彩に先に拾われてしまった。
「え……っ」
その直後。
真彩はすごく驚いた顔をした。
と同時に。
真彩は驚いたまま固まってしまった。
「柚翔……これ……」
真彩に拾われてしまった。
どうしよう。
どう言い逃れをすればいいのだ。
いや、そんなことできるはずがない。
「なに、この口紅」
真彩が拾ったのは。
俺が女装をするときに使っている口紅だったから。