実にけだるい夏の午後だった。
部屋の中で男が二人、椅子に座り向き合っている。
「だから言っただろう、くだらないって」
片方の男がさも面倒くさそうにそう言った。
「いやしかし・・・来てからまだ5分もたっていないじゃないか、決めつけるのは早すぎるだろう」
もう一人の男が困惑しながら答えた。
答えた男はシンプルな無地のスーツ姿で年は三十歳前後だろうか、中肉中背で少々額が広い。
膝の間で手をせわしなく何度も組み変え、困っているような焦っているような、なんともいえない表情をしながらさらに喋りだした。
「今回の事件、本当にお手上げなんだ。是非君の知恵を拝借したい」
最初にくだらないと言った男はそれを聞くと、やたらとデカいコーヒーカップに手を伸ばし、口に運びながら
「すぐに分かりそうなもんじゃないか、私の出番じゃないね」
と言った。
この男、長袖のアロハシャツを肘までまくりあげ、真っ白の長ズボンを履いていた。まるでハワイ帰りの観光客のような服装だ。その割にたいして日焼けもしておらず、ズボン同様顔も色白い。足を組み、なんともけだるそうな表情をしている。
「そうは言っても、君は事件現場を見てもいないじゃないか」
スーツの男が困った顔をしながら反論する。
「君の話を聞けばだいたい想像はつくよ、何が起こったのか、それをどうやって実行したのかぐらい」
アロハの男が退屈そうにひじ掛けに肘をつき、顔を傾け、こめかみのあたりをこぶしで支えながらそう答えた。
スーツの男はそれでも引き下がるわけにはいかなかった。この目の前にいる男は興味のない事件ではテコでも動かないことを重々知っていた。それでもあきらめるわけにはいかない。
「そうは言っても状況を見るにそんな単純じゃないと思うけど・・・」
「私の好奇心をそそるものじゃないね、あまりに簡単すぎる」
「君は退屈だの、簡単だの言うけども、今回の事件は明らかに密室殺人なんだ。正直どうやったのか、手口がさっぱり分からない。お手上げだよ」
スーツの男がそう言いながら、ズボンのポケットからハンカチを出し、少々広い額の汗をぬぐう。
ジャケットのポケットからメモを取り出し何枚かペラペラめくった後、続けて話し出した。
「いいかい?被害者は五十代男性、小さな建設会社の経営者だ。死体は自宅の二階にある、被害者の自室で見つかった。部屋のドアには鍵が掛かっており、内側からしか開け閉めできない。窓にも鍵がかかっていた。つまり、完全な密室だ。そして・・」
スーツの男が軽く呼吸してから続ける。
「何より不自然だったのが、部屋中が水浸しだったということだ」
「君が今朝電話で話した通りだ。まったくいい気持で寝てたのに」
アロハの男は睡眠を邪魔されることがなにより嫌いだと、スーツの男は知っていた。
いまいち不機嫌なのもそのせいに違いない。
事件現場の状況はあらかじめ事務所に来る前に電話でスーツの男、刑事はアロハの男に伝えていた。
「密室の謎はもとより、なぜ部屋全体が濡れていたのか、そして犯人は誰なのか。君たち警察はその全てが皆目見当もつかないというわけだね」
「そうなんだ、窓はしっかりしまって施錠されていたし、雨漏りの形跡もなかった。それなのに部屋中ぐっしょり濡れている。まったく意味が分からないよ」
刑事がため息を一つついた後続ける。
「それなのに君はもうこの事件の謎を解いてしまったというのかい?」
刑事が信じられないといった顔で目の前にいる男の顔をまじまじと見つめる。
「そうさ、君に電話で事件の概要を聞いた時点でピンときた。実に!じつ~にくだらない事件だよ」
言い終わるとアロハの男、探偵もため息を一つつき、コーヒーをぐいと飲んだ。
刑事は信じられない・・・とも言えなかった。この探偵とは付き合いが長いが、彼の推理力は本物だ。もっともそれと人格は別物だが。
探偵は刑事が頭を悩ましている姿が面白くてしょうがないといった様子でニヤニヤしている。
ここはなんとかこらえなければならない。
「俺にはどう考えても簡単な事件とは思えないよ。
第一発見者は被害者の死体を密室で発見。旅行から戻ってきた家族だ。
いくら部屋の外から呼びかけても返事がないので不審に思ってドアをぶち破って入ったら被害者が倒れているのを発見したそうだ。
そして死亡推定時刻に、この家族は全員旅行先でアリバイがとれている。
被害者宅は郊外から少し離れた一軒家のため目ぼしい目撃情報も特になし。仮に外部から侵入したものが殺したのだとしても、どうやって密室を作ったのか。おまけに部屋は水浸しだった。まったく謎しかないじゃないか!」
刑事は半ば救助を求めるように言った。
「謎なもんか、簡単な話だよ」
探偵がコーヒーをもう一口飲みながらそっけなく答える。
全くもってじれったい。しかし刑事はさらに
「でも、被害者の部屋のドアにも窓にもこじ開けた形跡はなかったんだ、もちろん鍵は中からしか開閉できない。これはもう完全に密室殺人事件じゃないか」
探偵はコーヒーを置くと、また肘をつき、こめかめに手をあてながら
「謎なもんか、おそろしく隙間だらけでガタガタの密室もどきだよ」
と言った。
「それなら、教えてくれよ。真相を」
「構わないが、本当にいいのか?」
「というと?」
「真実が拍子抜けするほどバカバカしいことだってあるってことさ」
探偵はフッと息を吐くと
「分かったよ。でも真相を語る前に一つだけ確認したい、これが私の考えと違えば面白いことになってくるんだが」
しめた!と刑事は思った。探偵に興味さえ持ってもらえればこっちのものなんだが
「それはいったい?」
刑事が問うと、探偵は少し身を乗り出し
「聞きたいことは一つ、前日に雨は降ったか?」
と尋ねた。刑事はメモ帳をめくりながら
「ちょっと待ってくれよ・・・ああ降ってるな。
ゲリラ豪雨で、いきなりドシャ降りの雨が事件当日の夕方あったみたいだな。でもさっき言ったように窓はしっかりと閉まっていたし、雨漏りもしていない。部屋中がずぶ濡れだった件とは無関係だと思うが」
刑事がそこまで言い終わると、探偵はあからさまにがっかりした様子で、深く椅子に沈みながら言った。
「本当にくだらない」
探偵が残ったコーヒーを全て飲み干すとデカいカップをテーブルに置き、
「仕方ない、こちらから質問した以上、私の推理したことも話すよ」
そう言って、話し始めた。
「まず被害者は外で殺された。どうやって殺されたかはこの際、問題ではない。重要なことは殺害後、室内に入れられたということだ」
「窓もドアも鍵がかかってたのにどうやって室内に入れたっていうんだ?」
「簡単さ、窓もドアも使わなければいい」
「いやそんな・・・・いったいどうやって?」
刑事が食い入るように聞き入っている。
探偵は親指を上を指し、答えた。
「上からさ」
刑事はポカンとした表情で
「え・・・いや・・・屋根から入れたってことか?でも屋根には、明かり取り用の窓とかも無かったぞ」
探偵はフッと笑うと
「そうじゃない、そもそも屋根が無かったんだ。屋根ごと外して殺した被害者を室内に入れたんだ。外した屋根を再び取り付ける工事中で突然雨が降り、部屋中が水浸しになったんだ。
いくら被害者宅が人目に付きにくい郊外にあるとはいえ、工事が長引けば誰かに見られるかもしれない。シートを張って雨が止むのを待つ時間も犯人には惜しかったんだろう」
刑事は引き続きポカンとした表情で聞いていたが、ふと我に返ると
「そうか、だから君は前日に雨が降ったか聞いてきたのか」
その言葉を聞くと探偵は
「雨さえ降っていなければ今回の推理は当てはまらない。そうすれば断然面白くなってきだんだけどね」
と残念そうに言った。
「しかし、こんな突拍子もないことが可能な犯人というと・・・」
刑事がそう言うと
「被害者の経営していた建築会社。まずはそこの関係の人間から当たってみるといい。屋根を付け替える作業はそう簡単にできるもんじゃない。犯人はすぐに見つかると思うよ」
探偵はそう答えると大きなあくびを一つして言った。
「だからくだらないと言ったろう」
刑事はカップに手を伸ばし、すっかり冷めたコーヒーをグッと飲み干し、少しばつが悪そうな感じで
「なんというか・・・。こんな奇想天外な真相だったとは。
でも考えてみれば単純なことだよな。なんで気付けなかったんだろう」
と言った。
探偵はニヤリと笑いながら
「人間の目なんてあてにならないもんさ。見ているようで何も見えちゃいない」
探偵は立ち上がると、刑事のカップを見ながら
「さて、もう一杯どうかな。頭の体操の栄養にはカフェインが一番だ。もっとも今回はちと物足りないがね」
と聞いた。刑事は
「もらおう」
と答えると、自分のカップを差し出した。
探偵はカップを受け取ると、反対の手でどこで売ってるかも分からないような自身のデカいカップを持ち、隣の部屋へとのんびりと歩いて行った。
部屋の中で男が二人、椅子に座り向き合っている。
「だから言っただろう、くだらないって」
片方の男がさも面倒くさそうにそう言った。
「いやしかし・・・来てからまだ5分もたっていないじゃないか、決めつけるのは早すぎるだろう」
もう一人の男が困惑しながら答えた。
答えた男はシンプルな無地のスーツ姿で年は三十歳前後だろうか、中肉中背で少々額が広い。
膝の間で手をせわしなく何度も組み変え、困っているような焦っているような、なんともいえない表情をしながらさらに喋りだした。
「今回の事件、本当にお手上げなんだ。是非君の知恵を拝借したい」
最初にくだらないと言った男はそれを聞くと、やたらとデカいコーヒーカップに手を伸ばし、口に運びながら
「すぐに分かりそうなもんじゃないか、私の出番じゃないね」
と言った。
この男、長袖のアロハシャツを肘までまくりあげ、真っ白の長ズボンを履いていた。まるでハワイ帰りの観光客のような服装だ。その割にたいして日焼けもしておらず、ズボン同様顔も色白い。足を組み、なんともけだるそうな表情をしている。
「そうは言っても、君は事件現場を見てもいないじゃないか」
スーツの男が困った顔をしながら反論する。
「君の話を聞けばだいたい想像はつくよ、何が起こったのか、それをどうやって実行したのかぐらい」
アロハの男が退屈そうにひじ掛けに肘をつき、顔を傾け、こめかみのあたりをこぶしで支えながらそう答えた。
スーツの男はそれでも引き下がるわけにはいかなかった。この目の前にいる男は興味のない事件ではテコでも動かないことを重々知っていた。それでもあきらめるわけにはいかない。
「そうは言っても状況を見るにそんな単純じゃないと思うけど・・・」
「私の好奇心をそそるものじゃないね、あまりに簡単すぎる」
「君は退屈だの、簡単だの言うけども、今回の事件は明らかに密室殺人なんだ。正直どうやったのか、手口がさっぱり分からない。お手上げだよ」
スーツの男がそう言いながら、ズボンのポケットからハンカチを出し、少々広い額の汗をぬぐう。
ジャケットのポケットからメモを取り出し何枚かペラペラめくった後、続けて話し出した。
「いいかい?被害者は五十代男性、小さな建設会社の経営者だ。死体は自宅の二階にある、被害者の自室で見つかった。部屋のドアには鍵が掛かっており、内側からしか開け閉めできない。窓にも鍵がかかっていた。つまり、完全な密室だ。そして・・」
スーツの男が軽く呼吸してから続ける。
「何より不自然だったのが、部屋中が水浸しだったということだ」
「君が今朝電話で話した通りだ。まったくいい気持で寝てたのに」
アロハの男は睡眠を邪魔されることがなにより嫌いだと、スーツの男は知っていた。
いまいち不機嫌なのもそのせいに違いない。
事件現場の状況はあらかじめ事務所に来る前に電話でスーツの男、刑事はアロハの男に伝えていた。
「密室の謎はもとより、なぜ部屋全体が濡れていたのか、そして犯人は誰なのか。君たち警察はその全てが皆目見当もつかないというわけだね」
「そうなんだ、窓はしっかりしまって施錠されていたし、雨漏りの形跡もなかった。それなのに部屋中ぐっしょり濡れている。まったく意味が分からないよ」
刑事がため息を一つついた後続ける。
「それなのに君はもうこの事件の謎を解いてしまったというのかい?」
刑事が信じられないといった顔で目の前にいる男の顔をまじまじと見つめる。
「そうさ、君に電話で事件の概要を聞いた時点でピンときた。実に!じつ~にくだらない事件だよ」
言い終わるとアロハの男、探偵もため息を一つつき、コーヒーをぐいと飲んだ。
刑事は信じられない・・・とも言えなかった。この探偵とは付き合いが長いが、彼の推理力は本物だ。もっともそれと人格は別物だが。
探偵は刑事が頭を悩ましている姿が面白くてしょうがないといった様子でニヤニヤしている。
ここはなんとかこらえなければならない。
「俺にはどう考えても簡単な事件とは思えないよ。
第一発見者は被害者の死体を密室で発見。旅行から戻ってきた家族だ。
いくら部屋の外から呼びかけても返事がないので不審に思ってドアをぶち破って入ったら被害者が倒れているのを発見したそうだ。
そして死亡推定時刻に、この家族は全員旅行先でアリバイがとれている。
被害者宅は郊外から少し離れた一軒家のため目ぼしい目撃情報も特になし。仮に外部から侵入したものが殺したのだとしても、どうやって密室を作ったのか。おまけに部屋は水浸しだった。まったく謎しかないじゃないか!」
刑事は半ば救助を求めるように言った。
「謎なもんか、簡単な話だよ」
探偵がコーヒーをもう一口飲みながらそっけなく答える。
全くもってじれったい。しかし刑事はさらに
「でも、被害者の部屋のドアにも窓にもこじ開けた形跡はなかったんだ、もちろん鍵は中からしか開閉できない。これはもう完全に密室殺人事件じゃないか」
探偵はコーヒーを置くと、また肘をつき、こめかめに手をあてながら
「謎なもんか、おそろしく隙間だらけでガタガタの密室もどきだよ」
と言った。
「それなら、教えてくれよ。真相を」
「構わないが、本当にいいのか?」
「というと?」
「真実が拍子抜けするほどバカバカしいことだってあるってことさ」
探偵はフッと息を吐くと
「分かったよ。でも真相を語る前に一つだけ確認したい、これが私の考えと違えば面白いことになってくるんだが」
しめた!と刑事は思った。探偵に興味さえ持ってもらえればこっちのものなんだが
「それはいったい?」
刑事が問うと、探偵は少し身を乗り出し
「聞きたいことは一つ、前日に雨は降ったか?」
と尋ねた。刑事はメモ帳をめくりながら
「ちょっと待ってくれよ・・・ああ降ってるな。
ゲリラ豪雨で、いきなりドシャ降りの雨が事件当日の夕方あったみたいだな。でもさっき言ったように窓はしっかりと閉まっていたし、雨漏りもしていない。部屋中がずぶ濡れだった件とは無関係だと思うが」
刑事がそこまで言い終わると、探偵はあからさまにがっかりした様子で、深く椅子に沈みながら言った。
「本当にくだらない」
探偵が残ったコーヒーを全て飲み干すとデカいカップをテーブルに置き、
「仕方ない、こちらから質問した以上、私の推理したことも話すよ」
そう言って、話し始めた。
「まず被害者は外で殺された。どうやって殺されたかはこの際、問題ではない。重要なことは殺害後、室内に入れられたということだ」
「窓もドアも鍵がかかってたのにどうやって室内に入れたっていうんだ?」
「簡単さ、窓もドアも使わなければいい」
「いやそんな・・・・いったいどうやって?」
刑事が食い入るように聞き入っている。
探偵は親指を上を指し、答えた。
「上からさ」
刑事はポカンとした表情で
「え・・・いや・・・屋根から入れたってことか?でも屋根には、明かり取り用の窓とかも無かったぞ」
探偵はフッと笑うと
「そうじゃない、そもそも屋根が無かったんだ。屋根ごと外して殺した被害者を室内に入れたんだ。外した屋根を再び取り付ける工事中で突然雨が降り、部屋中が水浸しになったんだ。
いくら被害者宅が人目に付きにくい郊外にあるとはいえ、工事が長引けば誰かに見られるかもしれない。シートを張って雨が止むのを待つ時間も犯人には惜しかったんだろう」
刑事は引き続きポカンとした表情で聞いていたが、ふと我に返ると
「そうか、だから君は前日に雨が降ったか聞いてきたのか」
その言葉を聞くと探偵は
「雨さえ降っていなければ今回の推理は当てはまらない。そうすれば断然面白くなってきだんだけどね」
と残念そうに言った。
「しかし、こんな突拍子もないことが可能な犯人というと・・・」
刑事がそう言うと
「被害者の経営していた建築会社。まずはそこの関係の人間から当たってみるといい。屋根を付け替える作業はそう簡単にできるもんじゃない。犯人はすぐに見つかると思うよ」
探偵はそう答えると大きなあくびを一つして言った。
「だからくだらないと言ったろう」
刑事はカップに手を伸ばし、すっかり冷めたコーヒーをグッと飲み干し、少しばつが悪そうな感じで
「なんというか・・・。こんな奇想天外な真相だったとは。
でも考えてみれば単純なことだよな。なんで気付けなかったんだろう」
と言った。
探偵はニヤリと笑いながら
「人間の目なんてあてにならないもんさ。見ているようで何も見えちゃいない」
探偵は立ち上がると、刑事のカップを見ながら
「さて、もう一杯どうかな。頭の体操の栄養にはカフェインが一番だ。もっとも今回はちと物足りないがね」
と聞いた。刑事は
「もらおう」
と答えると、自分のカップを差し出した。
探偵はカップを受け取ると、反対の手でどこで売ってるかも分からないような自身のデカいカップを持ち、隣の部屋へとのんびりと歩いて行った。