猪三頭ぶんの肉ともなると一気に消費はできないし、後で食えるようにしておくのは大切なので、加工することになる。

「基本は干し肉だけどよ。外に干しとくと獣に食われるんだ。だから中で干す」

「ははあ」

 空気が乾燥する、台所辺りで干すそうだ。
 ここは朝飯と夕飯の準備の時、カトリナが薪を焚くからな。

 ここでは、外の力仕事はブルスト、家の中の管理はカトリナ、という仕事の手分けが決まっている。
 芋掘りはストレス解消にもなるので、二人揃って出かけるらしい。
 たまに魚釣りもすると言ってたな。

 さあ、肉の加工だ。
 と言っても、薄くスライスしてヒモに通して台所にぶら下げるだけ。
 脂身は不味いらしいので、それだけ切り離し、塩味の液に漬けてから干す。

 ブルストは頭をぶつけそうな高さだが、それよりも頭一つ以上小柄なカトリナならば、ぶつかる心配はない。

 三人総出で肉をスライスし、吊るし、そしてスライスして吊るした。
 革はのんびりとなめして、後で加工する。

「村に物々交換に行くときにもってくの」

 カトリナが猪の毛皮を積み上げながら言う。

「ほんとはあんまり行きたくないんだけどね。でも、ショートの服も作りたいし、布をもらいに行かなくちゃ」

「行きたくないのか」

 そりゃまたどうして。
 やっぱり、亜人だからあまり良くない扱いを受けるとかだろうか?

 魔王は、モンスターや亜人を従えて人間に戦争を仕掛けた……と一般には思われている。
 なので、世の中では亜人に対する迫害が起きたりしてるそうだ。

 魔王と戦った俺からすると、そんなのは単なる風評被害で、魔王軍に下ったのは人間の方がよっぽど多かった。
 仲間を嬉々として襲い、魔王に喜んで尻尾を振る人間を何人やっつけたことか。

「大体予想はできるので、村に行くときは俺もついていくね。それで、カトリナとブルストが感じてる嫌な状況をひっくり返してやる」

「どうするの?」

「秘密だ」

 教えると、俺が勇者であることをばらしてしまうからな。
 俺は、記録魔法ウツシトールによって、魔王軍との戦いを記録してあるのだ。

 これはもともと、魔王軍の戦い方を研究するためだった。
 強い敵と戦った後、その攻撃パターンを研究し、似たパターンの敵をすぐさま倒せるようにするためだ。
 だが、途中で俺のレベルが限界を突破したので、割と普通に勝てるようになった。

 そこからは、趣味で戦いを記録している。
 どうやら俺の記憶魔法が火を吹く時が来たようだな。

 この半分は人間を裏切って魔族化した人間との戦いだぞ。 
 音声もバッチリ入ってるし、あっと驚くような世界的有名人がわんさかいるからな。

 これを公開すると、世界中で大混乱が起こること必至だ。
 だけど、村でサラッと公開するくらいは問題あるまい。

「おうおう、どうした? 肉は二日くらいで出来上がるからよ。そしたら村に行こうぜ。ショートの服がいるだろ」

「ブルストも気にしてくれてるのか」

「そりゃあな。お前、そんな上等な服でずっと野良仕事やっててもったいないだろ」

 俺が身に着けているのは、いわゆる勇者の服だ。
 これ自体がマジックアイテムで、あらゆる呪いや毒を寄せ付けず、食らった全ての攻撃魔法の効果を減衰させるようになっている。
 副次的効果で汚れない、という能力もあり、お陰で綺麗なままだ。

「そうそう。お仕事用の服はちゃんと持っておかないとね。丈夫な服は、何回も洗えるんだよ」

 ちなみに、この世界は服が高い。
 布を作るだけで手間暇かかるからな。

 綿花みたいなものがあって、これを使って糸を作るのだが、栽培技術が未熟なために数を作れないし、手作業で糸にしていってそれを布に加工するのだからさらに手間がかかる。

 一人あたり、二着くらいしか服を持ってないとかざらだな。
 夏場はみんな下着だけで動き回るし。

 ……ほう、夏場は下着だけで?
 じっとカトリナを見た。

「なーに、エッチな目で見てー」

 彼女がくすくす笑った。
 そう、おかげで夏場は、この世界における恋の季節だったりするのだ。

 ちなみに今は秋だ。
 くそう。



 二日ほどしたら、いい感じに肉が干し上がってきた。
 味見をしてみたら、凝縮された肉の味がした。
 店で買う保存食の干し肉よりも美味いな!

「干し肉も日持ちはするが新しいほうが美味いな。燻製にするやつは、日が経っても美味いけどよ」

 家で食べるぶんと、物々交換につかうぶんを取り分けるブルスト。

 こういう辺境では、貨幣はほとんど使われていない。
 物々交換がメインだ。

 金があっても使うところがほとんど無いからな。

「たまにね、商人の人が来るの。珍しい商品を持ってくるから、その時は私たちも村に行ってお買い物はするなあ。まあ、そこでも私たちは物々交換なんだけど」

 村から離れて暮らしている彼らには、お金はそこまで必要ないんだろう。

「よーし、こんなもんだろ! 毛皮に、干し肉! これだけあればそれなりに布がもらえるだろう」

「猪三頭分の毛皮と干し肉で、それなりなのか」

「ああ、まあなあ」

 ブルストが頭を掻いた。
 こりゃあ、村の側が足元見てぼったくってるに違いないぞ。

 俺の腕の見せ所ではないか。
 村人にはぜひ、世界の真実というものを知ってもらい、考えを改めてもらうとしよう。