麦の乾燥作業は三交代制である。
 そのため、俺、フック、パメラの生活も他の人たちとは異なったリズムになる。

 俺たちは体力に自信があるし、よく寝てよく食うので平気なのだが……。
 思わぬところに問題が出た。

「むうううう」

「んんんんん」

 カトリナとミーが難しい顔をして唸っている。
 ビンは、リタとピアが子守をしているらしい。

 フリーなはずの二人が、どうして唸っているのだ。

「どうしたんだ? 調子でも悪いか?」

「……ここ一週間くらい、ないの」

「ないよねえ」

「無いって何が?」

「私と、ショートの、夜の、お楽しみが!!」

 アッー!
 年頃の女子が堂々とそんな発言を!
 いや、むしろ若いからこそ出てきた欲求不満宣言だろう。

 カトリナは十代半ばだし、ミーだってまだ二十歳前だ。
 エネルギーは有り余っている。
 だが、旦那が仕事に掛かりきりで構ってくれないとなると……。

 なるほど。
 ちなみにブルストは、もともと全く縁のない生活を続けていたため、平気なのだ。

「ううう、ストレスで死んでしまいそう」

「あたしも死にそう……」

 いかん、二人がしんなりしている。
 こういうど田舎の娯楽と言うと、食べることと寝ることとヤることくらいだからな。

「二人とも、あと少しで作業が終わるのだ。もうちょっとだけ我慢しててくれ……」

「うん、が、頑張る……」

「村のためだもんね……」

 俺とフックが浮気してるわけでもなく、村のこれからの食料を作るために働き続けていることは理解している。
 なので、二人とも我慢していたのだろう。
 だが、ついに一週間目にして欲求不満が溢れ出してしまったのだ!

 まっこと、夫婦生活の維持とは難しい。

 だが、そこに颯爽と救世主が現れたのだ。

「私たちに任せてもらいましょう」

「お、お前は! ブレイン! そしてブルスト!」

 戸口に立っていたのは、賢者ブレインとうちの義父であるブルストだった。

「雨季の間は建築も仕事があんまねえからよ。それにあと数日何だろ? 俺が代わりにやっといてやるよ」

 うーむ、いいやつだなあブルスト。
 ブレインも、作業しながら読書するから問題ないらしい。

 ということで、俺とフックは一日、フリーになった。
 いや、一日家族サービスをした。

 早めの夕食を終えて、入浴を終えてから寝室に籠もり、明け方までサービスした。
 ふう……カトリナがツヤツヤな肌になって満足気に寝ている。
 仕事と家庭の両立は楽ではないのだ……!

 翌日。
 フックが腰のあたりをさすりながらやって来た。

「なんだ、フックもか」

「そりゃそうですよ。つうか、この勢いだと二人目を仕込んじまいそうです」

「そっかあ。うちもそろそろできないかなー」

 顔を見合わせて、やれ次は女の子がいいだの、子どもには勇者は絶対やらせねえ、とかそんな話をした。

 そして俺たちは仕事に戻り……。
 かくして、麦の乾燥作業は無事に終了したのだった。

 なかなかの重労働だった。
 今後は、乾季のうちにやってしまうように、畑作期間を調整しよう。

 そしてこれが終わったら、畑で豆などを育てねば。
 クロロック曰くの二毛作である。

 村人が総出で作業に取り掛かることになった。

「ブルストとパメラは綿花を収穫してくれ! こっちはみんなで苗を植えるぞー!」

 スコールを避けながらの畑作である。
 この豆は、俺とクロロックが山奥で採取してきたもので、どうやら雨季にスコールに耐えつつ成長する種類らしい。

 味は、生で食うとそこそこ。
 焼いたり煮込んだりすると旨味が出てくる。

 基本的に生で物を食うのは果物しか無いから、焼くか煮込むかだな。

 豆の苗付けが終わったら、夕方からは脱穀である。
 うちの村には風車なんていう、自動で脱穀してくれるいいものはない。

 来年にはブルストに作ってもらおう。
 だが今年は人力だ。

 千歯扱きなどを使ってバリバリ籾を落として、それを臼と杵でついて精製!
 ……これって米のやり方だったっけ?

 今回は、隣でカトリナも同じように作業をしている。
 そのため、お料理担当はミーとパメラだ。
 最近はヒロイナがリタとピアを連れて、手伝いに来ている。

「いい加減自活能力をつけねば……!! うちのちびどもに煽られるわけにはいかないのよ!」

 なんて言ってたな、あの司祭。

「ねえショート」

「うん?」

「パメラさんのこと、どう思う?」

「どうって、でかいよなあと」

「おっぱい?」

「それもでかい」

「もう」

 話しかけてきたカトリナが、クスクス笑った。
 君も大きいよな……!
 しかも将来性があるとか夢が膨らむ。

「私はねえ、複雑な気分じゃない……って言ったら嘘になるかなあ。お父さんには、お母さんだけを好きでいてほしいなあって思う」

「そうかー」

「でも、お父さん、一人でずーっと小さかった私を守ってくれてて。それで、私にはショートが来てくれたけど、そしたら私を守らなくて良くなったお父さん、一人になっちゃうでしょ。それでお母さんだけを好きでいてって言うのは、なんか違うかなって」

 優しい子だなあ、うちの嫁は。

「お父さんとパメラさんがくっついたの、私がもう大丈夫だって、お父さんが思ったからなんだと思うの。お父さんとショート、仲いいし」

「うむ、マブダチレベルだな。めちゃくちゃ仲良しだぞ」

「うふふ! 奥さんのお父さんとそんなに仲良しなお婿さん、聞いたことないよー」

 しばらく、カトリナの笑いが止まらなかった。
 それでも作業をする手が止まらない辺り、流石である。

「だからねえ。私、パメラさんをようこそ! って受け入れるの。お父さんが、ショートをうちに迎えた時みたいに。今度は私の番」

「偉い」

「えへへ、褒められちゃった」

 実際偉い。
 まだまだカトリナ、地球だと子供扱いされたりする年齢なのにな。

「よし、あまりにもカトリナが偉いので、明日は俺がこの麦を使ってパンを焼いてやろう」

「パンを!?」

 カトリナがハッとした。
 俺を見つめる彼女の目が、潤んでいる。

「パンを、ついに食べられるんだね……。あっ、そう言えばこれって麦だ!」

「そうだぞ」

 何だと思ってたんだ。
 ついにやって来た、この時。

 勇者村で、芋以外の炭水化物を摂取できるときが、やって来ようとしているのだ。
 焼くぞ。
 俺は、パンを焼くぞ……!!