スコールはほどなくして止んだ。
雨の間、外に飛び出していったクロロックが、ご機嫌で体を洗っていた気がする。
彼はすっかりびしょびしょになって佇んでいた。
「ショートさん」
「なんだい」
「雨季は素晴らしいですね」
「そうか……。乾季はクロロックには色々ハードだもんな」
このカエル、そのハードな季節にこの村にやって来たわけだ。
かなりガッツがある。
「あちゃー、屋台がやられちまってるねえ……」
パメラが頭を抱えた。
屋根はあるものの、それでスコールを完全に防げるわけではない。
火種は湿気り、肉も水を被ってしまっている。
乾かすのは俺の魔法でやれるが、それでも店の再開にはちょっとかかるだろう。
「よーし、じゃあ屋台が休んでる間に、俺たちが出し物をやろう!」
観光客だとばかり思っていた連中の、何人かが飛び出してきた。
どうやらこいつら、大道芸人だったらしい。
芸人をやっていたフックとミーが、うずうずしている。
「ダメよ。ミーはまだ体力戻りきってないでしょ。体動かすところから始めないと!」
カトリナにたしなめられて、ミーがしょんぼりした。
縫い物やお料理など、中の仕事を中心に担当していたので、ここに来た頃よりもちょっとミーは体力が落ちたらしい。
雨季が終わったら、畑仕事にも加わるそうだ。
その頃にはビンも立って歩き回ってるだろうな。
「ぴょ!」
「あっ、ビン、いたのか!」
ミーがいるんだから、ビンも抱っこかおんぶされているはずだよな。
おんぶひもでミーの背中にくっついたビンが、俺をガン見していた。
「あばばうばー」
「なんだなんだ」
何か言いたげである。
いや、何を言ってるのかさっぱり分からんが。
だが、ビンは俺を妙にお気に入りなのだ。
「どうしたんだ神の子。神が取り上げた赤ちゃんめ」
指先を差し出すと、向こうもぷにぷにした手を伸ばしてきて、ぎゅっと握ってきた。
「むお! なかなかパワフルだな! 俺の指先をやりはせんぞ! ちょあー!」
「あぴゃー!」
俺が不思議なポーズを取りながら奇声を上げたら、ビンが大喜びした。
赤ちゃんは派手に動いて表情を変えると喜ぶんだ。
「そこー! 芸人より目立たないで下さい―!」
おっと、大道芸人からツッコミが入ってしまった。
「仕方ないな。ここは大道芸人の諸君に、勇者村の村長として芸というものの可能性を教えてあげねばなるまい……」
俺は悠然と歩み出る。
「あ、あなたが村長!? つまり、勇者村の村長ということは……」
「そう、俺が元勇者にしてスローライフ人、そして今は勇者村村長ショートだ!」
俺は後光魔法アリガタヤ(おれめいめい)で背後から謎の光を出し、浮遊魔法フワリによって浮かんでみせた。
どよめく観客たち。
おいそこの婆さん、拝むな拝むな!
日本で仏さん拝んでるみたいなやり方するなあ。
ユイーツ神、その辺りの礼拝は曖昧なんで、自己流の拝み方が許されている。
教会のミサは面白いぞ。
みんなでたらめなやり方で拝んでるからな。
だが、俺がここで大道芸人の顔を潰すのはよろしくない。
やるべきは、俺しかできないチープな芸だ。
俺はスッとエクスラグナロクカリバーを取り出すと……。
その上に、紙を一枚乗せた。
「さてお立ち会い。ここにあるのはなんの変哲もない紙。これを……」
ふわりと宙に紙が舞う!
俺は聖剣を構え、超高速で振る。
「一枚が二枚!」
真っ二つになる紙。
「二枚が四枚!」
さらに二つになる紙。
「四枚が八枚! 八枚が十六枚! 十六枚が三十二枚! 三十二枚が六十四枚! 六十四枚が百二十八枚! 百二十八枚が二百五十六枚! 二百五十六枚が」
今だ!!
トキモドール、限定版!!
「一枚!」
紙吹雪になりかけていた紙が、またもとの一枚に戻った。
呆然とこれを見ていた観客が、ハッと我に返って、うおおおおおおっという歓声とともに拍手をしてくる。
まあ、全部魔法任せのチープな芸だ。
だが、本当の芸は客には見えないところにあった。
エクスラグナロクカリバーは、抜けば低レベルのモンスターなら昏倒させ、振れば大地を割り、突けば空間を割き、資格無き者が触れば食ってしまう恐ろしい聖剣だ。
これを、まるで何の変哲もない剣であるかのように扱う……。
それ自体が芸なのである!
つまり、暴走しようとするエクスラグナロクカリバーを制御しきり、何もさせない!
今、剣を一振りするたびに、世界の壁を破壊する可能性が生じていた。
これを俺が寸前で止めていたのである。
だが、芸の中身を口にする芸人などいない。
評価は、芸を見て、分かる範囲でしてくれればいいのだ。
「お疲れ様、ショート! すごかったねえ。ふわふわ浮いてる紙をバラバラにしちゃった! 最後のはあれ、魔法でしょ? なんか覚えてるんだ。ショートがその剣で薪を割った時、山まで割れちゃって慌てて時間を戻したよね」
「覚えていたか……! いやあ、面目ない。あの頃はスローライフの初心者でな……」
「今はどうなの?」
「スローライフという大きな山の、二合目くらいにいると思うぞ」
「あら、謙虚なんだ」
くすくす笑うカトリナ。
彼女は俺が勇者であることも気付いていたし、案外、俺が今、聖剣を制御しながら高度な芸を見せていたのも分かっているかも知れないな。
「カトリナには敵わないなあ」
「うふふ、ショートのことならなんだってお見通しなんだから」
やっぱりか!
俺はとても感心してしまったのだった。
雨の間、外に飛び出していったクロロックが、ご機嫌で体を洗っていた気がする。
彼はすっかりびしょびしょになって佇んでいた。
「ショートさん」
「なんだい」
「雨季は素晴らしいですね」
「そうか……。乾季はクロロックには色々ハードだもんな」
このカエル、そのハードな季節にこの村にやって来たわけだ。
かなりガッツがある。
「あちゃー、屋台がやられちまってるねえ……」
パメラが頭を抱えた。
屋根はあるものの、それでスコールを完全に防げるわけではない。
火種は湿気り、肉も水を被ってしまっている。
乾かすのは俺の魔法でやれるが、それでも店の再開にはちょっとかかるだろう。
「よーし、じゃあ屋台が休んでる間に、俺たちが出し物をやろう!」
観光客だとばかり思っていた連中の、何人かが飛び出してきた。
どうやらこいつら、大道芸人だったらしい。
芸人をやっていたフックとミーが、うずうずしている。
「ダメよ。ミーはまだ体力戻りきってないでしょ。体動かすところから始めないと!」
カトリナにたしなめられて、ミーがしょんぼりした。
縫い物やお料理など、中の仕事を中心に担当していたので、ここに来た頃よりもちょっとミーは体力が落ちたらしい。
雨季が終わったら、畑仕事にも加わるそうだ。
その頃にはビンも立って歩き回ってるだろうな。
「ぴょ!」
「あっ、ビン、いたのか!」
ミーがいるんだから、ビンも抱っこかおんぶされているはずだよな。
おんぶひもでミーの背中にくっついたビンが、俺をガン見していた。
「あばばうばー」
「なんだなんだ」
何か言いたげである。
いや、何を言ってるのかさっぱり分からんが。
だが、ビンは俺を妙にお気に入りなのだ。
「どうしたんだ神の子。神が取り上げた赤ちゃんめ」
指先を差し出すと、向こうもぷにぷにした手を伸ばしてきて、ぎゅっと握ってきた。
「むお! なかなかパワフルだな! 俺の指先をやりはせんぞ! ちょあー!」
「あぴゃー!」
俺が不思議なポーズを取りながら奇声を上げたら、ビンが大喜びした。
赤ちゃんは派手に動いて表情を変えると喜ぶんだ。
「そこー! 芸人より目立たないで下さい―!」
おっと、大道芸人からツッコミが入ってしまった。
「仕方ないな。ここは大道芸人の諸君に、勇者村の村長として芸というものの可能性を教えてあげねばなるまい……」
俺は悠然と歩み出る。
「あ、あなたが村長!? つまり、勇者村の村長ということは……」
「そう、俺が元勇者にしてスローライフ人、そして今は勇者村村長ショートだ!」
俺は後光魔法アリガタヤ(おれめいめい)で背後から謎の光を出し、浮遊魔法フワリによって浮かんでみせた。
どよめく観客たち。
おいそこの婆さん、拝むな拝むな!
日本で仏さん拝んでるみたいなやり方するなあ。
ユイーツ神、その辺りの礼拝は曖昧なんで、自己流の拝み方が許されている。
教会のミサは面白いぞ。
みんなでたらめなやり方で拝んでるからな。
だが、俺がここで大道芸人の顔を潰すのはよろしくない。
やるべきは、俺しかできないチープな芸だ。
俺はスッとエクスラグナロクカリバーを取り出すと……。
その上に、紙を一枚乗せた。
「さてお立ち会い。ここにあるのはなんの変哲もない紙。これを……」
ふわりと宙に紙が舞う!
俺は聖剣を構え、超高速で振る。
「一枚が二枚!」
真っ二つになる紙。
「二枚が四枚!」
さらに二つになる紙。
「四枚が八枚! 八枚が十六枚! 十六枚が三十二枚! 三十二枚が六十四枚! 六十四枚が百二十八枚! 百二十八枚が二百五十六枚! 二百五十六枚が」
今だ!!
トキモドール、限定版!!
「一枚!」
紙吹雪になりかけていた紙が、またもとの一枚に戻った。
呆然とこれを見ていた観客が、ハッと我に返って、うおおおおおおっという歓声とともに拍手をしてくる。
まあ、全部魔法任せのチープな芸だ。
だが、本当の芸は客には見えないところにあった。
エクスラグナロクカリバーは、抜けば低レベルのモンスターなら昏倒させ、振れば大地を割り、突けば空間を割き、資格無き者が触れば食ってしまう恐ろしい聖剣だ。
これを、まるで何の変哲もない剣であるかのように扱う……。
それ自体が芸なのである!
つまり、暴走しようとするエクスラグナロクカリバーを制御しきり、何もさせない!
今、剣を一振りするたびに、世界の壁を破壊する可能性が生じていた。
これを俺が寸前で止めていたのである。
だが、芸の中身を口にする芸人などいない。
評価は、芸を見て、分かる範囲でしてくれればいいのだ。
「お疲れ様、ショート! すごかったねえ。ふわふわ浮いてる紙をバラバラにしちゃった! 最後のはあれ、魔法でしょ? なんか覚えてるんだ。ショートがその剣で薪を割った時、山まで割れちゃって慌てて時間を戻したよね」
「覚えていたか……! いやあ、面目ない。あの頃はスローライフの初心者でな……」
「今はどうなの?」
「スローライフという大きな山の、二合目くらいにいると思うぞ」
「あら、謙虚なんだ」
くすくす笑うカトリナ。
彼女は俺が勇者であることも気付いていたし、案外、俺が今、聖剣を制御しながら高度な芸を見せていたのも分かっているかも知れないな。
「カトリナには敵わないなあ」
「うふふ、ショートのことならなんだってお見通しなんだから」
やっぱりか!
俺はとても感心してしまったのだった。