ビンの目が開いたらしい。
 それ以外は、いつも同じ赤ちゃんぶりで、ミーのおっぱいをたくさん飲むのだとか。

「ショートさん、あいつは大物になりますよ」

「ほう、大物になるか」

「そうですよ。一日五回もおっぱい飲むんですよ」

「食事回数多いなあ」

「あとはほとんど寝てます」

「食って寝てるのか。そりゃあ大きくなりそうだ」

 おしめを替えて欲しい時と、お腹がへった時以外泣かないらしく、夜泣きも無いらしい。
 夜に泣いたら、お腹がへったかおしめを替えて欲しいかのどっちかだ。

「最近、トリマルの奥さんたちがビンを見に来るんですよね。ひよこも孵ったじゃないですか」

「ああ、そうだなあ。すごい数のひよこだ」

 俺たちは畑仕事を終え、昼休憩に入っているのだが、目の前をトリマル一家が歩いていく。
 彼らは畑に降りると、雑草を食べて帰っていくのだ。
 時々、麦の苗を食いそうになると、トリマルがホロホロ鳴いて指導している。

 英才教育だ。

 トリマルの奥さんたちは、完全に旦那にベタぼれな目でトリマルを見ている。
 うーむ、雄として優秀。

 トリマルの驚くべき成長ぶりに、俺は唸った。
 この唸りを、フックが何か変な方向に勘違いしたらしい。

「そうだ! うちのビン見に来ませんか! このあいだ司祭様にも見せたんですけど」

「ヒロイナのところにも通ってるのか」

「はい! なんか謎の助産師さんが助けてくれて、お礼はユイーツ神にしろって言ってたんで。そしたら司祭様が俺らの言葉遣いが雑だって、色々教えてくれるんですよね」

 そんなことになっていたのか。
 俺が知らんところで、村の人間関係ができていっているなあ。
 これは面白い。

「よし、参考になるかも知れないのでおたくのビンちゃんを見に行くぞ」

「やった! じゃあすぐ行きましょう!」

 俺たちは弁当を素早く腹に入れると、その足で赤ちゃんを見に行くのだった。




「ね、目が開いてるでしょ」

「開いてるなあ。なんかじーっと俺を見てる」

「ショートさんが珍しいんでしょう」

「あぶーばー」

「何か言ってるぞ」

「赤ちゃんですからね。ほーら、ビン、パパだぞー」

 ミーからビンを受け取り、フックが顔をすりすりしている。
 ヒゲがちくちくしたのか、ビンが嫌がった。

「あばうばー」

「あー、もう、ほら! パパが抱っこするとすぐすりすりするんだから! ちゃんとヒゲ剃りなさい!」

 ミーに怒られ、ビンも取り上げられてしゅんとするフック。
 まあ、新米パパがはしゃいじゃう気持ちも分かるな。

「よーし、俺も抱っこさせてもらっていいか」

「はい、ショートさん」

 なんか気軽に手渡してきた。
 うーむ、ぬくぬくしているな、赤ちゃんというやつは。
 天然の湯たんぽみたいだ。

 そして相変わらず、俺を瞬きもせずにガン見してくる。

「なんだ、俺の顔に何かついてるか」

「ぶぶぶぶー」

「なるほど分からん」

 生まれてまだちょっとしか経ってないからな……。

「ビンはね、夜になると目を開けてたんです」

「なんだと」

「生まれたときから目は見えてるみたいです。でも、昼は眩しいから目を閉じてたみたい」

「そうだったのか……」

 赤ちゃんが開眼したのではなく、明るさに慣れただけだったか。
 その後、ビンを連れてカトリナの手伝いに行くというので、俺とフックの男衆もつていくことにした。

「まあ! なーに。ショートとフックさんもついてきて! 畑のお仕事は終わったの?」

「大体苗は植え終えてな。しばらくは様子見だ」

「そうなんだ?」

 ごく自然な手付きで、ミーからビンを受け取るカトリナ。
 そして布を畳んで、あっという間に赤ちゃん用のおくるみを作ってしまった。
 そこから、ビンを抱っこ状態のまま、ヒモでくくりつける。

「あぶー」

 ビンはカトリナに抱っこされると、すぐに寝てしまった。
 おお、赤ちゃんを安心させる圧倒的安心力。

「みんなのぶんのご飯を仕込まないとだからね。私はほら、パワーがあるから、ビンちゃん抱っこしたままで大丈夫。ミーには縫い物とかしてもらってるの」

「気分転換になってて助かるのよ。カトリナさん、ビンをあやすの上手いし……んーっ! のびのび仕事ができるー!」

 うちの女衆も、役割分担しているのだなあ。
 俺とフックで並んで、うんうんと頷きながらこの光景を見る。
 すると、カトリナがくるりと振り返り。

「ほらほら! 中にいたら邪魔でしょ。外でお仕事! ショートなら幾らでもやることあるでしょ!」

「へーい」

 追い出されてしまった。

「なるほどー」

 フックが俺を見てニヤニヤしている。

「なんだよ、どうしたんだよフック」

「いやあ、仲良さそうだなって思って。俺もミーと仲良しなんですけど、あいつがいっつも機嫌いいの、カトリナさんがああやって手伝ってくれてたんだなって。ショートさん、いい嫁さんもらいましたね」

「だろ?」

 俺もニヤニヤした。

「二人とも、外でぺちゃくちゃしなーい!」

「へーい!」

 ということで、家から離れるように言われてしまった。
 それもそうだ。
 幾らでもやることはあるのだった。

 サボテンガーから油を取らなくちゃいけないし、綿花の手入れもあるし……。

「手が空いていますか」

「クロロック! お前が来たということは」

「現状は私一人なので、お二人の手を借りたいのです」

「よし、肥料やるか! フックも来い」

「うっす!」

 かくして日が暮れるまで、男三人で肥溜めをかき混ぜるのだった。