酒の製法を求め、ブルストとクロロックの二人が丁字路村まで出かけていった。
 向こうで一泊してから帰ってくるそうなので、きっとたっぷりと酒の作り方を学んでくるのだろう。

 ということで。
 今夜の食卓は、俺とカトリナの二人きりである。

「じゃじゃーん、お待たせしました! イノシシ肉のステーキだよー! お芋を載せて食べてね」

「豪華!! 人数は二人なのに食材は四人分くらいありそう」

「えへへ、つい、思わずやっちゃいました」

 カトリナがにっこり笑う。
 可愛い。結婚したい。

「あのね、ショート。みんなが手伝ってくれるお陰でね、家のこともかなり楽になってきたからね、私も外のお手伝いを本格的にやっていこうかなーって」

「ほうほう」

「ねえショート。鳥舎でね、みんなちょっと大きくなってきたんだよ。食べる餌の量も増えてねー」

「ふむふむ」

「それからね、ショート。えっと、えっと」

 今日のカトリナは口数が多い。
 もともと、そこまでお喋りな子ではないはずだが……?

 俺がじーっと彼女を見ていると、カトリナは何か決意を固めたようだった。

「ショートは、トラッピア姫とどこまで進んだの!?」

「な、なにぃーっ!!」

 直球で攻めて来た!!
 今までのはあれか。彼女なりの牽制球のつもりだったのか。

 だが、明らかなボール球とど真ん中ストライクしか持ち球がないタイプだな、カトリナ。
 彼女の顔は真剣そのもの。
 なるほど、この機会に俺からきっちりとそこを聞いておきたかったんだな。

「よし、カトリナ。落ち着いて聞いてくれ。まず、俺と彼女とは……」

「うん」

 緊張するカトリナ。

「特に何の関係でもない……。それどころかパーティにいた女子メンバーとも特に何の関係もない。俺の交際関係は真っ白な状態のままだ」

「よしっ」

 カトリナがすごく清々しい表情でガッツポーズをした。
 可愛いんだけど腑に落ちぬ。

「なんでそんなに嬉しそうなんですかね……!」

「な、なんでもないよー!! そっかあ、あのお姫様、ショートとは何の関係もないんだねえー。もう、全然、これっぽっちもお姫様を好きになっちゃう芽がない感じ?」

「そこはよく分からないなー。トラッピア美人ではあるからなあ」

 カランと音を立てて、木の匙が食卓に転がった。
 カトリナが愕然とした顔をしている。
 な、な、なんだ!? どうしたと言うんだ!

「ない。絶対にトラッピアはない」

 俺は慌てて言い直した。
 するとカトリナはハッとして我に返った。

「そ……そうだよねえ! お姫様と結婚なんかしたら、ショート、難しいお仕事ばかりになっちゃうもんね」

「そうか。そりゃあそうだ……!! じゃあ、トラッピアはダメだな、絶対ない。政治とかやりたくない。人間関係の調整とか、利害の調整とかするんでしょ? あんな面倒な仕事はもうたくさんだあ……」

 蘇る俺のトラウマ!
 各国に根回しし、政財界に浸透していた魔将のグループを炙り出し、海上のパーティと偽ってそいつらを呼び出して一網打尽にするために、他の冒険を繰り広げながら一年くらい掛かったのだ。
 あの一年間は本当に死ぬほど忙しかった。お陰で俺のレベルもあそこで限界を突破し、以降、めちゃめちゃに上がっていった。

 強くなったことはありがたいが、それでも二度とあんな生活はしたくない。
 勇者やりながら、政財界の裏のドンを魔将と争うなんて日常は、業務量的に地獄でしか無いのだ。
 今は政財界の裏のドン的立場を、俺の右腕として頑張ってくれたおっさんに譲り渡している。

 あの頃と比べて、今の生活の充実度!
 スローライフ最高!!

「ショート、苦労したんだねえ。すごく辛そうな顔して、泣きそうな顔して、遠い目をして、それから笑顔になったよ。百面相だねえ」

「トラッピアと結婚するとあんな毎日が戻ってくると考えただけで嫌になる。結婚するならカトリナがいい」

 思わず本音を口に出してしまった。

「はっ」

「ほっ」

 固まる俺とカトリナ。
 見る間に、目の前の彼女の顔が真っ赤になっていって、角まで赤くなった。

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと、待ってね。その、あの、もっと、お互いを、ちゃんとわかんないと、あのね、その、別にやじゃなくてね、嬉しいっていうか、すごく嬉しいっていうか、もう私死んじゃいそうな感じなんだけどね」

「お、お、落ち着けカトリナ。とりあえず飯くおう、飯」

 イノシシ肉のステーキが冷めかけている!
 俺と彼女は、慌てて肉を食べたのだった。
 この話はそこで終わりになり、うやむやになった。

 だが、大いなる一歩を進んだ気がするぞ。
 問題は、俺もカトリナもどうやら相当奥手らしいことだな……!!

 しかし、彼女の気持ちは確認できた。
 ブルストは攻略済みだ。
 俺たちの前にはなんの障害もない。ないのだが……!!

 一生の問題なので、まずカトリナとは清い交際から始めるのが良かろう。
 うん、そうしよう。

 風呂を沸かし、カトリナを先に入れつつ、もしや二人で風呂に入れる展開が来るのでは……? と考える。
 そこで我に返る俺。

「二人で風呂に入るには風呂桶の大きさが小さいな。拡大せねば」

「ふっ、ふたりで!?」

 いかん!!
 半露天の風呂を沸かすためには、風呂桶の下にある釜で火を起こしているのだが!
 火の番のために、お互いが近い距離にいることを失念してしまっていた。

 カトリナが上から、じーっと俺を覗き込んでいる。

「たっ……確かに、お風呂はそれじゃあ狭いよねえ。お父さんが入ったら、ぎゅうぎゅうでお湯が全部外に出ちゃうもん」

「だからブルストは毎回最後に入ってるのか……」

 俺とカトリナで同時に入浴するためだけではない。
 ブルストに満足な入浴生活を送らせるためにも、風呂桶は拡張せねばならない。

 だが、そうすると水の量が必要になる。
 もっと安定して水を確保できるようにして、さらにはその大きさの風呂桶を温められる風呂釜の構造も研究して……。

 カトリナとの二人風呂を達成するために、多くの課題があるのだ……!!
 俺はスケベな思いだけでなく、スローライフの生活を向上させる使命感に、鼻息を荒くするのだった。