クロロックの家が完成したというので、トリマルとお嫁さんのヒヨコ四羽を引き連れながら見に行くことにする。
見るも鮮やかな緑色のトリマルの後ろには、緑にほんのりブルーが混じった三羽のヒヨコがいる。
俺は彼女たちを、トリヨ、トリナ、トリミと名付けた。
今のところ、トリマルと三羽は仲良しのようだ。
「足元に気をつけるんだぞ」
「ピョー」
「ピピピ」
「ピヨヨヨ」
「ピッピー」
聴き比べると四羽とも鳴き方の癖が違うものだ。
俺が成すべき仕事は、この四羽を立派なホロロッホー鳥に育て上げることなのである。
ついでに畑もきちんと作って作物も増やして、開拓だってやっていかなくてはならない。
スローライフとは手間暇がかかるものだ。
「俺は大変なのだ」
「ピョー?」
「お前に分かれとは言わないがトリマル。しかし俺以外に対応できる者がいなくて、一人で魔王軍とやりあってた時に比べると……この大変さは楽しいなあ」
「ピョッピョ」
「おお、分かるか! さすがは俺の息子トリマル……!!」
「ピョー」
トリマルとばかり会話していたら、トリヨとトリナとトリミが走ってきて、俺のかかとをツンツンし始めた。
「うおー、すまんすまん、トリマルを独り占めしてしまったな」
トリマルはモテモテだな!
三羽のヒヨコを引き連れて、堂々と川沿いの道を歩いている。
やがて、クロロック邸が見えてきた。
川に半分乗り出すようにした、変わった形のログハウスだ。
ひらがなの「つ」の字に見えるな。
「やあショートさん、ついに完成ですよ」
クロロックが家の影からヒョイと顔を出した。
見慣れたカエルフェイスに、ねじり鉢巻なんか締めている。
「うわあその鉢巻どうしたんだ。めっちゃくちゃ似合ってるんだが。兎と相撲取りそう」
「スモウとは一体……? ブルストさんの仕事を手伝っていたのですがね。汗が出る人種はこのように頭に布を巻いて、汗が目に入るのを防ぐと聞きまして。ワタクシも倣って、このように鉢巻をしてみたのです。それよりどうです、我が家の完成です」
「うんうん、すごい形だな……!」
俺はしみじみと、この異形のログハウスを見上げた。
ブルストは今、建物のあちこちを点検して回っているらしい。
とは言っても、クロロック一人が住む家だ。
大きさは大したことがない。
一階なんて、川に続く戸口とハシゴしかない。あとは物置だ。
で、二階に生活スペースがあるらしい。
クロロックに案内されて、俺はハシゴを登っていった。
ヒヨコたちは反重力魔法で浮かせて、俺の頭の上に配置しておく。
うむ、ピヨピヨとにぎやかだ。
「ヒヨコも少しずつ大きくなってきましたね。雛が育つのはあっという間です」
「ああ。鳥は子どもの期間が短いんだなあ」
二人でしみじみ会話をしつつハシゴを登りきる。
すると、上がってすぐのところにブルストの尻があった。
「うわー、おっさんの尻だ」
「お? なんだショート、来てたのか! がっはっは! 見ろよこの家。大きさはクロロックに合わせたから小さいが、大したもんだろう! 上の階に寝床と、釣りをするための穴が開けてあるんだ」
「ほう……」
ブルストにどいてもらいながら、登ってみる。
俺がやっと直立できるくらいの天井の高さだな。
上の部屋は一部屋だが、クロロックの寝床らしい葉っぱを敷き詰めたところと、床に戸がついていた。
「この戸が釣り用か」
「そういうことです。糸を垂らすだけの簡単なものですが、ワタクシは魚も食べますからね。丸呑みです」
なお、定期的に虫下しの薬草を飲んでいるので健康面も万全らしい。
「どうです、一つ釣って行きませんか」
「おっ、釣り師ショートに挑戦しようというのかね」
釣りを誘われたので、ちょっと遊んでいくことにした。
「今回は坊主じゃなけりゃいいな! ガハハ!」
ブルストがセンシティブな話題に触れながら、俺の背中をばんばん叩いて去っていった。
昨日までの俺と同じだと思うなよ……?
先日の釣りの後、俺は何度もイメージトレーニングしたのだ。
理論上は釣れるようになっている!!
そして……。
「ウグワーッ! 一匹も釣れない!」
「ショートさんの糸からは殺気が伝わってくるのかもしれませんね。おっと、かかりました」
釣り糸をくるくると巻き上げるクロロック。
そこに、指ほどの大きさの小魚が掛かっていた。
針が小さいから、こういう小さい魚を釣る専用なんだそうだ。
この小魚を、クロロックはつるりと飲み込んだ。
「こういう小さい魚は殺気に敏感ですからね。ショートさんは臆病な魚を釣るのには向いていないと思いますよ」
「そんなものかなあ」
「先日だって、魔法でいきなり消えたと思ったら、皆さんの家の前でドタバタがあったのでしょう。カトリナさんが嬉しそうに、ショートさんが守ってくれたと言ってましたよ。あなたは戦うことが体に染み付いている……」
「むう、戦争帰りの兵士みたいなものだな」
「まんまそれですね。では、ショートさんが何を釣ればいいのか……」
「俺が向いている釣り……?」
「ええ。それは、その辺りにおける絶対的強者。川や沼のヌシとか、海であれば最上位捕食者のスカーフェイス辺りが釣りやすいのではないでしょうか」
スカーフェイスとは、真っ赤な色をしたシャチのことだ。
ずる賢くて残忍で、時には水棲人ギルマンと組んで人間を襲うな。
なるほど、あれは釣りやすそうだ。
「誰しも向き不向きがあるんだな」
「そういうことです。ですが、向いてないことをしてはいけないという話はありません。なんだって時間を掛けて挑戦すればできるようにはなっていくものです。さあ、コツをお教えしましょう。明鏡止水です」
「明鏡止水!!」
かくしてその日は、クロロックから静かな心で小魚を釣る技を習ったのであった。
釣れた魚は捌いてヒヨコたちのご飯にした。
見るも鮮やかな緑色のトリマルの後ろには、緑にほんのりブルーが混じった三羽のヒヨコがいる。
俺は彼女たちを、トリヨ、トリナ、トリミと名付けた。
今のところ、トリマルと三羽は仲良しのようだ。
「足元に気をつけるんだぞ」
「ピョー」
「ピピピ」
「ピヨヨヨ」
「ピッピー」
聴き比べると四羽とも鳴き方の癖が違うものだ。
俺が成すべき仕事は、この四羽を立派なホロロッホー鳥に育て上げることなのである。
ついでに畑もきちんと作って作物も増やして、開拓だってやっていかなくてはならない。
スローライフとは手間暇がかかるものだ。
「俺は大変なのだ」
「ピョー?」
「お前に分かれとは言わないがトリマル。しかし俺以外に対応できる者がいなくて、一人で魔王軍とやりあってた時に比べると……この大変さは楽しいなあ」
「ピョッピョ」
「おお、分かるか! さすがは俺の息子トリマル……!!」
「ピョー」
トリマルとばかり会話していたら、トリヨとトリナとトリミが走ってきて、俺のかかとをツンツンし始めた。
「うおー、すまんすまん、トリマルを独り占めしてしまったな」
トリマルはモテモテだな!
三羽のヒヨコを引き連れて、堂々と川沿いの道を歩いている。
やがて、クロロック邸が見えてきた。
川に半分乗り出すようにした、変わった形のログハウスだ。
ひらがなの「つ」の字に見えるな。
「やあショートさん、ついに完成ですよ」
クロロックが家の影からヒョイと顔を出した。
見慣れたカエルフェイスに、ねじり鉢巻なんか締めている。
「うわあその鉢巻どうしたんだ。めっちゃくちゃ似合ってるんだが。兎と相撲取りそう」
「スモウとは一体……? ブルストさんの仕事を手伝っていたのですがね。汗が出る人種はこのように頭に布を巻いて、汗が目に入るのを防ぐと聞きまして。ワタクシも倣って、このように鉢巻をしてみたのです。それよりどうです、我が家の完成です」
「うんうん、すごい形だな……!」
俺はしみじみと、この異形のログハウスを見上げた。
ブルストは今、建物のあちこちを点検して回っているらしい。
とは言っても、クロロック一人が住む家だ。
大きさは大したことがない。
一階なんて、川に続く戸口とハシゴしかない。あとは物置だ。
で、二階に生活スペースがあるらしい。
クロロックに案内されて、俺はハシゴを登っていった。
ヒヨコたちは反重力魔法で浮かせて、俺の頭の上に配置しておく。
うむ、ピヨピヨとにぎやかだ。
「ヒヨコも少しずつ大きくなってきましたね。雛が育つのはあっという間です」
「ああ。鳥は子どもの期間が短いんだなあ」
二人でしみじみ会話をしつつハシゴを登りきる。
すると、上がってすぐのところにブルストの尻があった。
「うわー、おっさんの尻だ」
「お? なんだショート、来てたのか! がっはっは! 見ろよこの家。大きさはクロロックに合わせたから小さいが、大したもんだろう! 上の階に寝床と、釣りをするための穴が開けてあるんだ」
「ほう……」
ブルストにどいてもらいながら、登ってみる。
俺がやっと直立できるくらいの天井の高さだな。
上の部屋は一部屋だが、クロロックの寝床らしい葉っぱを敷き詰めたところと、床に戸がついていた。
「この戸が釣り用か」
「そういうことです。糸を垂らすだけの簡単なものですが、ワタクシは魚も食べますからね。丸呑みです」
なお、定期的に虫下しの薬草を飲んでいるので健康面も万全らしい。
「どうです、一つ釣って行きませんか」
「おっ、釣り師ショートに挑戦しようというのかね」
釣りを誘われたので、ちょっと遊んでいくことにした。
「今回は坊主じゃなけりゃいいな! ガハハ!」
ブルストがセンシティブな話題に触れながら、俺の背中をばんばん叩いて去っていった。
昨日までの俺と同じだと思うなよ……?
先日の釣りの後、俺は何度もイメージトレーニングしたのだ。
理論上は釣れるようになっている!!
そして……。
「ウグワーッ! 一匹も釣れない!」
「ショートさんの糸からは殺気が伝わってくるのかもしれませんね。おっと、かかりました」
釣り糸をくるくると巻き上げるクロロック。
そこに、指ほどの大きさの小魚が掛かっていた。
針が小さいから、こういう小さい魚を釣る専用なんだそうだ。
この小魚を、クロロックはつるりと飲み込んだ。
「こういう小さい魚は殺気に敏感ですからね。ショートさんは臆病な魚を釣るのには向いていないと思いますよ」
「そんなものかなあ」
「先日だって、魔法でいきなり消えたと思ったら、皆さんの家の前でドタバタがあったのでしょう。カトリナさんが嬉しそうに、ショートさんが守ってくれたと言ってましたよ。あなたは戦うことが体に染み付いている……」
「むう、戦争帰りの兵士みたいなものだな」
「まんまそれですね。では、ショートさんが何を釣ればいいのか……」
「俺が向いている釣り……?」
「ええ。それは、その辺りにおける絶対的強者。川や沼のヌシとか、海であれば最上位捕食者のスカーフェイス辺りが釣りやすいのではないでしょうか」
スカーフェイスとは、真っ赤な色をしたシャチのことだ。
ずる賢くて残忍で、時には水棲人ギルマンと組んで人間を襲うな。
なるほど、あれは釣りやすそうだ。
「誰しも向き不向きがあるんだな」
「そういうことです。ですが、向いてないことをしてはいけないという話はありません。なんだって時間を掛けて挑戦すればできるようにはなっていくものです。さあ、コツをお教えしましょう。明鏡止水です」
「明鏡止水!!」
かくしてその日は、クロロックから静かな心で小魚を釣る技を習ったのであった。
釣れた魚は捌いてヒヨコたちのご飯にした。