「では、肥料を作っていきましょう。手近な材料ではし尿などを使用しますが」

 俺がし尿という言葉が分からなくて、ポカーンとした顔をしたので、クロロックがパカッと口を開けた。
 ちょっと間があく。
 すぐにクロロックは、ハッとした様子で言葉を継いだ。

「つまり食べた後で出すものです」

「おお! わかりやすい」

 このカエルの人、表情が全くわからないと思っていたがめちゃくちゃ表情が豊かだな。

「皆さんは出すものをどうしていますか?」

「穴を掘って埋めているぞ」

「なるほど素晴らしい。では案内してください。(わら)や灰があるとなおよろしい」

「ほうほう、集めてこよう。しかし、まさかそんなものが肥料とやらになるのだとはなあ」

「古来より、野菜などはそうやって作られているのです。むしろこの土地では、東方の国ナンデモックのように、水田を作るほうがいいかもしれませんね」

「水……田……!?」

 俺は目を見開いた。
 水田ってあれだろ。
 田んぼだろ。

 つまり米!?
 この世界に米があるのか!!

「お米が作れるのか……!? マジで……? オニギリとか白飯とか食べられちゃう?」

「急にショートさんの圧が増しましたね。ですがその通りです。オニギリという食べ方は存じ上げないので、あとで教えて下さい」

「その好奇心旺盛なのはさすが学者だな。だけど俺も、米があると聞くとめちゃくちゃに食べたくなってきたので栽培するための手伝いを頼む……!!」

「まさかショートさんがお米に詳しい方だとは思いませんでした。異世界から来られたと言う話ですが、あちらではお米が一般的なのでしょうね。大変興味深い」

 俺とクロロックが、がっちりと握手を交わす。
 しっとりしてるなあ。

 ということで、俺たちの出したもの処理場を掘り返すのだ。
 土の中に入れておくと、なんだかそこで植物の成長が良くなったりしている気がする。
 これが肥料ってことなのだろうか?

「そうなのか?」

 思ったことをそのまま聞いてみると、クロロックが頷いた。

「大体そうです。ただ、これだけでは作物が育つ栄養が足りませんし、よく発酵させないとむしろ害があります。ですがこの辺りは湿気があり、気温も高めですね。発酵させて肥料にするにはとても良い条件です」

「ほうほう、発酵を……。発酵ってどんなふうに?」

「それにはワタクシの本を読むといいでしょう」

「おおー」

 ということで、俺がクロロックの本を読んでいる間に、彼がシャベルで藁やら灰やらを出したものの中に混ぜ込む作業をし始めた。
 体を動かすタイプの学者だ。

「なかなか良質ですね。しかも量がある。素晴らしい……」

「臭い臭い」

「臭いものなのです。当たり前です」

「畑を作るというのは厳しいものなんだな。こんな臭い物を作らねばならんとは……」

「世の農家の人々はみんなこの作業をして頑張っているのです」

「なるほど……スローライフは日々が戦いだったのだな……!!」

 俺は感心する。
 そして、クロロックの本に目を通して、肥料を発酵させるということを概ね理解した。

「どれどれ、では俺もやってみよう。おりゃあー!!」

 別の穴を掘り返し、必要な素材を混ぜ込んでいく。
 これは大変に臭い。
 だが、それは発酵が進んでいる証だとクロロックは言う。

「発酵すれば必ず臭くなるのです。ヨーグルトしかり、酒類しかり」

「あれはいい匂いなんじゃないのか?」

「慣れていて、食べられる匂いだとわかるから臭いと感じないのです。先入観なしであのにおいを嗅げば、臭いと思うことも多いでしょう」

「なるほど! つまりこの肥料もいい匂いに感じられるようになるってことだな」

「肥料はいつまで経っても臭いです」

「なにい」

 思わずクロロックを見ると、彼は口をパカッと開けて、喉をクロクロ鳴らしていた。
 もしやこれは、クロロック・ジョーク……!!
 こいつほんとに人間と変わらないな。

 すっかり意気投合した俺とクロロックは、日暮れまで肥料を作る準備をして回ったのである。
 そして戻ってきたら、カトリナが鼻をつまんだ。

「く、くさーい!! 二人とも、お風呂沸かして入ってきて!」

「うむ……。すっかり鼻が慣れてしまったが」

「日々、この作業を生業にすると慣れてしまってにおいを感じないというのもありますね」

「そんなもんか。よしクロロック、俺がフロを沸かしてやるから入るがいい……」

「実はワタクシ、熱いお風呂は苦手でして。ぬるま湯か水風呂なら……」

「色々大変だなあ」

 ということで、沸かしかけのお風呂に入ってもらうことにした。
 ぬるま湯に頭まで浸かるクロロック。

 ぷかっと目と鼻だけ出して、コロコロクロクロ鳴き出した。
 これ、風呂に入って気分良く鼻歌を歌うのと一緒なんだろうな。

 次に俺が入浴し、火の番は分身魔法オレコピー(俺命名)にやらせておいた。
 これは、俺の分身を作り出し、単純作業を任せられる魔法だ。

 例えば、俺が魔法を使いたい時に敵の大群を食い止めさせるとか。
 あるいは、同じ魔法を同時に使って二箇所に効果を及ぼしたい時に重宝した。

 後になって、一人でもだいたい全部できるようになって使わなくなってしまったな。
 だが、風呂を沸かして火加減を一定に保つという作業は一人では難しい。
 オレコピーの出番である。

 クロロックが外からこれを見て、感心したのか喉をコロコロ鳴らした。

「器用ですねえ。ショートさんがもう一人いる」

「俺は魔法は得意だからな。だが、魔法よりも難易度の高い肥料づくりにはこれは使えない。今の俺は肥料づくり入門者ショートなのだ」

「ええ、ともに肥料を作り、豊かな畑を作りましょう」

 ということで、スローライフをする俺たちに心強い仲間が加わったのである。