俺の頭上で、ピシッと言う音がした。
エンサーツが遊びに来た翌日のことである。
「なん……だと……!?」
頭上の卵を確認するには、水面に姿を映さねばならない。
そう言えば、この家には鏡がなかったなーと今になって気付く。
桶に溜めた水に顔を映して身繕いしているカトリナをちょこちょこ見たからな。
鏡は高い。
ちゃんとした鏡だと、馬一頭と同じ値段がするのだ。
流石にこれだけ高価な物だと、村人からもらうこともできまい。
今度買うなり作るなりしてプレゼントしてやろう……。
いやいや!
今は頭の上の卵が問題なのだ。
「カトリナ、水鏡を貸してくれ」
「はいはーい。あれっ、ショート! 頭の卵にヒビが入ってる!」
「えっ!?」
俺は頭上の卵をさわさわしようとする。
だが、それを結界がカキーンと跳ね返した。
結界、いい仕事をしてるなあ。
「魔法で頭にくっつけているんでしょ? 水で卵を見るなら、魔法を解いたら?」
「おお!!」
盲点だった。
「魔法解除!」
俺がパチンと手を打ち鳴らすと、頭上の卵がポロッと落ちた。
「おっとっとっとっと……!」
危ういところで卵をキャッチする。
久々に触れた卵は、ほんのり温かい。
そして、なんだか手のひらに鼓動を感じる気がするぞ。
「ショート、卵、孵るんじゃない!?」
「ああ、こりゃあ生まれちゃうぜ、ベイビーが……!」
テンションが上ってくる、俺とカトリナ。
そっと卵を土間に置き、二人でじっと見つめた。
卵は、ピクピク、ピクピクピク、と動き始め……。
「お、おおお」
「動いているよー!」
ついにはガタガタ、ガタガタと動き出す。
来るか、誕生の時!
と思ったら、ピタッと止まった。
「あっ、ど、どうしたんだ」
「や、休んでるのかな」
心配する俺たち。
今後の俺たちの運命を握る、ホロロッホー鳥最初の一羽である。
この子の誕生に全てが掛かっているのだ……!
「ここは、体力賦活魔法タタカエール24を……」
「だめだよ! 赤ちゃんは今、一生懸命生まれてこようとしてるの! 私たちができるのは見守ることだけ……!」
「な、なるほどお……」
俺は魔法を引っ込めた。
そもそもあの体力賦活魔法、明日の元気を今日に前借りするやつだからな。
卵はどうやら本当に一休みしてただけらしくて、またガタガタ動き出した。
そして内側から、嘴がバリバリと殻を破りながら出現する。
つぶらな瞳が覗く。
そして、しっとりと濡れた羽毛が殻の隙間を広げながら、卵の外へ……。
「ピョ」
あ、休んだ。
結局、卵は小一時間くらいかけながらゆっくりと破られていったのだった。
「ピョー」
「生まれたー!!」
「孵ったー!」
歓声をあげる俺とカトリナ。
この声を聞きつけて、野良仕事をしていたブルストが覗きに来た。
「おうおう、どうした? お! なんか小さいのがいるなあ。なんだそれ」
「ああ、こいつはな。俺が頭に乗せていた卵だ。ついに孵ったんだ……!」
「ピョピョピョー」
しっとりした羽毛の生き物は、ポテポテと歩いてくると、俺の目の前で立ち止まった。
「むっ」
「ああ、鳥って、生まれた時最初に見たものをお母さんだと思うって聞いたことがあるよ。きっとこの子、ショートのことをお母さんだと思っているんだね」
「俺が……お母さん……!?」
トゥンク、とこみ上げるフシギな感情。
「おお、息子か娘よ……どっちだ」
俺はそっと、ホロロッホー鳥のひなを拾い上げた。
とりあえずしっとりしている状態は、体が冷えてよくなさそうだ。
「超小型デッドエンドインフェルノ……!」
すると、豆粒ほどの火球が出現し、ひなを頭上から温めた。
羽毛が乾いていく。
おお、思った以上に羽毛のボリュームがあるな!
すっかり羽が乾いたそれは、完全無欠にヒヨコだった。
エメラルドグリーンのヒヨコだ。
「ほわあああああ」
「はあああああ」
「おおおおおお」
三人で口々に感嘆の声を漏らす。
な、なんというかわゆさだ……。
「ピョー」
ヒヨコは俺の親指に、頭をすりすりした。
ウグワーッ!!
あまりの可愛らしさに気絶しそうだ。
見ているだけで、心が優しくなっていく。
凄まじい癒やし効果だ。
「こんな可愛いヒヨコになるはずだった卵を、山程食っちまったのか俺たちは」
「や、やめろブルスト! 今はそれを口にするんじゃない!」
「お父さん、言っていいことと悪いことがあるよ! それはそれ、これはこれなの!」
「す、すまん」
ブルストがしゅんとなった。
こんなに強そうなカトリナは初めて見たぞ。
「ねえショート。この子に名前をつけてあげて。オスだったとしてもメスだったとしても、新しい私たちの家族なんだもの」
「ああ。そうだな。こいつは俺たちの希望のもとなんだから……。希望とは何だ……希望は、夢、希望、努力、勝利……。そうだ! 勝利! ビクトリーだ! お前は今日からビクトリー丸だ!!」
「ピョー!」
「ちょっと長いから名前はトリマルちゃんって呼ぶね」
「カトリナ……?」
「ショートは名付けがちょっとだけ苦手だったんだね。ごめんねショート……」
「や、やめろ。俺を可哀想なものを見るような目で……!」
俺は今この時、初めてネーミングセンスが悪いことを後悔したのだった。
それはそれとして、可愛いヒヨコが俺たちの生活に加わった。
こいつを育てて、ホロロッホー鳥を増やしていくのだ。
エンサーツが遊びに来た翌日のことである。
「なん……だと……!?」
頭上の卵を確認するには、水面に姿を映さねばならない。
そう言えば、この家には鏡がなかったなーと今になって気付く。
桶に溜めた水に顔を映して身繕いしているカトリナをちょこちょこ見たからな。
鏡は高い。
ちゃんとした鏡だと、馬一頭と同じ値段がするのだ。
流石にこれだけ高価な物だと、村人からもらうこともできまい。
今度買うなり作るなりしてプレゼントしてやろう……。
いやいや!
今は頭の上の卵が問題なのだ。
「カトリナ、水鏡を貸してくれ」
「はいはーい。あれっ、ショート! 頭の卵にヒビが入ってる!」
「えっ!?」
俺は頭上の卵をさわさわしようとする。
だが、それを結界がカキーンと跳ね返した。
結界、いい仕事をしてるなあ。
「魔法で頭にくっつけているんでしょ? 水で卵を見るなら、魔法を解いたら?」
「おお!!」
盲点だった。
「魔法解除!」
俺がパチンと手を打ち鳴らすと、頭上の卵がポロッと落ちた。
「おっとっとっとっと……!」
危ういところで卵をキャッチする。
久々に触れた卵は、ほんのり温かい。
そして、なんだか手のひらに鼓動を感じる気がするぞ。
「ショート、卵、孵るんじゃない!?」
「ああ、こりゃあ生まれちゃうぜ、ベイビーが……!」
テンションが上ってくる、俺とカトリナ。
そっと卵を土間に置き、二人でじっと見つめた。
卵は、ピクピク、ピクピクピク、と動き始め……。
「お、おおお」
「動いているよー!」
ついにはガタガタ、ガタガタと動き出す。
来るか、誕生の時!
と思ったら、ピタッと止まった。
「あっ、ど、どうしたんだ」
「や、休んでるのかな」
心配する俺たち。
今後の俺たちの運命を握る、ホロロッホー鳥最初の一羽である。
この子の誕生に全てが掛かっているのだ……!
「ここは、体力賦活魔法タタカエール24を……」
「だめだよ! 赤ちゃんは今、一生懸命生まれてこようとしてるの! 私たちができるのは見守ることだけ……!」
「な、なるほどお……」
俺は魔法を引っ込めた。
そもそもあの体力賦活魔法、明日の元気を今日に前借りするやつだからな。
卵はどうやら本当に一休みしてただけらしくて、またガタガタ動き出した。
そして内側から、嘴がバリバリと殻を破りながら出現する。
つぶらな瞳が覗く。
そして、しっとりと濡れた羽毛が殻の隙間を広げながら、卵の外へ……。
「ピョ」
あ、休んだ。
結局、卵は小一時間くらいかけながらゆっくりと破られていったのだった。
「ピョー」
「生まれたー!!」
「孵ったー!」
歓声をあげる俺とカトリナ。
この声を聞きつけて、野良仕事をしていたブルストが覗きに来た。
「おうおう、どうした? お! なんか小さいのがいるなあ。なんだそれ」
「ああ、こいつはな。俺が頭に乗せていた卵だ。ついに孵ったんだ……!」
「ピョピョピョー」
しっとりした羽毛の生き物は、ポテポテと歩いてくると、俺の目の前で立ち止まった。
「むっ」
「ああ、鳥って、生まれた時最初に見たものをお母さんだと思うって聞いたことがあるよ。きっとこの子、ショートのことをお母さんだと思っているんだね」
「俺が……お母さん……!?」
トゥンク、とこみ上げるフシギな感情。
「おお、息子か娘よ……どっちだ」
俺はそっと、ホロロッホー鳥のひなを拾い上げた。
とりあえずしっとりしている状態は、体が冷えてよくなさそうだ。
「超小型デッドエンドインフェルノ……!」
すると、豆粒ほどの火球が出現し、ひなを頭上から温めた。
羽毛が乾いていく。
おお、思った以上に羽毛のボリュームがあるな!
すっかり羽が乾いたそれは、完全無欠にヒヨコだった。
エメラルドグリーンのヒヨコだ。
「ほわあああああ」
「はあああああ」
「おおおおおお」
三人で口々に感嘆の声を漏らす。
な、なんというかわゆさだ……。
「ピョー」
ヒヨコは俺の親指に、頭をすりすりした。
ウグワーッ!!
あまりの可愛らしさに気絶しそうだ。
見ているだけで、心が優しくなっていく。
凄まじい癒やし効果だ。
「こんな可愛いヒヨコになるはずだった卵を、山程食っちまったのか俺たちは」
「や、やめろブルスト! 今はそれを口にするんじゃない!」
「お父さん、言っていいことと悪いことがあるよ! それはそれ、これはこれなの!」
「す、すまん」
ブルストがしゅんとなった。
こんなに強そうなカトリナは初めて見たぞ。
「ねえショート。この子に名前をつけてあげて。オスだったとしてもメスだったとしても、新しい私たちの家族なんだもの」
「ああ。そうだな。こいつは俺たちの希望のもとなんだから……。希望とは何だ……希望は、夢、希望、努力、勝利……。そうだ! 勝利! ビクトリーだ! お前は今日からビクトリー丸だ!!」
「ピョー!」
「ちょっと長いから名前はトリマルちゃんって呼ぶね」
「カトリナ……?」
「ショートは名付けがちょっとだけ苦手だったんだね。ごめんねショート……」
「や、やめろ。俺を可哀想なものを見るような目で……!」
俺は今この時、初めてネーミングセンスが悪いことを後悔したのだった。
それはそれとして、可愛いヒヨコが俺たちの生活に加わった。
こいつを育てて、ホロロッホー鳥を増やしていくのだ。