釣りにやって来た。
 なんと、釣り竿はカトリナが作ったそうだ。

「服を作る時に糸が余るから、より合わせて枝に付けるんだよ。釣り、久しぶりだなあ」

 大変嬉しそうな彼女の顔を見ると、俺もにっこりしてしまう。
 こういう辺境は娯楽が少ないからな。
 釣りなんて実利を兼ねた最高の遊びだろう。

「ショート、しっかり教えてあげるからね」

「うむ、手取り足取り頼む……!」

 俺はよこしまな思いを胸に秘めながら、カトリナに笑いかけるのであった。

「ショートが、ニチャアって音がしそうな笑みを浮かべてるな」

「あいつ、うちの娘が気になってるんだ。ほんと、二人とも奥手でなあ」

 うるさいぞ外野。
 木々の合間をしばらく歩く。
 おや、このルートは知っているぞ。

 いつも水を汲みに行くところじゃないか。
 ……というか、釣りって言ったら水があるところだもんな。

 到着したのは、おなじみの小川だった。
 今回はちょっと上流まで歩くらしい。
 流れを遡っていくと、辺りが岩場になってきた。

「ここだ、ここ。獣が出ても分かりやすいからな」

 ブルストが、大きな岩に腰を下ろした。
 なるほど、周囲を警戒しやすいところで釣りをするというわけか。

「いいな、雰囲気がある」

 エンサーツが嬉しそうだ。
 あいつにとってもたまの休みだしな。

「よーし、始めるとするか! ……カトリナ、まず釣りってどうやるの」

「ショート、基礎とかも全然わかんない? いいでしょう。お姉さんが教えてあげます」

 カトリナさん俺よりも明らかに年下では……?
 就職活動をして失敗する程度の年齢だが、黄色人種は若く見えるというし、そこのところはこの世界でも変わっていないのだ。

「そいつお姉さんぶりたいだけだからな」

「んもー! お父さんはだまってて!」

「あ、そういうことか。ハハハ、かわいいかわいい」

「ショートもー! 教えてあげないよ?」

「教えて下さいお願いします」

 俺は深々と頭を下げた。

「よろしい」

 機嫌が直って、とても得意げなカトリナ。
 ちょろい。チョロインだ。

「じゃあまずね、竿をこう握って、ぶんっと振って釣り針水の中にね」

 実践して見せてくれるカトリナ。

「反復魔法マネスール(俺命名)! ツアーッ! こうかーっ!」

 俺はカトリナの動きをコピーして、針を川に投げ込んだ。

「うまいうまい! 私のマネしたの? 変な掛け声上げてたけど」

「変でしたか」

 ツアーッはしばらく封印しよう。
 おっさんたちも、めいめい気に入った場所で釣り糸を垂らし始めたようだ。

 川の水はたいそう澄んでおり、ちょろちょろと魚が泳いでいる。

 俺はぼーっと水面を見つめている。
 カトリナと隣り合って、平たい石に腰掛けているのだが……。
 本日はうららかな日差しが差し込んできており、大変気分が良い。

 ぽかぽかしてきて、ついついウトウトしてしまう……。

 ……と思った瞬間、俺の脳内に鳴り響くアラーム!!

「ウグワーッ!?」

 俺はびっくりしてぶっ倒れた。

「ショート!?」

「あ、いや、自分に魚が掛かったら分かるように、警戒魔法ゾクダーを掛けておいたんだ! つまり竿に魚が……ツアーッ!!」

 びくんびくん振るえる釣り竿を握りしめ、気合一閃で引き上げる。
 どれほどの大物であろうとも、俺の前では無力なのだ!
 魔王を打ち倒した勇者のパワーで、貴様を釣り上げてやろうお魚ーッ!!

 ぶつんっと糸が切れた。
 俺は自分のパワーの反動でぶっ倒れ、ゴロゴロ転がりながら傍らの巨岩に突っ込んだ。

「ウグワーッ!!」

「ショート!?」

「すげえ、魚に逃げられたリアクションであんな派手なの見たことねえ」

「ショートは何をするにも大げさだからな」

 くそう、魚め……!
 勇者ショートをコケにしやがって……!
 こんなに舐められたのは日本にいた時以来だぜ……!!

 俺は燃えてきた。

「大丈夫、ショート?」

「大丈夫、俺は冷静だ、クールだ。全ての魚を根絶やしにしてやる。極低温魔法ワールドエンドコキュートス(俺命名)……!」

「ショート全然冷静じゃないよー! ストップストップ! 魔法だめえー!」

 カトリナに凄いパワーで揺さぶられたので、俺は魔法の途中で舌を噛んだ。

「ウグワーッ!」

 なんという強引な魔法の止め方!
 こんなの初めて……!
 というか、こんなやり方で俺の魔法を止められるんだなあ。

 そう思ったら冷静になったぞ。

「ごめん、カトリナ。どうやら俺は冷静さを欠いていたらしい」

「ううん、いいんだよ。初心者はなかなか釣れなかったりするしね……あ」

 カトリナの釣り竿に反応あり。
 彼女の目が真剣そのものになる。

「ふーっ……これは大きいね」

「大きいですか」

「見てて」

 釣り糸の先では、何者かが針を飲み込んでバタバタ泳ぎ回っている。
 俺達は釣り餌に、岩の下から見つけたニョロっとしたやつをくっつけており、このニョロリがお魚を魅惑したということであろう。

 釣り竿がしなり、糸が張り詰める。
 だが、カトリナは動かない。
 魚の動きを制御しつつ、釣り竿を維持し、相手が疲れるのを待つ作戦なのだ。

 やがて、魚の動きが緩慢になってきた。

「今だよ! つあー!!」

 カトリナが俺と同じ掛け声を上げた。
 釣り竿のしなりが限界に達し……と思ったら、水面から大きな影が飛び跳ねた。

 おお、でかい魚だ!
 そいつは川べりに落ちると、ピチピチ飛び跳ねた。

「おお、やったなカトリナ!」

「大したもんだなあ」

 だべっているばかりで、一匹も釣ってないおっさんたちが褒めてくる。

「やったー!!」

 カトリナ、空に向かって拳を突き上げる。
 そうしながらトトトっと魚に寄っていって、がっしり掴んでカゴの中に放り込んだ。

 豪快だなあ。

「おめでとうカトリナ。すげえなあ」

「えへへ、ありがとう」

 カトリナが照れて、魚を掴んだ手で頭を掻いた。
 そしてハッとした顔をして、悲しそうに魚臭い手を見る。
 かわいい。

 俺も負けてはいられん。

「次は俺が釣る番だぞ……!! 来い、来い来いっ!」

「がんばれ、ショート!」