今日も今日とて卵を温めて野良仕事。
 森は切り開かれ、徐々に畑に変わっていっている。
 そして終わることなき、野生動物とのバトルだ。

 鹿だ。
 鹿が出た。
 なんか角がまっすぐで四本生えている見たこと無い鹿が、畑を荒らしに来た。

「おのれ、まだ芋の芽くらいしか出てないというのに」

「ブエー!」

 野太い鳴き声をあげる鹿と、俺は戦った。
 またたく間に四頭を打ち倒し、隙間をすり抜けようとする猪をふっ飛ばし、おこぼれを狙って顔を出した熊の腹を抱えあげてフロントスープレックスで投げた。

 俺の大勝利である。

「ぐはははは、野生動物ごときがこの俺に勝てると思ったか! 今日は鹿肉料理だな」

 倒した四頭の鹿を見回す。
 向こうから、ほくほく顔でブルストが走ってきた。

「おっ、今日は鹿か! ショートが畑を作ってから、寄ってくる動物が食えて助かるぜ……! 俺とカトリナだけの時は、肉なしの日もあったからなあ」

 鹿を次々、その場で捌いていく。
 血抜きをする速度が凄いな。
 俺も魔法を使えば一瞬だが、技術として覚えておきたい。

「ブルスト、俺に血抜きのやり方を教えてくれ」

「おう、いいぞいいぞ。これをこうやってだなあ」

「ふんふん」

 二人でワイワイと鹿を解体していると、家の方から鍋をカンカン叩く音がした。
 カトリナが呼んでいる。

 なんだなんだと駆けつける俺たち。
 すると、そこには今にも死にそうな顔をしている村人の男と、汗びっしょりでしんなりとしている馬がいた。

「た、た、助けてくれえ勇者ショートぉ」

「勇者?」

「勇者?」

「おおっと時空魔法トキモドール!」

 ちょっと時間を巻き戻して、村人がその危険ワードを発する前に口をふさいでやるのだ。

「どうした村人よ。そして次からその言葉を発したらあれだぞ。悪夢の中に七日七晩閉じ込めるぞ。これは魔将の一人の精神を破壊したとっておきの精神攻撃で……」

 真っ青になってコクコク頷く村人。
 勇者という危険ワードを発さないと約束したので、話させてやることにした。

「あれ? さっき何か言いかけてなかった?」

 トキモドールは完璧に時間を巻き戻すのだが、周囲の人間の記憶だけは戻しきれない時が多いんだよな。
 使い所に注意せねば。

「気にしない気にしない。大したことじゃないよ。で、村人よどうした」

「じ、実は王都から査察隊が来て、村の取引所を調べまくってるんだ……」

「あー! 俺が呼んだやつか! あの時はまさか、後で村の連中と和解するとは思ってなかったからな! 徹底的に潰すつもりでエンサーツを焚き付けたな!」

 ポンと手を打つ俺。

「お、お陰で村がピンチなんだー! 村人がごっそり連行されちまうー! な、なんとかしてくれええ」

「身から出た錆じゃないか」

「そうだけどよお!」

 ここで、俺の肩に手を置くブルスト。

「助けてやろうぜ、ショート。こいつら、改心したんだろ」

「うん、私も助けてあげていいと思う。あれから、布や食べ物を分けてくれるもの。仲良くやっていこうよ」

「二人がこいつらを許すなら、俺としては言うことはないな。よし、村に行くぞ」

「へ? 村に行くって……」

 きょとんとしている村人を、俺はひょいっと小脇に抱えた。

「ちょっと行ってくる」

「いってらっしゃーい。夕飯までには帰ってきてね」

「後の仕事は俺がやっとくからな!」

 二人に見送られながら、俺は浮遊魔法フワリと高速移動魔法バビュンを連続使用した。
 これでおおよそ、現実世界のジャンボジェットくらいの速度で飛べる。
 しかも、加速はゼロから一気にマックスに……。

 おっと、発生するGで村人が死ぬな……!!
 ここは巡航速度で行こう。
 時速百キロくらいでいいだろ。

「ぎえええええしぬうううううたすけてええええ」

 百キロでもいかんのか。
 難しいやつだなあ。

「ちょっと我慢してろ。すぐだから」

 遮るものもない空中を行くので、ものの十分もしないうちに到着した。
 村人がダメージを受けないよう、ゆっくりと制動を掛けて……っと。

 そして村の中央にふんわりと優しく着地だ。
 目の前で、腕組みをしたスキンヘッドの大男が待っていた。

「そろそろ来る頃だと思ってたぜショート……なんだ頭の上の卵は」

「おお、エンサーツ。所長自らお出ましか」

「お前が焚き付けたんだろうが! いやあ、ひでえなこの村。俺らの目が届かないのをいいことに、不正やりまくりじゃねえか。魔王軍の魔将と知らないまま取引してた記録まであったぜ」

「真っ黒であったか。でもそいつ、人間が変身した魔将だったろ?」

「そりゃもちろん。お前が倒したドルモットの部下のやつだよ。最近、全国の取引所を当たってるんだがよ。みんなあれだ。人間なら無条件に信用していいってことで、魔将どもにいいように使われてた形跡ばかりでな」

「魔王軍最大の協力者が同じ人間って、まあまあショッキングな事実だもんなあ」

 うんうん、とうなずき合う俺とエンサーツ。
 その横から、縄で縛られた取引所のおっさんやおばさんが連行されるところだった。

「た、助けてくださいませえ、勇者ショートぉー」

 おばちゃんが助けを求めている。
 彼女の声に気づいた村人が、一斉に俺に駆け寄ってきた。

「勇者ショートー! 助けてえ! もう悪いことしません!」

「心を入れ替えて生きますから! 王都で強制労働はいやだあ」

「俺たちに悪気はなかったんですぅ」

 大変なことになってるな!

「エンサーツ、ここは俺の顔を立てて……」

「ダメだろ。それってショートがここにいるって事を、王国に知らしめるようなもんじゃねえか」

 確かに。
 俺は考えた。

「じゃあ、ちょっと手間はかかるが、かわりばんこに一ヶ月ずつみんなで強制労働でどうだ」

「それならまあ……。実はまだ、魔王軍に協力した連中の罰則が決まって無くてな。こいつらがテストケースになる」

「悪意があったらスパッとやって、悪意がなかったら温情のある強制労働でいいと思うぞ」

 ということで、村への扱いは決まった。
 取引所の人間や、村の要職についている者を一人ずつ王都に連行し、一ヶ月ずつ強制労働させる。
 行き帰りは公費で。

 こんなもんだろう。
 途中でどうにか逃げたりしてもいいが、そうなると連帯責任で村が罰せられる。
 それに村人が村を逃げ出して、行ける場所など無いのだ。

 罰を取り下げるところまではいかなかったが、かなりマシな着地点ではないか。

「ありがとう、ありがとう勇者ショート!」

「あんたは村の恩人だあ……!」

 村人がみんな、泣いて俺にすがってくるので暑苦しいことこの上ない。

「ところでショート、お前が世話になってるところに連れて行ってくれ」

 ここで、エンサーツがとんでもない事を言い出した。

「俺はお前の友人として、元勇者がきちんと、人様に迷惑を掛けずに暮らしているか見届ける義務があるからな」

 なん……だと……?

「ところでショート、頭の上の卵はなんなんだよ」