準備万端。
 俺たちは村に向かった。

 毛皮をたっぷりと肉をたっぷり、背負子にくくりつけての出立だ。
 どうしても三人分の物資しか運べないから限度があるな。
 俺のアイテムボクースを使う提案をしたのだが、ブルストがいやいやと断ったのだ。

「これは俺たち親子からの、新しい仲間へのお祝いみたいなもんなんだから、お前はのんびりついてくるだけでいいんだ」

「そうそう。お祝いは私たちの力でやりたいもの。いい布をもらって、動きやすい服を作ってあげるからね」

 おもてなしの心である。
 俺、感激する。

 ということで、獣道をトコトコ歩く。
 常人の足ならば丸一日歩き通しだし、下手をすると遭難しそうな道のりだ。
 だが、オーガの親子と元勇者にとっては舗装された道路と同じだぞ。

 もりもり突き進み、途中でお弁当を食べた。
 芋である。

「そうか、村には芋以外もあるのか」

「うーん」

 カトリナが微妙な笑顔になった。

「食べ物は……あんまり期待しないほうがいいかも」

「ああ。割に合わねえからな」

 やはり、村人によるボッタクリ……!?
 俺が勇者パワーを見せつけねばならぬのかも知れぬ。

 やがて村が見えた。
 思ったよりも大きい。
 百人くらい住んでるんじゃないか。

 村は、でかい丁字路の上にある宿場町と言う感じだった。

 俺たちは、丁の字の上辺りから獣道を掻き分けてやって来たことになる。
 ぐるりと村の周りの塀を回り、入り口にやって来た。

「いらっしゃい……なんだ、お前らか」

 露骨に態度を悪くする、見張りの村人。

「おう。毛皮と肉を交換に来た」

「ふん。田舎くさい猪か。まったく、いつもいつも代わり映えしないものをなあ」

 背負っている荷物を値踏みする村人。
 若い男なのだが、カトリナを見るときだけ好色な視線になった。
 カトリナはうつむいて、ブルストの陰に隠れる。

 村人が舌打ちした。
 俺はスッと歩み出て村人に腹パンした。

「ウグワーッ!!」

 お腹を抑えてのたうち回り、奇怪な芋虫のダンスみたいな動きをする若い村人。

「ウォッ! ショ、ショート、お前何を……」

「俺が腹が立ったので個人的に腹パンをしたのだ……」

「お、お、おま、こんなことしてただで済むと……」

「悪夢魔法エターナルナイトメア(俺命名)」

「ウグワーッ!! 白昼の悪夢ーっ!!」

 これで三日間悪夢の中から出てこれないのだ。

「さあ行こうか」

 俺はにこやかに微笑んだ。

「う、うん!」

 カトリナが微笑む。
 うんうん、笑顔が一番だ。
 ブルストもまた、ちょっと気分が良くなったようだ。

 今の村人の態度は良くなかったからな。

 だが、態度が悪いのはこの村人だけではなかったのである。

「ちょっと! 家の前を通らないでおくれ! 魔物が村の中をうろついてるなんて、治安が悪くて仕方ないよ!」

「オーガめ! 魔王軍にいる化け物がまた何の用だ! ここは人間の村だぞ!」

「ばけものめー! ゆうしゃさまにころされちゃえー!!」

 おばはんやおっさんが罵ってくるし、ガキンチョは石を投げてくるし、これはひどい。
 あ、石は反射魔法カキーン(俺命名)で正確にガキンチョの頭部へと反射しておいた。

「ウギャワー!」

 頭から血を吹いて芋虫のダンスみたいなのをするガキンチョ。

「石を投げるなんて!」

「外道!」

「化け物!」

 ん?
 ん? ん?
 あれかな? 死にたいのかな?

 悪意を投げかける相手は選ばないと死ぬって知らないのかな?
 やれやれ、ぬるま湯で生きてきた連中はお花畑だなあ。
 いっちょ、現実というやつを教えてあげねばなるまい。

 これを食らって反省したまえ。

「極大焦熱魔法デッドエンド・インフェルノ(俺命名)……」

 俺はついカッとなって、頭上に半径100mほどの極大超高温火球を出現させた。
 反省するのは地獄でだがなッ!!

「ひ、ひいーっなんだあれー!」

「あぎゃー! 家の屋根が燃え始めたー!」

「あばばばば、魔王の再来だあ」

 村人どもが泡を食って腰を抜かす。

「はははは! 怯えろ! 竦め! 己がした事の愚かしさを噛み締めながら燃え尽きるがいい!」

「待って! 待ってショート! やりすぎ! やりすぎだから! っていうかこれ、ショートが出した魔法なの!? なにこれ!?」

 いかん!
 俺はただの魔法が得意な人という設定なのだった。
 デッドエンド・インフェルノをスッと引っ込める俺だ。
 危うく、俺が不死者の軍勢を率いる不死王を再生不可能なくらい焼き殺したエンディングと同じ結果になるところだった。
 命拾いしたな、村よ……。

「消えた……。なんだったんだ、ありゃあ」

 ブルストが空を見上げて呆然としている。

「ただの幻術ですよ……」

 俺はごまかした。

「幻術で屋根が燃えるの……?」

「燃えたのも幻ですよ……」

 俺は無詠唱で鎮火魔法ショボン(俺命名)を使って家々の屋根を鎮火してごまかした。
 ごまかすのは力技で行くぞ。

「しかし村人の態度はひどいな。一体どういう育ち方をしたらあんなふうにネジ曲がった人間になるのだ」

 俺の抱いた疑問に、ブルストがため息で応じた。

「仕方ねえんだよ。おれらの種族は魔王軍に参加したからな。人間と争ったから、すっかり今じゃ魔物扱いだ。こうして殺されず、物々交換してくれるだけここの奴らはマシなんだよ」

「これでマシか。しかし魔王軍に参加した人数では人間の方が遥かに多いのでは?」

 俺が実体験から得た経験談を、明朗に口にした。
 すると、周囲の村人どもの顔がこわばる。

「う、嘘だ! 人間が魔王の手下になるわけねえだろ!」

「そいつらはもともと魔物だったんだよ! だから俺らとは違うんだ」

 ほう……。
 なかなか大した精神的防御である。

 お前ら、自分だけは綺麗なままだと思ってるんじゃないだろうね?
 後で、現場を見てきた者の貴重な意見を脳裏に直接焼き付けてやるとしよう。