◇
だらだらと話を続けるわけにもいかず、とりあえずのこと店を出てユイユイを駅まで見送った。最初で最後のデートだ。
俺にはもったいないくらいの子。きっとこの先もっといい人にたくさん出会うよ。そう告げると、『でも、ずっとはるうたのファンには変わりないです』と笑っていた。強い女の子だ。
俺はなんだかいてもたってもいられなくなって、はるうたのグループLINEに思わず連絡を入れる。
【デート終わったけど、暇?】
【早ッ!】
【ちょっと、早く報告聞きたいから今から集まろ】
【浩平お疲れ様!私の家ならみんな今から来ていいよー】
1分もしないうちに3人から連絡がきて笑ってしまう。今日は4人ともオフのはずなのに、こうして集まってしまうのは高校のときから変わらないな。
一人暮らしの綾乃の家に行くのはこの間の雨の日ぶりだ。
◇
「いらっしゃい! 早かったね」
オートロックの入り口を抜けて綾乃の部屋のインターホンを再度押すと、慌てたのか後ろ髪が跳ねたままの綾乃が顔を覗かせた。
「お邪魔します」
「怜も領もまだだよ、あの2人支度遅いからまだ家出てなかったりして」
「時間にルーズだしね」
4人とも、家はそんなに遠くない。綾乃と2人きりになれるのは、きっと数分だろう。
「なあ、綾乃さ」
「うん?」
「領にバンド誘われた時、正直どう思った?」
「はは、懐かしいなー。あの時は、バカなんじゃないの、って思ってたかも」
「うん、俺と一緒だ」
「……だけど、何故か今もこうして一緒にいて、はるうたの音楽が全国で流れて、テレビに出て、ライブをしてる」
「うん」
「……領のこと、凄いなって思う。全部見透かしていたのかも」
「救われたんだよな、たぶん、あいつにさ」
「はは、浩平も?」
「うん、おれも、綾乃も、怜も」
「そっか、私たち、救われてきたんだね」
「お互いにさ、悩むことも全部救いあって、今はさ、少しは、他の誰かを救えるようになったのかもしれない」
それは、ユイユイが俺たちに憧れて同じ場所に立ったように。
はるうたの音楽が、誰かの心に届いて、世界を変えていく、そんな夢みたいなことが、ほんの僅かでも、起きているのかもしれない。
「うん、そうだね、でも今よりもっとそうなれるように、もっと頑張りたいって思うよ」
ずっと、どうして綾乃のことが好きなのか考えていた。
たしかに容姿はタイプだ。初めて会った時から可愛いと思っていたし、素直で優しい真面目な性格も、信じられないほど綺麗な歌声も、たぶん全部すごく好きだ。
けれど決定的なところはきっとそこじゃなかったんだろう。
「憧れてたんだ、ずっと」
「……え?」
「自分にないものを持ってる領に、さ」
「ああ、そうだよね」
「綾乃もそう?」
「うん、そうだね。出会った時からずっと、領に憧れてるのかも」
うん、きっと、そうなんだよ。
憧れが形を変えて、色を変えて、領が好きな綾乃に、憧れて恋をしていたのかもしれない。
バカだな、俺は。世界で一番バカヤロウだ。
ピンポーン、と高らかに鳴ったチャイムを皮切りに、モニターホンから怜と領の騒がしい声が聞こえ始めた。来る前にわかってよかったよ。
「コーヘー早いじゃん?」
「で!デートどうだったの!」
「もー2人共廊下では静かにしててよー」
「もう部屋に入ったからいいだろ」
「で!デートは?!」
バカだなあ、本当に。目を輝かせて俺に詰め寄る領を見て、思わずふ、と笑いが溢れた。それを合図に、もう止めることができない笑いを堪えることができなくて。
「ふ、ははは」
「え、どうしたコーヘー?!」
「浩平がそんな風に笑うなんてめずらし」
「こ、浩平?!どうしたの?!」
高城領、中3の春からずっと、『信じてみない?』と言われたあの日からずっと。
俺はおまえに憧れていて、それでいてずっと、信頼してたよ。
綾乃への想いが嘘だなんて、そんなことはきっとなくて、領への憧れから生まれたものだとしても、ずっと片想いで、ずっと好きだった。だけどさ。
言わない。言うわけない。だって俺は綾乃以上に、お前のことが大事なんだよな、領。
「はー、ごめんごめん、なんかおかしくてさ」
「何が?!」
「いや、俺が思ったより領のこと好きなこと」
「は?!?!いきなり何?!キモチワルッ」
「え?何?浩平って綾乃のライバルだったん?」
「こ、浩平も領のことを……?!」
「あー違う違う、変な意味じゃなくてさ、ふつーに、人として、憧れてるってこと」
ケラケラ笑う俺をみて、領は心底引いた顔をしているけれど仕方ない。これが逆の立場でも同じ反応をしただろう。領にこんなことを言ったのなんて初めてだしね。
「いや意味わかんないケド……ユイユイの話は何処?!」
「さすがに恋愛するには早すぎるよ、俺は今ははるうたの活動で手一杯」
「エ、フッたの?!可哀想ありえねえ」
怜が呆れて全人類の男に謝れと言うけれど、こればっかりは仕方ない。
けれど、大事なことに気づかせてくれた。ユイユイとは、また縁があったら一緒になることもあるかもしれない。
けれど俺は、領に憧れて、綾乃を好きになって、はるとうたたねのことを本当に大事に思っている。(もちろん、怜もね) 今はこの事実だけでいいんだ。
だって今この瞬間、心の底から、領には本当に好きな人───綾乃と、幸せになって欲しいって思うから。
「……ラッキーだよな、俺って」
「ナニ、コーヘー、今日コワイんだけど!」
「いや、こっちの話」
世の中のどんなツイてることよりも、ラッキーと呼ばれることよりも。
あの春、領に声をかけられたことが、きっと一番で、きっと世界でいちばんツイてる。
そう思えたら、普段の運のなさなんて当たり前だよな。
おれはどんな小さなラッキーよりも、あの春の日を大事に、大切に思うから。
【ラッキーセブンより春がいい】 Fin.
だらだらと話を続けるわけにもいかず、とりあえずのこと店を出てユイユイを駅まで見送った。最初で最後のデートだ。
俺にはもったいないくらいの子。きっとこの先もっといい人にたくさん出会うよ。そう告げると、『でも、ずっとはるうたのファンには変わりないです』と笑っていた。強い女の子だ。
俺はなんだかいてもたってもいられなくなって、はるうたのグループLINEに思わず連絡を入れる。
【デート終わったけど、暇?】
【早ッ!】
【ちょっと、早く報告聞きたいから今から集まろ】
【浩平お疲れ様!私の家ならみんな今から来ていいよー】
1分もしないうちに3人から連絡がきて笑ってしまう。今日は4人ともオフのはずなのに、こうして集まってしまうのは高校のときから変わらないな。
一人暮らしの綾乃の家に行くのはこの間の雨の日ぶりだ。
◇
「いらっしゃい! 早かったね」
オートロックの入り口を抜けて綾乃の部屋のインターホンを再度押すと、慌てたのか後ろ髪が跳ねたままの綾乃が顔を覗かせた。
「お邪魔します」
「怜も領もまだだよ、あの2人支度遅いからまだ家出てなかったりして」
「時間にルーズだしね」
4人とも、家はそんなに遠くない。綾乃と2人きりになれるのは、きっと数分だろう。
「なあ、綾乃さ」
「うん?」
「領にバンド誘われた時、正直どう思った?」
「はは、懐かしいなー。あの時は、バカなんじゃないの、って思ってたかも」
「うん、俺と一緒だ」
「……だけど、何故か今もこうして一緒にいて、はるうたの音楽が全国で流れて、テレビに出て、ライブをしてる」
「うん」
「……領のこと、凄いなって思う。全部見透かしていたのかも」
「救われたんだよな、たぶん、あいつにさ」
「はは、浩平も?」
「うん、おれも、綾乃も、怜も」
「そっか、私たち、救われてきたんだね」
「お互いにさ、悩むことも全部救いあって、今はさ、少しは、他の誰かを救えるようになったのかもしれない」
それは、ユイユイが俺たちに憧れて同じ場所に立ったように。
はるうたの音楽が、誰かの心に届いて、世界を変えていく、そんな夢みたいなことが、ほんの僅かでも、起きているのかもしれない。
「うん、そうだね、でも今よりもっとそうなれるように、もっと頑張りたいって思うよ」
ずっと、どうして綾乃のことが好きなのか考えていた。
たしかに容姿はタイプだ。初めて会った時から可愛いと思っていたし、素直で優しい真面目な性格も、信じられないほど綺麗な歌声も、たぶん全部すごく好きだ。
けれど決定的なところはきっとそこじゃなかったんだろう。
「憧れてたんだ、ずっと」
「……え?」
「自分にないものを持ってる領に、さ」
「ああ、そうだよね」
「綾乃もそう?」
「うん、そうだね。出会った時からずっと、領に憧れてるのかも」
うん、きっと、そうなんだよ。
憧れが形を変えて、色を変えて、領が好きな綾乃に、憧れて恋をしていたのかもしれない。
バカだな、俺は。世界で一番バカヤロウだ。
ピンポーン、と高らかに鳴ったチャイムを皮切りに、モニターホンから怜と領の騒がしい声が聞こえ始めた。来る前にわかってよかったよ。
「コーヘー早いじゃん?」
「で!デートどうだったの!」
「もー2人共廊下では静かにしててよー」
「もう部屋に入ったからいいだろ」
「で!デートは?!」
バカだなあ、本当に。目を輝かせて俺に詰め寄る領を見て、思わずふ、と笑いが溢れた。それを合図に、もう止めることができない笑いを堪えることができなくて。
「ふ、ははは」
「え、どうしたコーヘー?!」
「浩平がそんな風に笑うなんてめずらし」
「こ、浩平?!どうしたの?!」
高城領、中3の春からずっと、『信じてみない?』と言われたあの日からずっと。
俺はおまえに憧れていて、それでいてずっと、信頼してたよ。
綾乃への想いが嘘だなんて、そんなことはきっとなくて、領への憧れから生まれたものだとしても、ずっと片想いで、ずっと好きだった。だけどさ。
言わない。言うわけない。だって俺は綾乃以上に、お前のことが大事なんだよな、領。
「はー、ごめんごめん、なんかおかしくてさ」
「何が?!」
「いや、俺が思ったより領のこと好きなこと」
「は?!?!いきなり何?!キモチワルッ」
「え?何?浩平って綾乃のライバルだったん?」
「こ、浩平も領のことを……?!」
「あー違う違う、変な意味じゃなくてさ、ふつーに、人として、憧れてるってこと」
ケラケラ笑う俺をみて、領は心底引いた顔をしているけれど仕方ない。これが逆の立場でも同じ反応をしただろう。領にこんなことを言ったのなんて初めてだしね。
「いや意味わかんないケド……ユイユイの話は何処?!」
「さすがに恋愛するには早すぎるよ、俺は今ははるうたの活動で手一杯」
「エ、フッたの?!可哀想ありえねえ」
怜が呆れて全人類の男に謝れと言うけれど、こればっかりは仕方ない。
けれど、大事なことに気づかせてくれた。ユイユイとは、また縁があったら一緒になることもあるかもしれない。
けれど俺は、領に憧れて、綾乃を好きになって、はるとうたたねのことを本当に大事に思っている。(もちろん、怜もね) 今はこの事実だけでいいんだ。
だって今この瞬間、心の底から、領には本当に好きな人───綾乃と、幸せになって欲しいって思うから。
「……ラッキーだよな、俺って」
「ナニ、コーヘー、今日コワイんだけど!」
「いや、こっちの話」
世の中のどんなツイてることよりも、ラッキーと呼ばれることよりも。
あの春、領に声をかけられたことが、きっと一番で、きっと世界でいちばんツイてる。
そう思えたら、普段の運のなさなんて当たり前だよな。
おれはどんな小さなラッキーよりも、あの春の日を大事に、大切に思うから。
【ラッキーセブンより春がいい】 Fin.