だらだらと話を続けるわけにもいかず、とりあえずのこと店を出てユイユイを駅まで見送った。最初で最後のデートだ。

俺にはもったいないくらいの子。きっとこの先もっといい人にたくさん出会うよ。そう告げると、『でも、ずっとはるうたのファンには変わりないです』と笑っていた。強い女の子だ。



俺はなんだかいてもたってもいられなくなって、はるうたのグループLINEに思わず連絡を入れる。


【デート終わったけど、暇?】

【早ッ!】

【ちょっと、早く報告聞きたいから今から集まろ】

【浩平お疲れ様!私の家ならみんな今から来ていいよー】


1分もしないうちに3人から連絡がきて笑ってしまう。今日は4人ともオフのはずなのに、こうして集まってしまうのは高校のときから変わらないな。

一人暮らしの綾乃の家に行くのはこの間の雨の日ぶりだ。






「いらっしゃい! 早かったね」



オートロックの入り口を抜けて綾乃の部屋のインターホンを再度押すと、慌てたのか後ろ髪が跳ねたままの綾乃が顔を覗かせた。



「お邪魔します」

「怜も領もまだだよ、あの2人支度遅いからまだ家出てなかったりして」

「時間にルーズだしね」



4人とも、家はそんなに遠くない。綾乃と2人きりになれるのは、きっと数分だろう。



「なあ、綾乃さ」

「うん?」

「領にバンド誘われた時、正直どう思った?」

「はは、懐かしいなー。あの時は、バカなんじゃないの、って思ってたかも」

「うん、俺と一緒だ」

「……だけど、何故か今もこうして一緒にいて、はるうたの音楽が全国で流れて、テレビに出て、ライブをしてる」

「うん」

「……領のこと、凄いなって思う。全部見透かしていたのかも」

「救われたんだよな、たぶん、あいつにさ」

「はは、浩平も?」

「うん、おれも、綾乃も、怜も」

「そっか、私たち、救われてきたんだね」

「お互いにさ、悩むことも全部救いあって、今はさ、少しは、他の誰かを救えるようになったのかもしれない」



それは、ユイユイが俺たちに憧れて同じ場所に立ったように。

はるうたの音楽が、誰かの心に届いて、世界を変えていく、そんな夢みたいなことが、ほんの僅かでも、起きているのかもしれない。



「うん、そうだね、でも今よりもっとそうなれるように、もっと頑張りたいって思うよ」




ずっと、どうして綾乃のことが好きなのか考えていた。



たしかに容姿はタイプだ。初めて会った時から可愛いと思っていたし、素直で優しい真面目な性格も、信じられないほど綺麗な歌声も、たぶん全部すごく好きだ。

けれど決定的なところはきっとそこじゃなかったんだろう。



「憧れてたんだ、ずっと」

「……え?」

「自分にないものを持ってる領に、さ」

「ああ、そうだよね」

「綾乃もそう?」

「うん、そうだね。出会った時からずっと、領に憧れてるのかも」



うん、きっと、そうなんだよ。


憧れが形を変えて、色を変えて、領が好きな綾乃に、憧れて恋をしていたのかもしれない。



バカだな、俺は。世界で一番バカヤロウだ。




ピンポーン、と高らかに鳴ったチャイムを皮切りに、モニターホンから怜と領の騒がしい声が聞こえ始めた。来る前にわかってよかったよ。



「コーヘー早いじゃん?」

「で!デートどうだったの!」

「もー2人共廊下では静かにしててよー」

「もう部屋に入ったからいいだろ」

「で!デートは?!」



バカだなあ、本当に。目を輝かせて俺に詰め寄る領を見て、思わずふ、と笑いが溢れた。それを合図に、もう止めることができない笑いを堪えることができなくて。



「ふ、ははは」

「え、どうしたコーヘー?!」

「浩平がそんな風に笑うなんてめずらし」

「こ、浩平?!どうしたの?!」



高城領、中3の春からずっと、『信じてみない?』と言われたあの日からずっと。


俺はおまえに憧れていて、それでいてずっと、信頼してたよ。


綾乃への想いが嘘だなんて、そんなことはきっとなくて、領への憧れから生まれたものだとしても、ずっと片想いで、ずっと好きだった。だけどさ。


言わない。言うわけない。だって俺は綾乃以上に、お前のことが大事なんだよな、領。



「はー、ごめんごめん、なんかおかしくてさ」

「何が?!」

「いや、俺が思ったより領のこと好きなこと」

「は?!?!いきなり何?!キモチワルッ」

「え?何?浩平って綾乃のライバルだったん?」

「こ、浩平も領のことを……?!」

「あー違う違う、変な意味じゃなくてさ、ふつーに、人として、憧れてるってこと」



ケラケラ笑う俺をみて、領は心底引いた顔をしているけれど仕方ない。これが逆の立場でも同じ反応をしただろう。領にこんなことを言ったのなんて初めてだしね。



「いや意味わかんないケド……ユイユイの話は何処?!」

「さすがに恋愛するには早すぎるよ、俺は今ははるうたの活動で手一杯」

「エ、フッたの?!可哀想ありえねえ」



怜が呆れて全人類の男に謝れと言うけれど、こればっかりは仕方ない。

けれど、大事なことに気づかせてくれた。ユイユイとは、また縁があったら一緒になることもあるかもしれない。


けれど俺は、領に憧れて、綾乃を好きになって、はるとうたたねのことを本当に大事に思っている。(もちろん、怜もね) 今はこの事実だけでいいんだ。


だって今この瞬間、心の底から、領には本当に好きな人───綾乃と、幸せになって欲しいって思うから。



「……ラッキーだよな、俺って」

「ナニ、コーヘー、今日コワイんだけど!」

「いや、こっちの話」



世の中のどんなツイてることよりも、ラッキーと呼ばれることよりも。

あの春、領に声をかけられたことが、きっと一番で、きっと世界でいちばんツイてる。


そう思えたら、普段の運のなさなんて当たり前だよな。



おれはどんな小さなラッキーよりも、あの春の日を大事に、大切に思うから。




【ラッキーセブンより春がいい】 Fin.