私がはるとうたたねの仲間入りをして、1週間と3日が経った。


その中で変わったこと。


朝、必ず領と下駄箱で会って、一緒に教室に行くようになったこと。

おはよう、と人に言うようになったこと。

お昼は、4人で集まって食べること。

放課後、バンド練習に参加するようになったこと。

……本当にたまに、お母さんが音楽関係の部活をしている、ということについて口を挟むようになったこと。


言い出したら、たくさんある。わたしの周りが、世界が、だんだんと変わっていってるのを、肌で感じてる。


そして。

一ヶ月間の長い夏休みが近づいていた。


「あっちー! まじ最近暑くねーっ?!」

「そりゃ夏だからな。つーか夏休みまであと3日だし」

「どうせ休みもなく練習でしょ」

「え、そ、そうなの?」


わたしの言葉に3人がにやりと笑う。

いつの間にか、こんな風に3人の会話に混ざれるようになった私。まだちょっと不自然だけど、少しずつ、輪に入れている気がするんだ。



「綾乃には言ってなかったけどー、夏こそバンド! 夏といえばバンド! ってことでほぼ毎日集まります!」

「領の場合、春でも冬でも秋でもバンドだろー」

「うるっさいなー! 夏は特に燃えるの!」



窓の外では、セミがこれでもかという程鳴いている。教室の中は蒸し暑くて倒れそうだ。



「そうなんだ……」


中学に上がってから、夏休みというものは私にとって地獄も同然のようなものだった。学校も嫌いだけど、一日中家にいるというのは、想像以上に精神を使う。

毎日課題と夏休み明け授業の予習。自分の部屋から出る時間はご飯とお風呂とトイレだけ。たまに散歩に行ったりはするけれど。



「てか、今年はどこでやんの、夏練」



怜が、あちい、と言いながら長い髪をひとつにくくっている。

夏休み中は学校を貸してもらえないから、場所を移動しなくちゃならないらしい。

去年は浩平の家だった、と怜がわたしに耳打ちした。



「んー……どーする? 浩平は去年お世話になったからもう行けないし、綾乃ん家はぜったいむりでしょ? 怜の家もキビシーし…」

「だとすると」



怜の言葉に続いて、全員の視線が領に集まる。


「俺ん家しかないじゃん!」


いつもの笑顔で、領が立ち上がった。




「えー、これで1学期は終了となりますが、この学校の生徒だということを忘れず、節度のある行動を……」



小太りの担任が話すお決まりのワードを聞き流し、長い長い一学期最後のホームルームが終わった。

担任が教室から出て行くと、クラスメイト達が一斉に騒ぎ出す。

ついに、長い夏休みの始まりだ。いままで感じたことのない高揚感が、わたしの胸の中を支配してる。


「やっーと終わったー!綾乃! ほら! いえーいっ!」


無駄に高いテンションのまま、私にハイタッチを求める領。夏休みがそんなに嬉しいのか。まあ、今年ばかりはわたしもその気持ちがわかるけれど。

領と私は、クラスで一緒にいることが多くなった。

始めはクラスメイトも心底驚いていたみたいだけれど、最近はもう慣れた目つきで私たちを見る。

領は誰とでも仲良くなれるもんね、なんてそんな風に言われることも度々。

確かに誰とでも仲良くなれる領だから、こんな私といても不思議に思われないんだろうな。



「おい、領! 綾乃!はやくしなっ! 教室閉められるし!」



教室の扉の方から怜の声がして、ひょっこりと浩平と怜が顔をのぞかせて手招きしている。



「今行くっー! よっしゃ、いこ、綾乃」



領がそう言って、私の手を引いた。
手首をつかまれて、そのまま走り出す。



「ちょ、領はやい、」



走り出した領の背中。私の言葉に笑いながら、止まることのない私たちの足。

風が頬に当たって、廊下を蹴る足音は心地よかった。優等生をやってきた私が廊下を走ることなんて今までなかったのにね。

いま見えている景色は、なんだかとてもキラキラしてるよ。





「ギリギリセーフっ!」


学校の校庭まで楽器やアンプ、楽譜を運んで走ったおかけで、みんなぜーぜーと息を吐いている。

汗が溢れて出て止まらない。今が夏であることを恨めしく思う。

この学校は変なところで厳しくて、部活に所属していない生徒は教室やらなんやらを使うことができない。許可が取れないのだ。

もちろん、部活認定していない私たちが夏休み中、校内を使うことは出来ない。



「んじゃこのまま、俺ん家行きますかーっ!」



それぞれ楽器を持って(領の家にドラムはあるらしいから浩平はアンプ係だ)歩き出す。

領は、そんなに遠くないからダイジョーブ! と笑っている。

重い荷物と、この暑さで、歩いてる最中会話は弾まない。夏に重い荷物なんて運ぶものじゃない。








「ついたついた、ここ俺ん家ー!」

「デカ」



怜の言葉に、私と浩平も頷く。

近いと言いながら、30分もかけてたどりついた領の家。白を基調とした大きな家で、玄関口に植えられた色とりどりの花たちは丁寧に手入れされているのがよくわかる。



「そういやお前らも初めてかー! おれん家くるの」

「フツーに初めてだよ」

「領の家に来る用事ないしな」



白い壁に、うすいピンクの屋根。領にしてはメルヘンチックだと思うけれど、きっとお母さんの趣味なんだろう。かわいらしい。

表札には【TAKASHIRO】とちゃんと書かれていて、ああ領の家なんだなあと実感する。



「お花、綺麗だね」

「ああ、コレー? うちのかーさんガーデニング好きなんだよね!」



そう言いながら、領がすずらんの彫刻の入った白くて可愛らしい玄関扉を開けた。

その瞬間、冷たい風がスッと頬を伝う。



「……天国」



浩平が言う。クーラーの効いた空間はまさに……天国だ。



「おじゃましまーすっ」

「はーいどうぞー。今親いないけどー」



冷たいフローリングに足を踏み入れた。なんだか妙にドキドキしている。

ここが、領の家。毎日領が暮らしている場所。

……ちょっと前まで、顔を知っているだけのただのクラスメイトだったのに。

まさか領の家に行くことになるなんて、誰が予想できたかな。私が1番びっくりしてる。



「かーさん買い物行ってるから、そのうち帰ってくるみたい」


スマホを確認しながら領が歩き出す。フローリングの床をドギマギしながら歩いて行く。

領の家の廊下。隅から隅まで綺麗で、お母さんが毎日掃除をちゃんとしてるんだなあと思う。

階段を上がる途中の壁に、三枚ほど写真がかけられていた。家族写真が2枚と、小学生くらいの幼い領の写真。



「領ちっさ! こん時から小柄だったのな」

「うるさいなー! 怜は女子のくせに背高すぎなんだよ!」



もー見るなよ、なんて言いながら恥ずかしそうに階段を上っていく領。その後ろ姿を笑いながら、怜とコウヘイがついて行く。


……愛されて育ったんだなあ。


領は、きっと愛されるために生まれてきたような人なんだろう。

お父さんとお母さんと手を繋いだ3人の家族写真。笑い声が聞こえてきそうなほどあたたかな表情。


同じ年で、同じように愛し合った2人の元に産まれたはずなのなのに、領と私は全然違う。

今更こんなことを思う自分が恥ずかしいけれど、領はやっぱり、私とは正反対の人なんだ。



2階に上がって、廊下を歩いて突き当りから3つ目の部屋。

薄い青の扉。「RYO」と書かれたプレートは、きっとお母さんの手作りなんだろう。



「どーぞ。汚いかもしれないけどー!」



領の部屋。

なんでだかわからないけど、私の胸は凄い速さで音を立てている。誰かの家に行くのも、誰かの部屋に入るのも、テリトリーを荒らしているみたいで緊張する。その分、近づけたということでもあるけれど。





領の部屋はとても広い。まあ、これだけ大きな家なんだから当たり前かもしれないけど。

モノトーンで揃えられたシンプルな部屋。あまりよく知らないバンドのポスターが2枚ほど貼ってある。

ギターが2本立てられていた。学校から持ち帰ってきたものも合わせて3本だ。本棚に並べられた沢山のCD。束ねられた音楽雑誌。


領がどれだけ音楽が好きなのか、よくわかる。



「意外と綺麗じゃん。さては急いで昨日掃除頑張ったんだろ? 」

「あったりー! さすがにバレたかっ」



怜と浩平がドカドカと荷物を降ろす。重かったー、と言いながら座り込む。遠慮のかけらもない。



「てか広いなー。ウチの部屋の3倍あるわ」

「いや、フツーフツー」



フツーではないと思うけど。

男の子の部屋。生まれて始めて入った、異性の部屋。



「綾乃、何突っ立ってんの? 荷物おろしなよー! 重かったでしょ! ゴメンなー?」

「領って綾乃に甘いよな」

「それ思う」

「えっ、そんなことないって、いやそんなことなくはないんだけど! 」



3人のやり取りにちょっと笑いながら荷物を降ろす。クラスメイトの家に遊びに行くなんて今までなかった。ましてや男の人の部屋。

初めてのことばかりで、戸惑うのは当たり前だ。

それに、他人の家に入って、自分の家との違いに───なんとなく、胸が痛む。当たり前のように家中に愛情のかけらが落ちている領と私は、やっぱり違う世界の人間なのかもしれない。





「エロ本ないのかよエロ本」

「怜、思春期の男子にそういうこと言わないほうがいいよ」

「いや持ってねーし! 綾乃、こいつらの事無視していいから! まじで!」

「隠すなよ領ー」

「そーそ!どーせベットの下とかにあんでしょ」

「ないから! さばくんな! 」



そこまで必死になると、逆に怪しいよ、領。


じゃれあい始めた領と浩平を無視して、怜がせっせと荷物を整頓し始めたから、私もそれを手伝う。

領と浩平は子供みたいにじゃれ合っていて、本当に仲が良いなあと思う。


ふと、たくさんのCD達が目に入る。


全然知らないな、私。そもそもこういうものには疎いし、お母さんはきっとバンドの音楽なんて聴かないだろうから触れる機会もなかった。

そう思うとやっぱり、私がここにいるのは奇跡みたいなものだ。

領があの日声をかけてくれなかったら、話を聞いてくれなかったら、私はここにはいなかった。




「楽譜の整理超タイヘンだったんですけど。おまえらふたり全然やらねーから、ウチらマジ肩痛いっつの。なあ、綾乃」

「え? 私はだいじょ…」

「痛い痛いあー痛い! ジュースでも買ってこいクズ野郎達」



大量の楽譜達は整理されずにバラバラだったから、怜と2人で手分けして片付けた。結構大変だったのは確かだ。

怜はこれを狙っていたのか、領と浩平が「はあー?!」と言いながらも渋々了承するとニッコリ笑って見せた。



「でもその前にー、これからの予定たてます! あーホラ怜、そんなイヤな顔しない」

「チッ。……後でハーゲンダッツ買ってこいよ、私と綾乃の分」

「なんかさっきよりグレードアップしてない?!」




ウルセーと言いながら、怜が手帳を取り出したから、私もつられてカバンから手帳を出す。

今年の春、鮮やかなオレンジ色が気に入って、少し奮発して買ったもの。予定なんて、学校のこと以外書いたことほぼないけれど。



「じゃーとりあえずー」



これからの生活が決まってゆく。不思議なことだ。誰かとの約束で、白い予定表が埋まっていくこと。

初めての夏休み。

今まで、図書館や家でひたすら復習と予習を繰り返していただけの夏が、今年は違う。信じられないけれど、夢じゃない。





「10月中旬が文化祭な。夏休み明けは9月1日!それまでは毎日練習ー! あ、でもお盆は休みで、強化合宿は1週間後! その次の日が高校生ロックフェスなー?」



軽やかに説明しながら、てきぱきと大きなカレンダーに予定を記入していく領。

それを必死に聞きながら、手帳を埋める私達。



「……強化合宿? 高校生ロックフェス?」



聞かされていなかった単語に思わず聞き返す。



「あー、綾乃は初めてだね」



浩平が思いついたように私を見た。



「えーっと、強化合宿は、一日中みっちり練習出来るようにってことと、親睦を深めるためにもやりまーす! 俺の家で1泊2日! 綾乃、ちゃんと許可もらってきてね?」



二カッとまたいつもの笑い方。

領の家に1泊2日。

修学旅行以外で友達と"お泊まり"なんてしたことない。小学生の頃、周りの子たちが話すのを聞いて、ちょっとだけ羨ましかったのを覚えてる。

あの時は、親が厳しくて、小学生でお泊りなんて駄目だって言われたけれど、今はきっと大丈夫だろう。だって、お母さんもお父さんも私なんかに興味はないはずだ。



「毎日の練習は俺の家の防音室なー。コーヘー! オヤジのドラムちょっと古いけど、我慢しろよー? 」

「いや、使わせて貰えるだけでも有り難いよ」



家に防音室。オヤジのドラム。

その言葉から連想するなら、きっと領の家族も領と同じように音楽が大好きなんだろう。なんだかとっても、素敵な家族だ。領が生まれ育った家だもの、素敵じゃないはずがないんだけれど。




「スタ練は金かかるから多くて4回? あーバイト増やしてえー!」

「領、すでにファミレスと楽器屋のバイト掛け持ちしてんじゃん」

「そーなんだよなー。ギターの練習妨げたくないしなー」



領、バイトしてたんだ。話しぶりからして、怜も浩平もしているみたいだ。自分のやりたいことを貫くため、お金は確かに必要だ。

ちなみに、スタ練っていうのは、スタジオを借りてやる練習のことらしい。私も最近教えてもらって知った。思いっきり音が出せて気持ちいいんだって。その代わり、やっぱりお金がかかるんだと。



「みんな、バイトしてたんだ……」

「バンドやるのって案外かかるんだよな。欲しいCDとか好きなバンド関連の雑誌はすぐ買っちゃうし。新しいギターも欲しいしなー」



領が珍しく困ったように笑った。隣の2人もウンウンと頷いている。

自分の好きなことのためにお金を稼ぐってどんな感じなんだろう。

高校生でアルバイトをするなんて、と今までは少なからずどこかで嫌悪感を抱いていた。その時間があるなら、もう少し自分の能力をあげる努力でもすれば、と。

けれど、こういうことを馬鹿にしていたくせに、私は実際社会に出たこともなければ、自分でお金を稼いだこともない。バイトどころか、親のお金で生きているだけだ。


本当に、自分がどれだけ甘えた人間なのかがよくわかる。勉強だけがすべてなわけじゃない。それを認められるのは、今この状況に自分が置かれているから。そうじゃなかったら、わかろうともしなかった。



「高校生ロックフェスっていうのは……?」

「それはフツーにフェスだね! 俺らみたいに高校生でバンド組んでる奴らが集まんの。いい刺激にもなるし、申し込んだいたんだ。綾乃はそれが初ステージになるね」

「領、それ思ったんだけど、こないだ人気だったこの曲いれるのどう?」




話の途中で、浩平は楽譜らしき物が入った分厚いファイルをペラペラめくって領に見せる。




「それ、俺も思ってたんだよね! でもさーここの入りが難しくて」

「今回ボーカルが綾乃なわけだし、一小節ズラして……」

「それはアリだな、怜はどー思う?」

「アタシもそこ弾きにくかったからイイと思うよ。あとここのリズムがさー」



いつも思う。

バンドの話をしている時の3人は、普段と全然違う。

いつも仲良しで、楽しくはしゃいでいるのとはまるで違う表情で、真剣に音楽に向かい合っている。

時には意見が合わなくて喧嘩してることもあるし、3人のタイミングが合わなくて誰かが怒り出す事もある。

でも、そうやってぶつかり合えるのってすごい事なんじゃないかな。

領と怜と浩平と。強い絆で結ばれたみたいな3人。ここに自分がいるのは未だに信じられなくて、まだ余所者感が抜けない私。



「よし、じゃあ予定決め終了ー!」

「おーい? ハーゲンダッツ忘れてんじゃねーよ? サッサと買ってきな」



怜が私の肩に手を回す。2人は渋々了承して、部屋から出て行った。




パタン、と扉が完全にしまったのを確認してから、肩に腕を回したままの怜が私の顔を覗き込んできた。その表情は何やら楽しげだ。


「で? 綾乃は実際どっちがいーと思ってんの?」



ニヤリと笑った怜の言葉にぽかんとする。肩は相変わらず掴まれたままだ。

どっちって、何が?

テーブルの上においてあったクッキーがココア味とバニラ味だったのに気づいて、ああこれか、と納得してみる。



「うーん、あたしはバニラ派かな……だって、ココア味ってちょっと苦いでしょ?」

「……馬鹿?」

「えっ? 怜がどっちって聞いたのに!」

「ちげーって、アイツらの話」

「……アイツら?」

「もー綾乃、オマエほんと馬鹿、つーか天然鈍感」

「れ、怜に言われたくない」



ため息をつきながら、私の方から手をどかす。バニラとココアのクッキーは、なんだか領と浩平みたいだと思った。



「フツーに考えればわかんだろ。領と浩平。どっちが好きかって聞いてんの」

「ど、どっちって……そんなのないよ」

「へーえ? 本当に?」

「本当の本当! それに……3人の中に私なんかが入っていいのかなって……」

「……」




怜はちょっとだけ考える仕草をした後、再びガシッと私の肩へ腕を回した。



「綾乃はさー、きっとそーゆーの疎いんだろーけど、ウチらは綾乃のこと超歓迎してんだよ?」

「か、歓迎…?」

「あー、歓迎っつー言い方はヘンだよな。なんつーか、アレだよ。もうすでに、ウチらは綾乃のこと仲間だって思ってるってコト。モチロン、領も、コウヘイも。」



"仲間"。

その響きに、どくんと胸がなる。こんなに絆の強い3人の中に、突然混ざったのは私なのに。

どうして、こんなにも優しいんだろう。なんだか、涙が出てきそうだ。

人の優しさに、時々ひどく泣きたくなる。触れたことがないあたたかさに触れているからだ。



「……怜、ありがとう……」

「まーさ、ウチらは高1の時から3人でバンド組んでっから、それなりに絆みたいなもんもあるけどさ。今までボーカル探してきて、こんなにしっくり来る奴、綾乃が初めてなんだよ。モチロン、ボーカルとしてもだけど、メンバーとして、仲間として、な? 」

「……怜……」




ボーカルとして。メンバーとして、仲間として。誰かに必要とされている。"1"の文字がなくても、3人はちゃんと私のことを見てくれる。

たったそれだけのことが、こんなにも嬉しい。



「つーわけで! 女同士、隠し事はナシだぞ? 綾乃!」

「隠し事なんてないよ…!」

「ほーう? じゃあ、領と浩平どっち好きか言ってみ?」

「ええっ?! 話戻ってない?! ていうか、じゃあっておかしいし!」

「細かいコトは気にすんな。で? どーなの、綾乃」




腕を回しながら、私の顔を覗き込んでニヤニヤと笑っている怜。カラコンと長いまつげのせいでスゴイ目ヂカラだ。女の私でもドキドキしてしまう。




「もー! 2人とも友達! ていうか、怜がさっき仲間、って言ったじゃん……」

「そりゃ、そーだけど。なんだよー。せっかく綾乃から恋バナでも聞き出せるかと思ったのに」

「こ、恋なんてしたことないからわかんないよ…」

「は、マジ?」

「え、うん……」



怜は目を丸くさせた後、私から離れて前髪をかきあげた。



「はー、こんなピュアガールが現代にまだいるとはビックリ。こりゃアイツらもタイヘンだ」



なにそれ、って私が言うと、気にすんな、って怜はまた私の肩に腕を回した。そしてまた楽しそうに笑いながら。



「ま、いーや。ウチはあんたがどっちに転ぶか楽しみでしょーがないわ」



なんて言って、ギュっと肩を掴まれた。怜のこういう男っぽいところが好きだ。実際、怜本人も「女々しいヤツは女でも男でも大キライだから」と言っていたくらいだし。

それにしても、怜の言動は時たまよくわからない。

試しにあたしが右と左に転んで痛い思いをするところを想像してみたけど、やっぱり怜の言いたい事はさっぱりわかならなかった。




「はい、じゃ今日はコレでオワリー!明日は8時集合だからよろしくねー!」


領の元気な声を聞いて、見ていた楽譜から顔を上げた。領の部屋の時計の針は午後6時を指していた。

2人がハーゲンダッツを買って帰ってきて、私と怜はそれを有り難く頂いた。

その後は雑談しながらみんなで曲について話し合ったり。

最終的には、それぞれの担当分野にわかれた。私は、はるとうたたねがよくコピーするという人気バンドの歌詞とメロディを必死に覚えていたところだ。



「じゃあ、お邪魔しました」



領のお母さんは結局帰ってこなくて会えなかったけれど、きちんと玄関でそう頭を下げて領の家を出る。

領が「律儀!」って笑った。常識じゃないか。そんなに笑わなくてもいいのに。



「じゃあ解散なー。」
「おー、また明日」
「あ、バイバ…」



みんなに手を振ろうと言葉を言いかけたその時。突然、怜に肩をぐっとつかまれた。



「まちな」



顔を上げたら、フッて一瞬、何かたくらんでるような笑みを浮かべた怜がいて。



「あぶねーからどっちか送っててやれよ。いつもならウチが一緒に帰ってやるトコロだけど、あいにく今日は本屋よる予定があるカラさー」



ええ、怜ってばなに言ってるんだろう。 そんなの悪いし、私は別に1人で帰れるのに。

それを言葉にする前に、目の前の2人が顔を見合わせて、そして私たちの方に向きなおした。



「じゃ、俺が…」
「俺が行く!」


浩平の言葉に領の言葉が重なって、浩平は差し出そうとしていた手を引っ込めた。

怜がニヤリと笑って領を見た。



「じゃ、領行けば」

「しょーがないなあ、まあこう見えても俺紳士だからねー」



じゃ、行くよ綾乃、って。領は当たり前みたいに私の手を引いた。