「それってつまり」

「は? いやいや! おまえとはちげえから。好きじゃねえよ。いや、好きは好きだけど、そういうんじゃなくて」



ラブよりライク。ライクより、リスペクト。

純粋に尊敬していた部分が大きい。

年下だったけど、そう感じることはほとんどなかったし、年齢なんか些細なことだったのだと気づかされた。



「達観してんな、ってよく思ってた。年齢と考え方が合ってないというか。俺よりよっぽどオトナだった」



俺は、金のために仕事をしていた。金がなけりゃ、何もできない。世の中、金だ。

だけど、彼女はちがった。



「欲しいものが、あったんだと」



当時中学生だった彼女に、子どもらしいとほほえましく思ったのもつかの間、大人の俺をどこか嘲るような目つきをしていて、息を呑んだ。



──はしたお金では、けしてものにできません。それでも、喉から手が出るほどに欲しいんです。夢と言い換えてもかまいません。



美しくも、妖しく、鋭利なナニカを秘めていた。

口では壮大だな、夢があっていいなと持ち上げてたが、内心では末恐ろしく感じていた。

何が子どもらしいだ。自分が恥ずかしくてたまらなかった。


あの凍てつくまでの熱を。気迫を。犠牲を。

俺は誰よりも知っていた。



「その欲しいもんって?」

「何かは知らねえよ。そうとうすげえもんだったんじゃねえの。……知らんけどさ」



そのためにやっているのだ、と。
そのためならなんだってやってみせる、と。

俺よりも年下の少女が、余命を告げられ覚悟を決めた親のように、迷いなく言い放ったのだ。



──だから、わたしは、ここにいます。



『わたし、春日野 妃希は、本作をもって芸能界を引退します』



夢から、覚める。


哀愁漂う空気に耐えられなくなったのか、彼がリモコンに手を伸ばしたとたん、これだ。

赤ワインが喉の変なところに入り、むせ返る。きつい渋みが鼻から抜け、目頭に濡れた感触がにじんだ。

酔いの回った頭を、がつんと金棒で殴りつけられた気分だ。幼なじみのほうは、そこにさらに氷水をぶっかけられたほどの衝撃を受けていた。


朝から、正しくは昨晩から、もう何度目だろう。

小さな箱の中には、この映像ばかりが牛詰めにされている。

引退の2文字をテロップとして出されてしまうと、なんか、こう、いやに鳥肌が立つもんだ。うまかったワインも、不意にまずくなる。


麗らかな昨日の出来事だ。

ネットでも騒然としていた。鮮度、話題性ともに高いニュースは、あらゆる層の関心に刺さりまくる。

胸を痛々しく刺しては、ほったらかしにされるのだ。傷は癒えない。悪化して、変色して、だんだん痛覚が衰えていく。あとはかさぶたになって、はがれるのを待つだけ。


それだけのこと。

の、はず。



「……欲しかったもんが、手に入ったんだろ」



おそらく。きっと。たぶん。

そうにちがいない。


絶対、と断言できるものは、俺の手元に何ひとつ存在しなかった。

長く付き合っていても、しょせん、関係なんかそんなもんだ。