3時間ぶりにインターホンが鳴った。



今日はやけに来訪者が多い。

ひっきりなしに無機質な音が響き、無数の拳にドアを叩かれた。

夜が更け、雨が降り出してからは、めっきりいなくなったと思っていたのだが……。


モニターに映るのは、慣れ親しんだ、幼なじみの顔だった。

染めたての金髪は濡れに濡れ、ぺちゃんこにつぶれている。せっかくの男前が台無し。捨てられた子犬よりひどい有様だ。


本降りになった雨空の下、彼は、相棒のマウンテンバイクにまたがって駆けつけたのだろう。

はよ免許取れよ、とせっついたら、別にいいだろチャリマニアなんだよ、と意味のわからない言い訳をしていたっけか。

あのときと同じ仏頂面で、彼はキッと睨みをきかせる。その表情はまさに、ヤのつくそれだ。



「どういうことか、詳しく説明してもらおうか」

「……だせえかっこしてんな」

「うっせー」



だせえ面して、だせえジャージ着て。足元だけ一丁前にブランド物の革靴を履いて。だっせえよ。体裁を気にしないにもほどがあるだろ。

やれやれと首を振ると、きゃんきゃん吠えられた。

近所迷惑だ。今朝からずっと、迷惑をかけてるし、かけられている。



「……まあ、入れや」



独りになったらなったで物寂しくなる。年頃の乙女みたく情緒が不安定だ。

ピンポンと、3時間ぶりに鳴った音色は、なぜだか少し胸にきた。孤独の空間を脱するのにちょうどいい。


その日、はじめて、扉を開けた。



「なあ、どうなってんだよ……」

「あー……、説明、な。……説明か。ぶっちゃけ俺もそこまで知らねえんだよなあ」



男の一人暮らしには最適な1LDKのアパート。
築3年の家は、俺の手によって随分使い古されている。


客であるはずの彼が、くせえ、と苦言を呈した。

ため息混じりに俺は、棚に眠っていたルームフレグランスを引っ張り出す。プレゼントされたものだ。大事に大事に取っておいていた。まさかこんなところで出番がくるとは。

爽やかな柑橘系の香りが室内を包む。かすかな雨の匂いも、涙の名残も、全て覆い隠してくれた。



「ほんとに知らねえのかよ」

「あ? 知らねえのは知らねえんだよ。で、おまえ、ワイン飲めるか?」

「……まあまあ」

「はいはい、わかった。今夜は飲むぞ。飲み明かすぞ!」

「は? そんなことしてる場合じゃ……」

「ははっ、いいだろ? おまえだってたっぷり話聞くために来たんだから」



キッチンに寄り、赤ワインとグラスをふたつ出した。元より今夜これを飲んで、酔いしれるつもりだった。

シラフではとうてい夜を越せない。


カウンターを隔て、何やらごちゃごちゃ言われたが、笑ってごまかした。営業スマイルはお手の物だ。

ローテーブルを囲んで座る。

彼は寒そうに震えていた。タオルを渡すついでに、グラスを赤く満たしていく。渋みの強い、年代物のいいやつだ。彼はそれを一気に飲み干すと、表情まで渋くさせる。



「……おまえにとって、彼女は、何だったんだ」

「んー……なんだろう。第一印象は……あ、なんか、かわいいと思った。それくらいだった気ぃする」



印象は薄くもなく、濃くもなく。

クラスに一人はいそうな、清楚系っつうの? 学級委員とか、そういうのが似合うタイプ。

品があって、機転が利いて、典型的ないい子だった。


10、20と歳を重ねていくにつれ、きれいになる。それは確信に近かった。

関わるうえで害はないだろうな、だから関わってやってもいいかな、なんて、失礼ながら思っていた。今思えば、いいや、思い返さなくてもサイテーだな、俺。