春、中学に上がった少年少女は、思春期を迎える。急に男女を意識し始めるが、アオイだけは腑に落ちず、馴染めず、男女関係なく振る舞えば「女らしくない」「男に媚売ってる」となじられ、窮屈になっていく。そんなとき、友だちのミチに告白されて……?


そんなふうなあらすじだったと思う。予告には「共感100パーセント」の謳い文句も堂々とついていた。

公開から約3か月。興行収入は100億に達した。早くも異例のロングラン上映が決まっていると聞く。

どれもこれも、『スクランブル!』がまた流行り出したのだって、全部、きっかけは妃希さんだ。


あなたが引退してしまったから。だから。



『おれ、アオイのことが、好きだ』

『……なんで』

『なんでって』

『わたしのこと、知らないくせに。なんで好きになれるの』

『知ってるよ!』

『っ知らないんだよ!!』



スクリーンに、妃希さん――アオイの顔が歪んでいく様が、ありありと映し出される。

戸惑いや苛立ちの色が徐々にぐしゃりとつぶれていき、四角く不格好に成り下がった顔面には苦痛しか残っていない。


きれいだ。それでも相変わらず、きらきらしている。


なのに、あなたはどこにもいない。


劇的なドラマを見せた舞台挨拶以降、彼女と会った人はいない。連絡しても使われていないし、事務所も知らないの一点張り。

芸能界からだけじゃなく、この世界全てから消えてしまったかのよう。


ねぇ。

妃希さん。

どこにいるの。


もう、春、終わっちゃったよ。



映画の中でも気温が上がった。

体育祭終わり、教室でヒマリはサヤに告白される。色めき立つムードに耐えられず、アオイは教室を飛び出した。ミチに腕をつかまれる。



『アオイ!』

『離して』

『やっぱり、おれ……好きなんだ』



妃希さんが務めていたフルーツジュースのイメージモデルに、今日オファーがきた。『スクランブル!』のオールアップでもらった花を押し花にして持っていたのに、昨晩どこかに失くした。引退の話題がニュースに上がらなくなった。蝉が啼き出した。

だから、会いに来た。



『わたしは、嫌い』

『え……』

『みんな、嫌い。大嫌い!』



アオイの青白い頬に涙が伝う。手を振りほどいて逃げていった。背中が小さくなっていき、いずれ、消える。

あたしの目も濡れていた。はじめて観たわけじゃないのに、どうしようもなく胸に突き刺さって、彼女以上に泣いてしまう。


嫌いでもなんでもよかった。
あたしが、ただ、ずっと。



「……あなたのことが好きだった」



ひとりぼっちの空間は異様に静かで、温もりも何もない。

葛藤していたミチが、意を決してアオイを追いかけていく。

蒼色のフィルターのかかるその光景を、涙でじわじわ霞ませる。ひじ掛けに立てた爪が、パキリと割れた。