劇場の明かりが落とされていく。大して座り心地のよくない椅子に、深く座り直した。ギシ、と音が立つ。

蝉もアイスもバターも、もう感じない。暑いけれど、肌寒い気もする。


たしかに、春が、そこに在る。



『えー。アオイらしくないじゃん』



閑静とした場内いっぱいにガヤガヤと賑わう音がひしめき、あたかも満席のように欺くなか、ブーイングに切り裂かされた。

ピンぼけしていく桜の枝が、正面のスクリーンに映る。窓ガラスを越え、使い古した教室が広がる。お弁当箱を片付ける生徒をちらほら見つけた。


からの、あたしの顔のドアップ。

願掛けに伸ばしていた髪を20センチ切った、茶髪のボブ。
若見えするメイクをしてなんとか作られた、人工的な童顔。

中学生です。中学1年生です。と、言われて信じられる人はいるかと思ってたけど、あらためて観ると……いや、やっぱ無理があるな。



『なんでだめなのぉ? サヤくんと仲いいなら取り持ってくれてもよくない?』

『だから、そういう話する仲じゃないんだって。ただのサッカー友だち』

『えーーー?』



あ、妃希さんだ。

ううん、今は、アオイだ。


サラストの長い黒髪。やや太くした眉。色の薄い唇。

ぶかぶかな紺色のセーラー服も相まって、彼女のことはごくごく自然に中学生だと認識できる。


あたし演じる友だちのヒマリのせいで明らかに機嫌を損ねたアオイは、ヒマリから体を逸らし、大きく足を開いた。



『あー、また足開いて! ちょっとは女らしくしなよ』

『今度は女らしさ』

『なに?』

『さっきはアオイらしくって言ってたのに』

『なあに? 聞こえない』

『……なんでもない!』



仕方なく足を閉じ、八つ当たりするみたいに声を荒げた。ヒマリの顔が見れず、机に突っ伏してしまう。ヒマリにいくら揺すられようが絶対に起きない。

窓辺にいる女子はスカート丈を気にして、ヒマリは別の子と恋バナをし始め、そんな彼女らを尻目に男子は盛り上がって。黒板には「このあとの体育は男女別、男子は陸上、女子は器械体操」と殴り書きされてある。

アオイはため息をついた。腕からちらりと目を覗かせる。青々とした空。その下方では、クラスの男子たちがグラウンドでサッカーをしてる。



『ゴール!! いぇーい!!』



シュートを決めた友だちのミチが、仲間とハイタッチをして肩を組んでる。日差しを直に浴び、汗だくになりながら、それでも楽しそうに笑ってる。

雲が泳ぐ。薄暗い影がアオイの体を覆った。

うらやましい。口に出さずとも、彼女の眼差しは強くそれを求めていた。

ちょん、とばっちいものに触れるようにスカートの裾をつまみ上げる。彼女の黒い目が死んでいく。投げやりに手を離した。


春風が、吹いた。

あおがれたようにスクリーンの画が移り変わる。教室の窓からグラウンドへ急下降し、ミチを捉えた。アオイのいるほうをじっと見上げている。

数秒し、アングルは上へ上へ向かっていく。一面青空に染まると、桜の花弁とともにタイトルが浮かび上がった。


『未だ蒼きハルの子へ』