雨が激しく屋根を打ちつけていた。郊外の住宅街にあるリーダーの家に着くと、俺は高ぶった気持ちを落ち着かせながら侵入経路を模索した。

 家に忍び込む方法として最も楽なのは、開いた窓やドアを狙うことだ。例え二階であっても、開いている窓があればそこを狙う。窓ガラスを割ったり、ピッキングする面倒を考えたら、二階によじ登ることなど容易いことだった。

 家の周りを一周し、二階の窓が開いていることを確認する。俺たちが日夜仕事に励んでいるというのに、いまだにこうして二階だからと窓を開けている家が多い。雨樋を利用してベランダに登ると、息を殺して室内の様子を伺った。

 豆電球の灯りに照らされた室内には、リーダーである少女が呑気な寝顔を晒していた。まさか泥棒が目の前にいるなど夢にも思っていないだろう。その考えが間違いだということを、少女は恐怖と共に知ることになる。

 煮えるように沸き上がってくる怒りを鎮めながら、息を殺して気分を落ち着かせる。ここから先は、全ての神経を尖らせて状況を判断していくことになる。毎秒毎に伝わってくる気配を判断しながら、どこまでいくか、どこまでやるかを適切に見分ける必要があった。

 長く深呼吸を繰り返した後、いつものように部屋の中に侵入する。薄いオレンジの灯りの中、テーブルの上に無造作に置かれたバックと財布が目に入った。一目見ただけで、転売屋が泣いて喜びそうなブランド物とわかったが、査定することなく一直線にベッドへと忍び寄った。

 ベッドには、何の苦労も罪悪感も抱いていない寝顔があった。脳裏に、夢への情熱を語る芹那の笑顔と失望に涙する芹那の悲痛な顔が浮かび、両手を力強く握りしめた。

 今さら、こんなことをして何になるかはわからない。だが、これからの芹那の為に一石を投じてやりたかった。コンクールで受賞する道を閉ざされた芹那にとって、残された道は一般入試で合格するしかない。その道を、再び邪魔されないように釘を刺しておきたかった。

 長い息を吐ききったと同時に、一気に少女へ馬乗りになり、驚いて開いた口を無理矢理手で塞いだ。突然のことにパニックになる少女の頬に折り畳みナイフを突きつけて、黙るように声を殺して脅した。


「二度と芹那に舐めたマネをするなよ」


 少女の瞳に恐怖の色が宿ったところで、俺は淡々と要件を口にする。芹那に対する嫌がらせをやめること、もしまた同じことをしたら、二度と普通の人生を歩けないようにしてやると、ナイフをちらつかせながら少女に伝えた。

 豆電球の灯りがナイフに反射し、青白くなった少女の怯えた表情を照らし出した。少女が涙を浮かべながら何度も首を縦にふり続けたのを見て、脅しが成功したのを実感した。


「今夜のことは誰にも口外するなよ。いつも近くで監視しているからな」


 僅かに声を荒げてだめ押しすると、恐怖とパニックで固まった少女の頬を軽く叩き、すぐさま部屋を後にした。

 帰り道、俺は自分のアホらしさに一人で笑っていた。泥棒が家に忍び込んだというのに、ブツに手をつけなかったことが急に馬鹿らしくなっていた。

 だが、気分は少しだけ晴れた気がした。これで芹那の傷が癒えるわけではない。失ったものが返ってくるわけでもないが、この先のことを考えたら、少しは芹那の為になれたような気がした。

 泥棒が誰かの為に仕事をする――。

 その意味が俺には滑稽に思え、誰もいない午前三時の闇の中で一人笑い続けた。