下見の為に外出した先で、嫌な奴と出会った。泥棒には色んな種類があるが、畑山は主に万引きを専門とする泥棒だった。

 大型商業施設を中心に、高額商品を盗難して回る。昔は、万引きする奴は小者か馬鹿だと言われていたが、今はネットという泥棒にありがたい転売ルートが確立しているため、転売目的の万引きもすっかりメジャーな犯罪になっていた。


「ノビの広瀬じゃないか」


 昼下がりのショッピングセンター。フードコートにあるファーストフード店でハンバーガーに食らいついていた畑山は、俺を見るなりだみ声を上げた。


「なんだ、あんた浮いてたのかよ」


 小さく舌打ちした後、仕方なく俺は畑山の対面席に座った。畑山は既に六十を過ぎた爺さんで、俺が最初にムショへ入った際に世話してくれた奴だ。以来、何かと面倒を見るふりしてたかってくるのだが、畑山のおかげで難を逃れたこともあったから、無下に扱うこともできずにいた。


「先月出てきたばかりだ。相変わらず、ここのハンバーガーはうまいな」


 畑山の言葉に、どこの店も同じだろと言いたくなるのを堪えた。


「相変わらずノビをやっているのか?」

「ああ、それしか生き方を知らないからな」


 そう答えると、畑山は「俺も同じか」と声を上げて笑った。

 畑山が盗品を転売して生計を立ててるとしたら、俺は他人の家に忍び込んで金を奪うことで生計を立てている。ノビとは、忍び込み専門の泥棒を意味する隠語で、泥棒の中でもやっている奴はそう多くはない。なにせ、人がいる家に忍び込むわけだから、当然見つかるリスクは高い。だが、人がいるということは必然的に財布といった金品があるわけだから、成功率は桁違いといってよかった。


「お前、いつまでこんなことを続けるつもりだ?」

「どうしたんだよ急に。まさかムショで更生したとか言うんじゃないだろうな」


 俺が皮肉を言うと、畑山は足下にあった紙袋を足でつついた。見ると、中には防犯タグを外された家電の高額商品が入っていた。


「俺もいい歳だしよ、こんな生活もいい加減疲れてきた。そこでな、食い物屋でも始めようかと思っている」


 そう語る畑山の瞳からは、迷いと希望で揺れているのが伝わってきた。畑山は昔、相当腕の立つ料理人だったと聞いている。ただ、手癖の悪さが先行し、独立する前に立派な泥棒になっていた。


「知り合いに物件をあたっているが、何をするにしてもまとまった金がいる。だからといって、転売した金ではその日暮らしが精一杯だ。そこでだ、まとまった金を得る為にちょいと仕事をしようと思っている」


 畑山の話に、急に胡散臭い空気が漂い始めた。泥棒が仕事をするということは、文字通りに泥棒をする以外になかった。


「ある会社の社長宅なんだが、そこの金庫に表へ出せない現金があるって話だ。その金が手に入れば、この稼業から足を洗える。俺ももういい歳だ。お前も身に染みていると思うが、いつもサツの影に怯えるのはうんざりだ。だから、ここらあたりで泥棒人生に区切りをつけようと考えている」


 だみ声が急に低く沈んでいった。畑山は、俺以上に長い年月を泥棒として生きている。当然、背負った前科も俺とは比べものにならないだろう。

 その畑山が、泥棒人生に区切りをつけようとしている。泥棒として、いや、泥棒としてしか生きられなかった奴だ。そこには、更生や改心とは違う、畑山なりの決断があったのだろう。


「あんた、騙されてるんじゃないのか?」


 都合のいいように聞こえた話に、俺は眉間にシワを寄せるしかなかった。金を必要としている泥棒にわざわざ金のありかを教える時点で、裏に何かがあるとしか思えなかった。


「かもしれん。だが、それでも俺には手を出す理由がある」


 照れくさそうに頭をかいた畑山が、スマートフォンの待ち受け画面を見せてきた。待ち受け画面には、子どもを抱いた若い女が写っていた。


「娘と初孫だ。もう別れて二十年近くになるというのによ、わざわざ会いに来てくれた」


 畑山の窪んだ瞳が急に細くなった。泥棒として生きてきた畑山にとって、家族は最も犠牲にした一つだろう。その家族を思えばこそ、ここで足を洗いたいと思うのは当然のことかもしれない。

 俺も畑山も、捕まれば即実刑の常習窃盗犯だ。一つ仕事をする度に、逮捕状を持った刑事の影が頭から離れなくなる。いつくるのか、ひょっとしたら明日の朝には刑事たちが来るのではと、漠然とした破滅の未来に怯えて眠るのが今の俺と畑山の姿だ。だからこそ、そうなる前に変わりたいという畑山の気持ちは、痛いくらいによくわかった。


「なあ広瀬、一緒にやらないか? お前ほどのノビ師と一緒なら、俺も心強いんだがな」


 畑山の申し出は、話の序盤で想像できた。もちろん、俺に引き受けるつもりはなかった。


「あんたには借りがあるが、俺は誰とも組むつもりはない」


 続けて何かを言おうとした畑山を遮って、俺は乱暴に席を立った。

 金額次第では、引き受けてもいい話だった。騙されている可能性はあるが、大金を得られるのであれば、多少のリスクを冒すのもかまわなかった。

 だが、俺は引き受けるのをやめた。

 なぜなら、何度も変わりたいと願っては諦めてきた俺にしてみれば、畑山の変わりたいという気持ちに対して嫉妬以外に抱くものはなかったからだ。