俺の住まいは、誰もが羨む高級マンションだ。といっても、俺の名義ではないし、賃貸しているわけではない。女が借りているマンションに転がり込んでいるだけだ。

 女の名前は加奈子。三十過ぎのやり手の女。名のある企業の管理職を務め、常に人を見下しているような奴だ。

 飲み屋で泥酔していた加奈子が、意気投合した俺をマンションに引っ張り込んだのがきっかけだった。体の関係はないが、代わりに主夫業をこなすことで居候させてもらっている。

 いつものように、酔っぱらって帰ってきた加奈子を介抱する。芹那と違い、薄く茶色に染めた髪ときつめの化粧で着飾った加奈子は、ブランド物のスーツを脱ぎ散らかしながら、今夜も訳のわからないことを呟いていた。

 こんな時、俺は黙って相づちを打つことにしていた。もちろん、九割は話を聞いていない。言うなれば、自動相づちマシーンだ。そんな俺でも、加奈子は構わず必要としているのだから、人生とはよくわからないものだ。

 喋るだけ喋った加奈子が眠り始めたのを見て、悲鳴を上げる体に鞭を打ちながら加奈子をベッドに運んでいく。加奈子は眉間にしわを寄せたまま、苦しそうにうわ言を繰り返していた。

 何人もの部下を持ち、仕事もプライベートも充実させている加奈子。なのに、加奈子が本当に求めているのは、自動相づちマシーンであっても話を聞いてくれる俺だった。

 苦しそうな寝息を立てる加奈子を見ていると、つい人生とは何かと考えてしまう。金も地位も手にしながら、本音をさらけ出せる相手が泥棒の俺しかいないということが、はたして本当に幸せといえるのだろうか。

 もちろん、俺に偉そうなことを言える資格はない。どんなに取り繕ったところで、俺は加奈子のマンションに居候している身分でしかないからだ。

 ベッドに寝かせた加奈子が、いつもの口癖を呟いた。「貴方はいいよね。自分のことだけ考えてればいいんだから」という言葉を、加奈子はうわ言なのか、何か考えがあって言っているのかはわからなかった。

 ただ、俺はその言葉に反論することはなかった。代わりに受け入れることもなかった。ただ右から左に受け流すだけ。それが、今の俺にできる精一杯の強がりだった。

 いつものように燻り始めた胸の感情に蓋をしながら、俺は黙々と仕事に出かける準備を始めた。

 主夫業と自動相づちマシーンをしていれば、生活に困ることはない。

 だが、今夜も俺はひっそりと夜の街に足を向ける。

 それはなぜか?

 答えは簡単だ。

 自分が何者かと考えた時、今の俺には泥棒以外に証明できるものがないからだ。