私立桜崎学園。お金持ちの人が通う、なんともきらびやかな学園に，ただただ普通の男子高校生が通うことになったのは，昨年末のこと。
奨学金を狙って受けた推薦受験で，見事に合格し，家族とも涙しながら喜んだことが昨日のように感じられる。
特に，この学園に対して何か特別な感情はなかった。強いていうなら，「桜」という好きな花の名前が付いていたこと，そして，学園までの道に桜並木があるという２つだけ。進学を決めたからといって，そこから先の未来なんて想像もしていないし，想像する気もなかった。
そうはいっても，入学式というものはくるもので…。
桜並木に足を止めつつも，学園に向かって足を進め門をくぐるのだった。


「君たちの入学を許可する。」という，お決まりの台詞を学長が吐き出すのを聞きながら，そういえば…と思いを巡らせた。
春の景色が雪景色になった今朝，僕をこのまま白い世界に埋めてほしいと願ったときに見えた，眩しくて暖かな黒色はなんだったのか。
黒に明るいという言葉は似合わない。けれど，真っ白な世界にいた僕にとって，真反対にある黒は存在感強く僕の心に残り，そして，目が眩むほどの眩しさを蓄えていたのだ。
気になってしまえば，心は無意識に黒を求めるもので。
この学園にいるとは限らない，ましてや同じ学年で入学式を向かえているなんてことは，同じ学園であるという偶然以上の奇跡と呼べるものがない限りあり得ない。
頭では分かっていても，人間というのは求めてしまうのだと，自分を俯瞰している自分が心と頭の矛盾を嘲笑っていた。それでも，あの黒をもう一度と，もう入学式なんてものはそっちのけで探してしまった。

ーーーまぁ，人生そう上手くいくわけもなく…。僕は求めるものを見つけられなかったわけだが。


気づけば入学式は終わりを向かえ，教室でのガイダンスを残すのみ。元来，友だち作りは不得手なので，「まぁ，ここでもひっそり静かに…。」と思っていた。
そもそも，知り合いがいない。周りは，持ち前のコミュ力でグループを作り始めているようだが，僕にとっては遠い世界でのやり取りのようで，画面越しの世界をみるような心地になった。
そのときだ。不意に桜の香り。
前で繰り広げられる，画面越しの世界が唐突に遮断された。見ていた番組を，途中で全く違うチャンネルに変えられたように，世界が反転した。画面越しではなく，僕の目の前という反転。
頭が追い付かない僕の頭上から，陽が降り注いだ。
「ねぇ。君ってあそこにいた君くんでしょ。」
…あそこってどこだよ。