6
小学生のとき、僕、篠崎、真は同じ部だった。
四年生から六年生まで、全員が強制で何処かしらに入らないといけなかった。僕は製菓部に入っていた。全然興味がなかったけど、篠崎が入るから僕もそうした。
真は一つ年下で、僕達が五年生のときに製菓部に入ってきた。
篠崎と真は波長が合うようで、二人はすぐに仲良くなった。僕はそれが気に食わなくて、また篠崎にいたずらをした。少しでも僕を見て欲しかった。篠崎が怒って、喧嘩になりそうになった僕達を止めるのが真の役目だった。
でも僕は真のことが嫌いという訳ではなかった。むしろ仲が良い方で、僕の数少ない友人の一人でもあった。だからこそ、嫉妬してしまっていた。仲が良くなればなるほど、彼のいいところを知ることになるから。
意地悪ばかりして困らせる僕とは対照的に、真はとても優しい人だった。中学生になったのを機に優しくするようにしたのは、彼のようになろうと思ったからだった。彼のように優しくすれば、もう篠崎を傷付けることもなくなり、今度こそ篠崎が振り向いてくれると思った。
でも結果はどうだ。
僕は何一つ変われなくて。
篠崎の気持ちも何一つとして変わっていない。
「その岡野くんは何処にいるの?」
「わからない」
篠崎が困ったような顔で見てくる。
「悪いけど、僕も知らない」
一歳差ということは、言い換えると一学年違うということ。大人になれば一年なんてたいした差ではない。けど子供にとってその一年というのは大きな壁だった。
中学生になって、僕達は会う機会がなくなる。
二年生。新入生の中に真はいなかった。
理由は知らない。引っ越したのかもしれないし、私立の学校に行ったのかもしれない。それこそもしかしたら篠崎のような理由だったのかもしれない。
「連絡先は?」
「それも残念だけど」
当時の僕達は携帯電話なんて持っていなかった。必要に思っていなかった。毎日学校に行けば当たり前のように会えた。「またね」と言って「また」が訪れる日々だった。
「僕達はもうずっと真と会っていない」
手がかりは何もない。
「正直言って、僕は会えるとは思えない」
これは意地悪とかではなく本気でそう思っていた。下手したら真は僕達のことを憶えていない可能性だってある。だって僕達が会わなくなってもう何年も経っている。しかも僕達が過ごしたのは、小学生のとき、ほんの短い期間だけ。
「わかってる。わかってるよ。でも」
それでも。
「私、真くんに会いたい。会って、好きって伝えたい」
篠崎は諦めたりしないのだろう。
「お願い。探すのを手伝って」
知っているさ。何年の付き合いだと思っている。何年、見続けていたと思っている。
「私でいいなら、もちろん手伝うよ」
「ありがとう」
篠崎と目が合う。
「洸基は?」
「僕は」
「洸基も手伝ってくれる?」
気持ちを押し殺す。
「…………うん。手伝うよ。僕も久々に真に会いたいしな」
「ありがとう。やっぱり、洸基って本当は凄く優しいよね」
眩しいくらいの笑顔が、今は心底辛い。
「だから買い被りすぎ」
そしてまた僕は自分を騙す。彼女の隣にいられるように。
「でもどうやって探す?」
「小学校に聞きに行っても、今何処で何をしているかなんてわかんねえしな」
そもそも仮に知っていたとしても、個人情報を簡単に教えてもらえるとは思えない。
「家の場所とかは……」
「いや」
僕もそれなりに仲は良かったけど、家に行ったことはなかった。
「篠崎さんは?」
「知ってるような、知らないような」
「どっちだよ」
「何回か行ったことあるんだけど」
おいちょっと待て。今聞き捨てならない言葉が聞こえてきたんだが。
「うろ覚えでさ。一度行こうとしたんだけど辿り着けなかったんだ」
その一度というのは、僕が最初に「他の人にも会ってみたらいいのでは」と提案したときのことを言っているのだろう。そうか。篠崎は真に会いに行こうとしていたのか。
「けどだいたいの場所はわかっているんだよね」
「うん。勘違いじゃなければ、だけど」
「なら二人で探してみたらどうかな」
「…………は?」
今、二人でって言わなかったか。
「とりあえず引っ越しの線は置いておくとしてだよ。小学校が同じってことは捜索範囲は少なくとも二人の地元で、篠崎さんはだいたいの場所はわかってる。なら土地勘のある南波くんと一緒にそのあたりを探すのが一番いいと思うんだけど」
いやまあそうかもしれないけど。
「何で二人? 早乙女も来ればいいじゃん」
「私は誰か岡野くんのことを知ってる人がいないか聞いてみようと思って。単純に役割分担だよ」
何か納得いかない。
もしかして二人にしようとしてる?
「……まあそういうことなら」
でもそんなこと聞けない。
「明日から二人で探してみるよ。篠崎もそれでいいだろ?」
「うん。大丈夫だよ」
「じゃあ岡野くんを捜索してみつけるのが当面の目標だね」
今後の方針も決まり、作戦会議はそれで終わった。
駅で早乙女と別れ、電車に揺られて地元まで帰ってくる。改札を抜けたところで篠崎が僕の隣に並ぶ。「今日は後方車両にしたんだ」とどうでもいいことを言いながら。
夕暮れに包まれる街を歩く。
「そういえば、お前って夜いつも何処にいんの?」
「普通に自分の部屋だよ。他に行くところもないし」
「ちなみに何してんだ?」
「星見たり? することないんだよね」
「ふうん」
何か聞くべきじゃなかったかも。どうしてこう僕は気が回らないのだろう。悲しい性格。まじで終わってる。
分かれ道。もうすぐで夜だから、今日はここで別れる。
「また明日」
「また、明日」
手を振って、僕に背中を向けて遠ざかっていく姿をみつめる。そのまま篠崎は一度も僕の方を見ることなく曲がり角に差し掛かる。
「しのざ」
呼び止めようとして、でも結局やめた。何を話せばいいのかわからなかったし、大声で名前を叫ぶとか近所迷惑になると思った。あと、単純に気恥ずかしさがあった。
明日、僕はちゃんとやれるのだろうか。結城のときのように上手く立ち回れる自信がなかった。また邪魔をするようなことをしてしまいそうで不安でしょうがない。だから早乙女にもいて欲しかったのに、早乙女はあんなこと言い出すしどん詰まりだった。
いや早乙女のせいにしたら駄目だろ。
早乙女は何一つとして悪くない。八つ当たりもいいところだ。
いい加減にしろよと自分に言い聞かせる。
それでもどろどろとした気持ちが溢れてきて吐き出してしまいそうになる。精神的にも、物理的にも。
このまま立ち止まっていたら、本当に吐いてしまいそうだった。思考を停止させたくて無理やり歩く。よろよろとした足取りだったものだから、帰宅するのにいつもの倍くらい時間がかかってしまった。
家に帰ってからはすぐに横になった。食欲なんてある訳がなかったし、何もやる気がなかった。課題とかも、もう全部どうでもいい。
手首についているリストバンドにそっと触れる。
触れられる原因は、僕の方にあった。だとしたら篠崎の手にリストバンドをつけることが出来たのも。
「僕のエゴ」
彼女を繋ぎ止めるための、醜いエゴが具現化したもの。
「こんなもの」
触れていた手に力を入れてリストバンドを外そうとする。
でも。
「……何でだよ」
手が石のように固まって思うように動かせない。
僕はこのリストバンドを外すことが出来ない。
だってこれが篠崎との最後の繋がりだから。
どうしようもなく篠崎の中に存在しない僕に残された唯一の対抗手段。
「ああ、もう」
自分の嫌いなところが次々と見えてくる。
こんな僕でごめん。
好きになって、ごめん。
心の中でどれだけ謝っても、誰も僕を赦してはくれなかった。
真の捜索一日目。
今日は昭和の日で学校は休みだった。放課後だと時間が限られているから休日の方が都合はいいのだけど、探す時間が多くなるということを考えると複雑な気持ちになった。
「怠い」
重い身体を起こして部屋を見渡すが篠崎の姿はまだなかった。もう少し寝ようかと思ったけど、準備をしている間部屋の外で待たせるのも悪いので頑張ってベッドから離脱する。
篠崎が来る前に着替えを済ませ、洗面所で身だしなみだけ整えて部屋に戻った。食欲は相変わらずなかったし、高一の頃を思い出してしまったからか両親と会うのが少しだけ億劫だった。食べたくなったら何処かに入るなりコンビニで買うなりすればいいだろう。
少しして篠崎が現れた。
「おはよ!」
朝日よりも眩しい笑顔に自然とこっちもつられて口元が綻んでしまう。
「おはよう」
「どうしたの?」
「どうしたって何が?」
「ううん。何でもないよー」
何故か上機嫌の篠崎に僕は首を傾げる。まあ篠崎が変なのはいつものことか。
「じゃあ行くか」
部屋を出て一歩。
「何、何処か行くの?」
母と出くわした。
「……うん、まあちょっと」
「いつ帰ってくるの?」
「適当に帰ってくるから、ほっといてくれよ」
母を横切り玄関へ向かう。
「……いってきます」
家を出て溜め息を吐く。どうしてこうタイミングが悪いんだ。
「いつもごめんな」
篠崎が首を振る。
「全然。私は気にしてないよ。洸基くらいの男の子って、皆そんなものだって」
「そう言ってくれて助かるよ」
本当に助けられてばかりだ。
「気を取り直して、捜索開始だよ!」
「あ、ちょ」
僕の手を引いて篠崎が急発進するものだから、バランスを崩して転びそうになってしまう。
「いきなり走り出したら危ないだろ」
なんとか踏み止まれたからいいものの、下手したら怪我をしかねない。こっちは生身の人間なんだからもっと気を使って欲しい。
「でも、もう嫌な気持ち吹き飛んだでしょ?」
言われてはっとなる。確かに家での息苦しさのようなものは消えていた。
「…………別のことで僕は気分を害しているけどね」
「何それ酷い!」
そう言いつつも篠崎は笑ってくれる。素直にお礼を言えない僕のことなんて、まるでお見通しとでも言いたげだった。その笑顔に、また救われる。
「……それで、何処から探す?」
「うーん。どうしようかな」
「とりあえずさ、その憶えてるとこらへんまで案内してよ」
「わかった」
やってきたのは僕の家からはやや離れた、でも篠崎の家からは近い位置にある住宅街。僕は生まれてこの方アパート暮らしだから、こういう住宅街に少し憧れのようなものがあった。それこそ隣の家の幼馴染み、みたいな。だって家が近いってそれだけでアドバンテージだし。
「記憶ではこのあたりだったと思うんだけど」
どうやらここからがどうしても思い出せないらしい。
「何か目印とかなかった? 例えば赤い屋根とか、そういうの」
家の特徴、近くにあったもの。家の数だって限りがあるのだから、何か一つでも手がかりがあればみつけられると思うんだけど。
「特徴、特徴……特徴」
「何でもいいから」
「……そういえば、玄関前に門がある家ってあるでしょ。その門が黒くて、何か凝ってる感じだった気がする」
門扉が黒で凝られたやつ。似たようなやつが沢山ありそうだけど、色がわかっただけでもまだましか。
「じゃあそんな感じの門で岡野の表札をした家を探せばいいんだな」
「そうなるね」
「ひとまずざっと一周回ってみよう」
「うん」
篠崎が僕の前を行く。その背中をみつめながら、僕は小さく息を吐いた。
大丈夫。今のところ、上手くやれている。これでいい。このまま何事もなく今日が終わって欲しい。僕の心が正常であり続けて欲しい。
「洸基?」
僕の足が止まっていたからか篠崎が呼んでくる。
「何でもない」
隣に並び、今度は横顔に目を奪われる。僕の手を篠崎の手がかすめて、つい掴みそうになってしまった自分に呆れる。
いや考えないようにしよう。上手くいっているんだから、自分から崩れにいく必要は何処にもない。
「真、みつかるといいな」
それはもしかしたら、自分に言い聞かせていたのかもしれない。
昼過ぎまで付近を巡回したけど、それらしい家はみつからなかった。
とりあえず休憩をしようとなってコンビニで軽食を買い、店内にあったイートインスペースに座る。
「それだけでいいの?」
僕が買ったのは、おにぎり一つとゼリー飲料だった。
返事をしようと思ったけど他に人もいるし、いくら電話のふりをしていたとしてもイートインスペースでべらべら喋るのは憚られた。
どうしようか悩んでスマホのメモ機能を使うことにした。
『何かずっと食欲ないんだ』
「もしかして体調悪い? 大丈夫?」
『それは大丈夫』
十中八九、精神的なあれだから。けどそれを言えば、きっと篠崎はもっと心配するに決まっている。
『たまにあるんだよ。気にするな』
だから僕は小さな嘘を吐いた。これくらいノートを隠してしまったことに比べたら、まだ可愛いものだろう。そうやって、僕はまた罪を重ねていく。
『よし、じゃあ午後の部開始するか』
「え、もういいの? 休憩短すぎない?」
僕の体調を気遣ってか、篠崎が心配そうに聞いてくる。そんな顔をさせないための嘘だったのに、何でこんなことになっているのだろう。僕の判断能力の甘さにはつくづく呆れる。
『僕は大丈夫だから』
安心させたくて僕は笑ってみせる。そして篠崎の反応を待たずにコンビニを出た。篠崎は僕の後ろを黙ってついてくるけど、本当のところはどう思っているのかわからない。
けどそれでいいと思った。僕のことなんて蔑ろにするくらいがちょうどいい。だって今の僕には大切にされる理由がない。されていい訳がない。
「篠崎ってさ」
再び住宅街を捜索しながら、僕は問いかける。
「いつ頃から真のこと好きだったんだ?」
「え、ど、どうしたの急に?」
「ちょっと気になって」
そう言った声が想定していたものとはかけ離れた真面目なものだったことに自分で驚いてしまう。もう少し茶化すような感じで聞くのが理想だったのに、その方が僕らしいのに、上手く振る舞えないのはやっぱり僕の精神状態が影響しているのかもしれない。
そんな僕に合わせてか、篠崎もまた真面目なトーンで答えてくれる。
「いつ頃から、か。気付いたらってありきたりかな」
「……そんなことねえよ」
だって僕もいつのまにか好きになっていたから。
「洸基にそう言ってもらえると安心する」
「どういう意味だよ」
「だって洸基がバカにしてこないってことは、他の人もバカにしてきたりしないでしょ」
「あのな……」
なるほど。僕という人間がどう見られているのかよくわかった。これも自分で蒔いた種だ。受け入れるしかない。
「……別に、人が人を好きになるのは普通のことだろ」
それでも少しだけ悔しいから、過去の自分に対抗しようと思う。
「僕はバカになんかしない」
散々傷付けてきて、今も隠していることがある僕に言えたことじゃないのはわかっている。けれど篠崎を想う気持ちは本物だから。
「もしバカにするようなやつがいたら、僕が許さない」
僕の言葉に篠崎は目を真ん丸にした。確かに僕っぽくない言葉だけど、そんなに驚かなくてもいいじゃないか。なんて抗議をしてやろうかと思った次の瞬間、篠崎の顔が真っ赤に染まった。
「そ、そんなまじにならないでよ。こっちが恥ずかしいじゃん!」
そして照れ隠しなのか、僕をぽかぽかと叩いてくる。
その叩かれている箇所が地味に痛くて、篠崎からの接触で痛覚は機能するということに気が付いた。温度や重さは幽霊だから感じられなかったけど、触れる以上、物理攻撃は効くってことなのだろうか。それとも、これも僕側の問題で僕が望んでいるからなのか。いや待て、それだと語弊がある。僕は痛みを感じることに快楽を覚えるような人間じゃない。叩くとか友達同士なら普通によくあるスキンシップの一つだし、そういう普通を求めているだけ。きっと、そうに違いない。
「黙らないでよ!」
僕が何も言わないのがお気に召さなかったらしく、篠崎の攻撃の手が強まる。
「ちょ、やめろよ」
「洸基が変なこと言った挙句黙り込むからでしょ!」
「理不尽だな、おい」
だからそれ痛いんだって。
「でも何か懐かしいよな」
「懐かしい?」
篠崎の僕を叩く手が止まる。
「ほら小学生のとき、よくこんなふうに叩かれたなって思って」
「それは洸基が私に意地悪するからでしょ」
「お前、情緒って知ってる?」
いやでも僕としては楽しい思い出かもしれないけど、篠崎からしてみれば僕への仕返しな訳だから楽しい思い出ではないのか。
「冗談だよ。私も、今となってはいい思い出だよ」
柔らかな笑みが向けられて、単純な僕の心臓は簡単に跳ね上がる。
「……それは良かった」
少しだけ足を速める。今僕の顔はきっと緩んでしまっている。そんな顔、篠崎には見せたくなかった。
「え、ちょっと、どうしたの。待ってよ」
「うるさい」
「ええ……」
人の気も知らないで。
「僕の身にもなってくれよ」
「何? 何て言ったの?」
動かしていた足を止め、彼女と向き合う。
「洸基?」
「…………何でもない」
不思議そうな顔をする篠崎に背を向けて再び歩き出す。
「言いかけてやめないでよ」
「いいだろ別に」
言ったところで意味なんてない。そもそも意味すら伝わらないと思う。きっと違うように捉えられて空振りに終わる。僕に勝ち目なんてない。篠崎にとって僕はただ仲の良い幼馴染みでしかない。大勢いる友達の中の一人にすぎない。だから僕は篠崎が戻って来る理由にはなれなかった。
「僕のことより真を探す方に集中しろよ。お前の記憶が頼りなんだからさ」
「そんなこと言われても、みつからないんだからしょうがないじゃん」
「どっかで見落としたんじゃねえの」
「ちゃんと見てたよ」
でもこのあたりはもう結構探した。なのにみつからないということは見落としたか、篠崎の記憶違いでもっと全然違うところにあるか。
「とりあえずもう一回探してみるか」
けど結局真の家はみつけられなかった。このまま探し続けたところで進展するとは思えず、今日のところは出直すことにした。
「やっぱり引っ越したのかな」
「その点も含めて、また考え直そう」
「うん」
みつからなかったのがショックなのか、篠崎はあまり元気がなかった。
「まだ探し始めたばかりだろ」
そんなありふれた言葉しかかけられないことに嫌気がさす。そのまま会話らしい会話もなく、前回と同じところで僕達は別れた。時間的にはまだ早かったけど、今はそっとしておいた方がいいと思った。
別段寄りたいところもなく僕は真っ直ぐに家に帰った。こっそり僕だけで探しても良かったのだけど、仮にそれらしい家をみつけてもあっているかわからないし、またノートのときみたいに隠匿してしまいそうで怖かった。
「はあ」
自室のベッドに倒れ込んだ瞬間、どうしようもなく溜め息がこぼれた。疲労感もそうだが、自分への嫌悪感が大きかった。
篠崎が死んでから半月、そして篠崎が戻ってきてから一週間が経っていた。
この一週間、篠崎と過ごして僕が思うこと。
僕は篠崎の笑顔を、明るさを奪い続けている。
生前の篠崎は底なしの明るさを持っていた。それこそ小学生のとき、僕がどれだけ意地悪をしても泣いたりしなかった。むしろ正面から立ち向かってくる強い子だった。暗い顔なんて似合わない、落ち込む姿を見た回数なんて数えられるくらい、いつも笑っている子だった。
でも今の篠崎はよく落ち込むようになった。悲しそうな顔をして、困ったような顔をして、無理やりにでも笑うんだ。その顔を見るたびに、罪悪感からか首を絞めつけられたかのように息が苦しくなってしまう。
どうして篠崎はこんな僕の傍にいてくれるのだろう。僕を頼りにしてくれるのだろう。
僕が篠崎を諦められないのは、きっとそんな彼女に何処かで期待してしまっているから。力を貸していれば、もしかしたら振り向いてくれるかもしれないなんて幻想を抱いているから。
長すぎる片思いも、ここまできたらもはや呪いだ。それか一種の信仰。一途だなんて綺麗なものじゃなくて、酷く歪なもの。
終わったはずだった。篠崎が死んだあの瞬間、僕の恋は砕け散ったはずだった。
なのに篠崎は戻ってきて、僕の恋もまた燻り出した。
僕はどうしようもなくこの恋を終わらせることが出来ない。