「じゃあ点灯するよ。みんなでカウントダウン!」
 貴人の呼びかけに応じて、校庭に集まった全校生徒が高々と腕を天に突き上げる。

「3、2、1! メリークリスマス!」
 大きな声でみんなで叫んだら、校舎や運動場のフェンスに設置してあったイルミネーションに、一斉に電気が点いた。

「おおお!」という感嘆の声と、「きれ~い!」という黄色い歓声が響く。
 どこからともなく始まった拍手の嵐に、軽く片手を上げてから、貴人はもう一度口を開いた。

「あらためてメリークリスマス! 今年最後の『HEAVEN』のイベントへようこそ。今夜だけは、年明けの課題試験も、センター試験も忘れて……存分に楽しんでいって下さい!」

 活き活きとした顔で、イルミネーションやツリーを眺めていた生徒の一群が小さく肩を落とした。
「言うなよ、芳村……」
「ほんとに忘れてたのに……」

 ガックリとうな垂れた三年の先輩方に、貴人は壇上から満面の笑顔で手を振った。
「だから今日だけは忘れるんですよ! ……明日からまたがんばれば大丈夫です。絶対大丈夫!」

 うな垂れていた先輩方が、上目遣いに貴人を見上げる。
「なんか……あいつが言うと、本当に大丈夫な気がする……」
「不思議だ……俺も……」

 四方八方に笑顔でエールを送っている貴人を、演壇の下から見上げていた私は、周りから聞こえてくる声に嬉しい気持ちになった。
「みんなが楽しい学園生活をおくれるように」と。
 ――いつだってそれが貴人の、口癖なんだから。

「それではミュージックスタート! 食事のほうも、なくなる前にぜひ召し上がって下さい!」
 美千瑠ちゃんが頼んだという音楽隊が、クリスマスの夜にふさわしい静かな曲を演奏し始めたら、長テーブルの上に用意されていた料理からも、被いが取られた。

「学校の使用許可が九時までなんで、八時半には終わりたいと思います。悔いのないように楽しんでください。以上!」
 貴人の最後の注意に「なんだよそれ」と笑いながらも、校庭の中央に集まっていたみんなは散り散りになっていく。

 オーナメントプレートが飾られたツリーも、料理の並んだテーブルも、周りを囲む人でいっぱいになっていく様子を見ながら、私はホッとため息をついた。

「とりあえず……一仕事終わったね」
 隣に立つ繭香に話しかけたら、コクンと頷かれた。

「まあな。私たち女子の担当はツリーの飾りつけだったから、プレートさえ集まって、全部飾ってしまえば、もうそこで終わったも同然だったからな。でも男子は……」
 強い意志を感じさせる視線を繭香が向けた先には、いつもとは逆にうららに肩を貸してもらって眠っている智史君の姿があった。

 連日徹夜で作り上げたオーロラのホログラフィーが、雪のため使えないと知らされた瞬間から、彼はまるで電池が切れたかのように眠り続けている。

 校庭中にイルミネーションを取り付けた順平君は、他校生の彼女がやって来たからこそツリーの近くまで案内して行ったが、ほんのさっきまでは体育館でダウンしていた。

 ツリーの運搬と設置を指揮した剛毅だって、美千瑠ちゃんが動き出すまでは、順平君の隣に倒れていた。

 二人の手伝いをした玲二君にいたっては、まだ寝ているので、夏姫のほうがその横に陣取って、ファンクラブの子たちが運んできてくれる料理を静かに頬張っている。

「諒は熱まで出て保健室だし……平気なのはやっぱりあいつだけか……」
 繭香が視線を向けた先には、貴人が上級生方に囲まれてニコニコして立っていた。

「また笑ってる……ほんと貴人ってタフだよね……」
「まあ、化け物だな……」
 口ではひどい表現をしながらも、貴人をみつめる繭香の表情はとても嬉しそうだった。

 
 
「今回の秘密行動はちょっと手間がかかりそうなんで……諒にも手伝ってもらうよ」
 そう宣言した貴人が、このクリスマスパーティーにどんなサプライズを準備しているのか。
 実は私を含め他のメンバーは何も知らされていない。

「でもさ……クリスマスカードは書いたよね、一人一枚。あれを何か使うんじゃないの……?」
「うーん……でも私は普通にメリークリスマス! って書いただけだぞ……?」
「私も!」
 繭香と顔を見合わせて、それきり沈黙する。
 さっぱりわからない。

「まあ、いいか……きっともうすぐわかると思うし……」
 貴人の言うように、ひとまず料理がなくならないうちに長テーブルへ向かおう。
 そう繭香に提案してから、私はふと保健室で寝ている諒のことを思った。

(せっかくのご馳走……元気だったら喜んだんだろうけど……今、持っていってあげたって食べれないわよね……?)
 心の中だけで手を合わせる。

(ごめん諒! かわりに私がちゃんと味わっとくから!)
 美味しそうな料理をどんどんお皿に取っていたら、背後からトントンと肩を叩かれた。

「え? だれ?」
 ふり向いたらすぐ目の前に、白い髭に囲まれた笑顔があったのでびっくりする。

「ひいっ! って……あれ? ……もしかして貴人?」
「いいえ。サンタクロースです!」
 他の人には到底真似できないような、見惚れるほどの笑顔でそんなことを言われても、騙されるわけがない。

 でも赤い服に赤い帽子まで被って、本当に重そうな白い袋を背中に担いだ貴人の気持ちを無駄にしたくなかったので、私はニッコリ笑って頷いた。
「こんばんは。サンタクロースさん」

「うん。こんばんは。はい、これが近藤琴美さんへのプレゼント」
 貴人はニコニコ笑いながら、私に向かって白い封筒をさし出した。

「はい。これが……藤枝繭香さんへのプレゼント」
 繭香にも同じような封筒が手渡されているということは、まさか全校生徒に配ってまわっているのだろうか。

 慌てて校庭を見回してみたら、貴人の他にも数人、サンタの格好でプレゼントを配ってまわっている人たちがいた。
 剛毅と、いつの間に復活したのだろう――智史君と玲二君。
 女の子サンタのドレスを着てるのは、美千瑠ちゃんと可憐さんと夏姫だろうか。

「えっ? 私たち手伝わなくっていいの?」
「ああ。女の子たちと智史が持ってる封筒は、彼女たちが渡すことに意味があるんだ。そうじゃないのを、智史以外の男たちが配ってる。琴美と繭香は気にしなくていいよ」
「………………」

 これまでの経験と勘から、どうやら美千瑠ちゃんたちは彼女らのファンの子たちに封筒を渡してまわっているのだろうと察しがついた。
 その証拠に、校庭のあちこちで「おおおっ!」というどよめきと「きゃああああ!」という悲鳴が、重なるようにして増えていっている。

(まあ……そういうことなら、私に出番はないわね……) 
 少し寂しい気持ちで俯くと、貴人がいくつかの封筒を私の前にさし出した。

「まあ、琴美が手伝ってくれるっていうんだったら……お願いしたいのはいくつかあるけど……」
「うん! 手伝う!」
 まるでそこに自分の存在意義を見出したかのように、勢いこんで封筒の束を掴んで、その一番上にあった宛名を目にし、私は慌てて最初の一通だけは貴人につっ返した。

「無理! 柏木だけは無理! いくら貴人の手伝いがしたいからって思ってても無理! 今夜は近寄らないって約束したの……!」
 貴人がキラリと瞳を輝かせた。

「諒と?」
「えっ? ……どうしてわかったの?」
「うん。なんとなく」
 貴人はなんだかいつもとは違う笑い方をしながら、柏木の封筒を私から受け取り、代わりに私の手にあるいくつかの封筒の上に、もう一通封筒を乗せた。

 『勝浦諒さま』という宛名に、思わずドキリとする。

「じゃあこれも持っていって。ついでに何か、食べるものも持っていってあげたら? 柔らかい物か、温かい物だったら、ちょっとぐらいは食べれるんじゃない?」
 優しい笑顔に向かって、私は頷いた。

 そうと決まればまず先に、佳代ちゃんや渉やうららに、この封筒を渡してしまおう。
 走り出す瞬間、背後から「本当にバカだな」と繭香の声が聞こえた。

「誰がバカですって!」と言い返そうとして、繭香が私のほうを見ているのではないことに気がつく。
 貴人の顔を軽く睨み上げながら、繭香は私には早く行けとばかりに手を振った。

「じ、じゃあ……ちょっと行ってくるね……?」
 そのあと、二人の間でどんな会話がなされたのかは、私にはわからない。
 でも貴人の笑顔が、なんだかいつもとはちょっと違うような――そんな漠然とした違和感は、いつまでも消えなかった。
 

 
「諒……起きてる? 入ってもいい?」
「ああ」

 夜の保健室には、明かりさえも点いていなかった。
「帰る時にはちゃんと戸締りしていってね」と、保健の先生に鍵まで預けられたことをいいことに、諒はベッドに横になったまま、窓の外――クリスマスパーティーのおこなわれている校庭を見ていた。

「へえ……結構よく見えるじゃない。よかったわね。これが見たくて無理してまで学校に来たんでしょ?」
「まあ……半分はそうだな……」
「半分……?」
 首を傾げる私に、諒は手を伸ばす。

「細かいことは気にしなくていいよ……それより、なんか持ってきてくれたんだろ? いい匂いがする。正直、そろそろ腹が減ってきたところだったんだ……」
 食欲が戻ったのならいいことだ。
 少しは熱も下がったのだろうかと顔を覗きこんだら、諒が真っ直ぐに私を見ていて、ドキリとした。

「な、何よ?」
 慌ててちょっと怒ったように問いかけたら、フイッと視線を外される。
 そうしながら、
「お前……貴人サンタからプレゼント貰ったか?」
 と聞かれたから、スカートのポケットから例の白い封筒をひっぱり出した。

「もらったわよ。はい……それでこれは諒のぶん」
「ああ」
 ちょっとドキドキしながら手渡したのに、淡々と受け取られたので、少なからずショックだった。

 諒はそのまま封筒を掛け布団の上に置いてしまったので、私は話題を繋ぐため、仕方なく自分の封筒を開ける。
 中から出てきたのは、一枚の写真とクリスマスカードだった。

「………………!」
 何気なくひっぱり出したその写真を、私は慌ててもう一度封筒の中に戻した。
 どっと冷や汗が体中から噴き出すような思いだった。

「なんだ? どうした?」
 ずっと私の動作を見ていた諒が、訝しげに首を捻りながら、私の手から封筒を取り上げようとするので、慌てて背後に飛び退る。

「これまでの『HEAVEN』の行事の中で、一番いい顔してる一枚とやらが入ってただろ? ……どうだった? 貴人が全校生徒分選んでプリントしたんだぜ? 俺の仕事は、その前に適当に封筒にクリスマスカード入れるだけだったけど……あいつは大変だったと思うぞ?」
「そ、そ、そうなんだ!」

 だめだ。
 冷静な顔をしようとするのに、全然体が私のいうことをきいてくれない。

「どんな写真だった? どの行事のヤツ?」
(見せられない! 見せられるわけがない!)

 ――星空観察会の準備で、諒と二人そろって屋上で寝ちゃった時の写真なんて。

(誰が? いつの間に撮ったの、これ? ううん……そもそも、どうして貴人はこの写真をチョイス?)
 赤くなったり青くなったり、おろおろするばかりで全然写真を見せそうにはない私にため息をついて、諒は自分の封筒を開けた。

 瞬間。
 私以上に真っ赤になって沈黙する。

「え? なに? どんな写真?」
 自分は見せる気もないのに興味深々で尋ねたら、この上なく嫌な顔をされた。

「絶対に見せん!」
 その凄い剣幕に、思わず笑いがこみあげた。

「ひどっ! ……なによそれ!」
 笑いながら言ったら、諒も笑った。

「お前だって一緒じゃん」
 つられて更に笑いながら、もう封筒をポケットにしまおうかとしたら、諒がひと言付け加える。

「カードも入ってるだろ? 見てみろよ……」
「あ、うん」
 思ったとおり、そこには一人一枚ずつ書いた、あのクリスマスカードが入っていた。

「誰のが誰に当たるかはわかんないけど、とりあえず全校生徒心を一つにしてクリスマスを祝おうってことで……俺が一枚一枚封筒に入れたんだからな……心して頂けよ」
「ははあ……」
 時代劇がかって本当に額に押し頂いてから、私はそのカードを改めて眺めた。

「ふーん……人によって全然違うね……私は一応、シールとかも貼ってみたんだ……」
 私の封筒に入っていたのは、ごくごくシンプルに『メリークリスマス!』と書かれたカードだった。

 でもその大きな濃い筆跡の文字には、なんだか見覚えがあるような気がする。
『これからもよろしく、あんまり頼りになんない相棒! でも三学期になっても三年生になっても、試験の結果だけはもうお前には負けないからな!』と書かれたメッセージにも――。

「ねえ、諒……これって、誰のが誰のに入るかはわかんないのよね……?」
 おそるおそる尋ねたら、思いがけずニッコリ笑われた。

「もちろん! 一枚一枚封筒に入れた俺以外にはな!」
「なにそれ! 職権乱用!」
 見る見る赤くなっていく顔をごまかそうと、怒ったふりして叫んだら、諒は大威張りで胸を張った。

「いいじゃないか、それぐらい! 暖房もない『HEAVEN』で一生懸命作業して、こっちは風邪までひいたんだから……!」
 そしておもむろに、私が持ってきたパーティーの料理に手を伸ばす。

「よおし、これで目的は果たした。俺はこれ食ったら、みんなが帰る時間まで一眠りする!」
 もの凄い勢いでスープやゼリーなんかを口の中に入れてしまうと、本当に自分で言ったとおり、諒はベッドに潜りこんだ。

「目的ってなによ?」
 頭のてっぺんしか掛け布団から出ていない諒に問いかけたら、顔も出さないままに答えられる。

「言っただろ? 半分は、みんなでがんばって作った光景を見るため……あとの半分は……」
「半分は?」

 気のせいだろうか。
 諒の声がどんどん小さくなっていく。
 いつもの元気さとか、強い張りとかが全然なくなって、なんだか眠そうだ。

「パーティーを楽しんで嬉しそうな顔が見たかった……カードを見てビックリした顔が見たかった……それだけ……」

『誰が?』とは聞かなかった。
 すうすうと軽い寝息をたて始めた諒に、今尋ねたって答えは返ってこないだろう。

 それよりも、なんだか自分のことを言ってくれたような――そんな錯覚を少しでも長く感じていられるほうが、今は幸せだ。

 言いたいことを言って、食べたいものを食べたら、さっさと眠ってしまった私の眠り王子。
 再び窓の外に降り始めた雪で寒くならないように、布団の上に更に毛布をかけてあげる。

「ありがと……メリークリスマス、諒……」

 やっぱり諒から返事はなかったけれど、今日がこれまで生きてきた中で一番のクリスマスだと、私は思った。