みんなの顔を見渡しながら、貴人は笑って言った。
「早坂君の言うとおり、この問題に正答なんてないと思うんだよね。だから六人六とおり、それぞれの回答を書こう」
「「へっ?」」
思わず隣にいる諒と、まぬけな返事が重なってしまった。
それで顔を見合わせて、お互いの距離の近さに同時に赤面する。
でも今は本当は、悠長にそんなことをしている場合じゃない。
「……答えとその理由を簡潔にとは書いてあるが、六つも記入していいなんてどこにも書いてないぞ。大丈夫なんだろうな?」
棘だらけの繭香の質問に、貴人は再びニッコリと笑った。
余裕たっぷりのいつもの笑み。
しかし笑顔のまま貴人が繭香に返した言葉は、これまたいつものように傍で聞いている者にしてみたら、繭香の怒りの炎に油を注ぎこんでいるとしか思えないものだった。
「さあ? 単に俺がそう思っただけだから、保証はできないな」
ブルブルと繭香の肩が震え始める。
なぜだか繭香の睨みがまったく効かない貴人の代わりに、怒りの矛先が自分に向いてはたまらないと、私は急いで口を開いた。
「いい。大丈夫! きっと大丈夫だよ。うん。そうしよう!」
諒の手からひったくるようにして、問題用紙とシャーペンを取り上げ、答えを書きこもうとする。
そこでハタと思った。
(なんて書こう……?)
もちろんさっき諒が書こうとしたように、11パーセントと書きこむのは簡単だ。
でもそれは、計算とも言えないほどのごくごく簡単な計算によって求められた数値。
そこに『理由』なんて存在しない。
そう。
答えと共に求められている『理由』を書くためには、貴人が言うように単なる計算では答えは出ないのだ。
きっと――。
「貴人……私もひとつだけわかったような気がする……」
私の人よりちょっとだけ回転の早い頭が、超高速で働き始める。
「なに?」
どこか嬉しそうに先を促す貴人の声に従って、私はその先の言葉を続けた。
「これ、少なくとも数学の問題じゃない……たぶん……ううん、きっと。現国の文章読解問題だわ……」
「ご名答!」
貴人の鮮やかな返事と共に、全ての教科の中で唯一国語を苦手としている諒が、私の隣で「うっ!」と呻き声を上げた。
そんな諒を、私はとても気の毒に思って憐れみの目を向けた。
どちらかといえば文系の科目を得意としている私と反対に、諒は理系の科目を得意としている。
佳世ちゃんと繭香も、どちらかといえば文系。
「俺? どっちもダメだって琴美が一番よく知ってるだろ?」
あっけらかんと笑う渉は問題外として、オールマイティな貴人も別格。
よってこの問題は、諒に一番最初に答えを書かせることが決定した。
「六人六とおりってなると、前の人とは違う答えを書きたくなるのが一般的心理だから、あとになるほどたいへんかも……勝浦君、先に書いたほうがいいよ?」
さすがに佳世ちゃんの勧めには嫌な顔ができなかったらしく、諒は渋々と問題用紙の上に屈みこんだ。
「だいたいさあ……読解問題とかって、誰が答えを決めてんだよ。この時、主人公はどう思ったでしょうか、なんて……本人にしかわからないに決まってるだろ!」
ブツブツと文句を言いながら、問題文を睨みつけている諒に、貴人が笑いながら返事をする。
「確かにそうだね」
「ちゃんと計算さえすればスパッと答えが出る数学のほうが、何百倍も面白いよ! 俺は絶対そう思う!」
「うん、そうだね」
「はいはい」
貴人の返事には何も反応しなかったくせに、私のおざなりな返事はお気に召さなかったらしい。
諒がガバッとこちらをふり向いた。
「なんだよ。お前、自分が国語が得意科目だからって、バカにすんな!」
「バ、バカになんてしてないわよ!」
そこからひさしぶりに喧嘩に発展しそうだった私たちの間に、すっと繭香が割って入った。
「痴話げんかしてるヒマがあるんだったらさっさと書け……見ろ! よそのグループにどんどん置いていかれてるんだぞ!」
「………………!」
諒はサッと問題用紙に向き直り、私は口を真一文字に引き結んで、気をつけの体勢になった。
「痴話げんかなんかじゃないわよ!」の叫びは、繭香相手にだけは出せない。
絶対に。
それから、渉・繭香・佳世ちゃん・貴人と順番に答えを書きこむ間、私は直立不動の体勢で待ち続けた。
せめてこれ以上繭香を怒らせないようにと、懸命の努力だった。
(じゃあ最後に私も書こうかな。みんななんて書いたんだろ? どれどれ?)
解答を書きこむための空欄を埋め尽くすように、様々な文字で書きこまれた答えにザッと目を通し、私は感嘆した。
(確かに……同じ文章読んでこれだけ答えがあるんなら、この問題、渉や貴人や諒の言うとおり、本当の意味で正答なんてないのかも……)
ひょっとしたら、一つの事柄に対して自分なりの意見を書かせる小論文の要素も兼ねているのではないかなどと思いながら、私は僅かに残った空欄に自分の意見を書きこもうとした。
その前に内容がなるべく重ならないようにと、もう一度みんなの答えに目をとおすことは怠らない。
(それにしても……よくもまあこれだけ、個人の特徴がよく出た答えになったわね……)
思わず笑みが漏れた。
問題:
『私、谷口奈々。16歳。趣味は料理。特技は暗算。成績は中の上。見た目は十人並み。私には好きな人がいます。ずっとずっと大好きでした。でもその人を好きな子は、私の他にも八人もいます。私が両思いになれる確率はいったいどれぐらいなんでしょうか』
答え:
『そんな事は告白してみなけりゃわからない。俺はこの谷口って奴じゃないんだから……! ただ言えることは、中の下とか十人並みとか、自分を卑下するような表現は俺は好きじゃない。だから成功率10パーセント。なんとなく。(勝浦諒)』
『「その人を好きな子は、私の他にも八人もいます」とかうしろ向きなことを言っている時点で、永遠に言いだせないことが確定。よって確率は0パーセント。人は人、関係ない。自分の意気地のなさを人のせいにするな! (藤枝繭香)』
『得意の料理を活かして、彼の好きな物を作ってあげたらいいと思います。がんばり次第で確率もどんどん上がると思います……50パーセントぐらいまでは、たぶん。奈々ちゃん、がんばって! (高瀬佳世)』
『本当に好きだったら、もし一回告ってダメでも、またがんばればいい。ずっとずっと好きだったってくらい根気があるんなら、きっといつか報われると思う。だから成功率100パーセント。きっとそうだよ。(早坂渉)』
『大切なのは自分の気持ち。そして相手の気持ち。それがピタリと重なる奇跡の瞬間が、どんな二人の間にもあると思う。そのタイミングを逃さずに上手くがんばれたなら、100パーセント成功。まちがいなし!(芳村貴人)』
ダメだ。
面白すぎてニヤけた顔が直らない。
「琴美……さっさとしろ……!」
繭香の怒りの声にハッと我に返って、私は諒のシャーペンを持ち直した。
(そうだな……何パーセントぐらいだろう……?)
ここ七ヶ月ほどの間に、自分の身に起こった出来事をなぜだか思い出しながら、私はシャーペンを動かし始めた。
(恋愛に関してだけは、ほんと、予想もつかないもんね……)
七ヶ月までは、まさか自分が諒を好きになるなんて思いもしなかった。
学園の王子である貴人に告白されるなんてことも――。
(ほんとビックリ……ほんと信じらんない……!)
でもこれは確かに現実のことだし、私だってきっといつかは、貴人にも諒にもきちんと自分の気持ちを伝えなければならないんだろう。
そう思ったら、ドキリと胸が鳴った。
(そしたらもう、こんなふうにみんなではいられなくなるのかな……?)
それがとてつもなく悲しいと思う私に、はたして踏んぎりをつけることなんてできるのだろうか。
(無理な気がする……)
情けなく脱力していく私の目に、その時、繭香の解答が飛びこんできた。
『うしろ向きなことを言っている時点で、永遠に言いだせないことが確定。よって確率は0パーセント』
私に対する言葉ではなく、問題に対する解答だったのに、なぜか相当こたえた。
(うっ……0パーセントって……そんな……繭香……)
諒だって少なからず私に好意を抱いているように、感じる時も無きにしも非ずなのに、確率ゼロとは手厳しい。
勝手に精神的ダメージを受けながら、私はなんとか自分の答えを書き終えた。
『がんばればなんとかなるかもしれない。たぶん……きっと……だから希望的観測も含めて、成功率18パーセント。いや……25パーセントくらいかな?(近藤琴美)』
私の手から解答の書かれた用紙を取り上げた繭香が、答えに目を通し、はあっとため息をついた。
「なんなんだこの中途半端な数字……! しかもこれ以上ない往生際の悪さ! あまりに琴美らしすぎて、情けなくなってくる……」
「ど、どういう意味よ!」
繭香相手だというのに思わず叫んでしまった私に、繭香はもう一度大きな大きなため息をついてみせた。
「言葉どおりの意味だ。……あいかわらず、どうにもならん……あとで泣くことにならんといいな」
吐き捨てるように言い残すと、クルリと私に背を向けて谷先生に用紙を提出に行った繭香と、「ハハハッ」と肩を揺すって大笑いを始めた貴人に憤慨しながら、私は佳世ちゃんの手を引いた。
「もうっ! 先に行くからね! 行こう佳世ちゃん!」
「う、うん」
腹立ち紛れに歩きだしながらも、繭香の予言じみた言葉は、実は私の心の奥にひっかかっていた。
でもまさかこのあと三ヶ月も経ってから、まざまざと思い出し、後悔に苛まれる日々が訪れることになろうとは、この時はまだ、さすがに思いもしなかった。
「早坂君の言うとおり、この問題に正答なんてないと思うんだよね。だから六人六とおり、それぞれの回答を書こう」
「「へっ?」」
思わず隣にいる諒と、まぬけな返事が重なってしまった。
それで顔を見合わせて、お互いの距離の近さに同時に赤面する。
でも今は本当は、悠長にそんなことをしている場合じゃない。
「……答えとその理由を簡潔にとは書いてあるが、六つも記入していいなんてどこにも書いてないぞ。大丈夫なんだろうな?」
棘だらけの繭香の質問に、貴人は再びニッコリと笑った。
余裕たっぷりのいつもの笑み。
しかし笑顔のまま貴人が繭香に返した言葉は、これまたいつものように傍で聞いている者にしてみたら、繭香の怒りの炎に油を注ぎこんでいるとしか思えないものだった。
「さあ? 単に俺がそう思っただけだから、保証はできないな」
ブルブルと繭香の肩が震え始める。
なぜだか繭香の睨みがまったく効かない貴人の代わりに、怒りの矛先が自分に向いてはたまらないと、私は急いで口を開いた。
「いい。大丈夫! きっと大丈夫だよ。うん。そうしよう!」
諒の手からひったくるようにして、問題用紙とシャーペンを取り上げ、答えを書きこもうとする。
そこでハタと思った。
(なんて書こう……?)
もちろんさっき諒が書こうとしたように、11パーセントと書きこむのは簡単だ。
でもそれは、計算とも言えないほどのごくごく簡単な計算によって求められた数値。
そこに『理由』なんて存在しない。
そう。
答えと共に求められている『理由』を書くためには、貴人が言うように単なる計算では答えは出ないのだ。
きっと――。
「貴人……私もひとつだけわかったような気がする……」
私の人よりちょっとだけ回転の早い頭が、超高速で働き始める。
「なに?」
どこか嬉しそうに先を促す貴人の声に従って、私はその先の言葉を続けた。
「これ、少なくとも数学の問題じゃない……たぶん……ううん、きっと。現国の文章読解問題だわ……」
「ご名答!」
貴人の鮮やかな返事と共に、全ての教科の中で唯一国語を苦手としている諒が、私の隣で「うっ!」と呻き声を上げた。
そんな諒を、私はとても気の毒に思って憐れみの目を向けた。
どちらかといえば文系の科目を得意としている私と反対に、諒は理系の科目を得意としている。
佳世ちゃんと繭香も、どちらかといえば文系。
「俺? どっちもダメだって琴美が一番よく知ってるだろ?」
あっけらかんと笑う渉は問題外として、オールマイティな貴人も別格。
よってこの問題は、諒に一番最初に答えを書かせることが決定した。
「六人六とおりってなると、前の人とは違う答えを書きたくなるのが一般的心理だから、あとになるほどたいへんかも……勝浦君、先に書いたほうがいいよ?」
さすがに佳世ちゃんの勧めには嫌な顔ができなかったらしく、諒は渋々と問題用紙の上に屈みこんだ。
「だいたいさあ……読解問題とかって、誰が答えを決めてんだよ。この時、主人公はどう思ったでしょうか、なんて……本人にしかわからないに決まってるだろ!」
ブツブツと文句を言いながら、問題文を睨みつけている諒に、貴人が笑いながら返事をする。
「確かにそうだね」
「ちゃんと計算さえすればスパッと答えが出る数学のほうが、何百倍も面白いよ! 俺は絶対そう思う!」
「うん、そうだね」
「はいはい」
貴人の返事には何も反応しなかったくせに、私のおざなりな返事はお気に召さなかったらしい。
諒がガバッとこちらをふり向いた。
「なんだよ。お前、自分が国語が得意科目だからって、バカにすんな!」
「バ、バカになんてしてないわよ!」
そこからひさしぶりに喧嘩に発展しそうだった私たちの間に、すっと繭香が割って入った。
「痴話げんかしてるヒマがあるんだったらさっさと書け……見ろ! よそのグループにどんどん置いていかれてるんだぞ!」
「………………!」
諒はサッと問題用紙に向き直り、私は口を真一文字に引き結んで、気をつけの体勢になった。
「痴話げんかなんかじゃないわよ!」の叫びは、繭香相手にだけは出せない。
絶対に。
それから、渉・繭香・佳世ちゃん・貴人と順番に答えを書きこむ間、私は直立不動の体勢で待ち続けた。
せめてこれ以上繭香を怒らせないようにと、懸命の努力だった。
(じゃあ最後に私も書こうかな。みんななんて書いたんだろ? どれどれ?)
解答を書きこむための空欄を埋め尽くすように、様々な文字で書きこまれた答えにザッと目を通し、私は感嘆した。
(確かに……同じ文章読んでこれだけ答えがあるんなら、この問題、渉や貴人や諒の言うとおり、本当の意味で正答なんてないのかも……)
ひょっとしたら、一つの事柄に対して自分なりの意見を書かせる小論文の要素も兼ねているのではないかなどと思いながら、私は僅かに残った空欄に自分の意見を書きこもうとした。
その前に内容がなるべく重ならないようにと、もう一度みんなの答えに目をとおすことは怠らない。
(それにしても……よくもまあこれだけ、個人の特徴がよく出た答えになったわね……)
思わず笑みが漏れた。
問題:
『私、谷口奈々。16歳。趣味は料理。特技は暗算。成績は中の上。見た目は十人並み。私には好きな人がいます。ずっとずっと大好きでした。でもその人を好きな子は、私の他にも八人もいます。私が両思いになれる確率はいったいどれぐらいなんでしょうか』
答え:
『そんな事は告白してみなけりゃわからない。俺はこの谷口って奴じゃないんだから……! ただ言えることは、中の下とか十人並みとか、自分を卑下するような表現は俺は好きじゃない。だから成功率10パーセント。なんとなく。(勝浦諒)』
『「その人を好きな子は、私の他にも八人もいます」とかうしろ向きなことを言っている時点で、永遠に言いだせないことが確定。よって確率は0パーセント。人は人、関係ない。自分の意気地のなさを人のせいにするな! (藤枝繭香)』
『得意の料理を活かして、彼の好きな物を作ってあげたらいいと思います。がんばり次第で確率もどんどん上がると思います……50パーセントぐらいまでは、たぶん。奈々ちゃん、がんばって! (高瀬佳世)』
『本当に好きだったら、もし一回告ってダメでも、またがんばればいい。ずっとずっと好きだったってくらい根気があるんなら、きっといつか報われると思う。だから成功率100パーセント。きっとそうだよ。(早坂渉)』
『大切なのは自分の気持ち。そして相手の気持ち。それがピタリと重なる奇跡の瞬間が、どんな二人の間にもあると思う。そのタイミングを逃さずに上手くがんばれたなら、100パーセント成功。まちがいなし!(芳村貴人)』
ダメだ。
面白すぎてニヤけた顔が直らない。
「琴美……さっさとしろ……!」
繭香の怒りの声にハッと我に返って、私は諒のシャーペンを持ち直した。
(そうだな……何パーセントぐらいだろう……?)
ここ七ヶ月ほどの間に、自分の身に起こった出来事をなぜだか思い出しながら、私はシャーペンを動かし始めた。
(恋愛に関してだけは、ほんと、予想もつかないもんね……)
七ヶ月までは、まさか自分が諒を好きになるなんて思いもしなかった。
学園の王子である貴人に告白されるなんてことも――。
(ほんとビックリ……ほんと信じらんない……!)
でもこれは確かに現実のことだし、私だってきっといつかは、貴人にも諒にもきちんと自分の気持ちを伝えなければならないんだろう。
そう思ったら、ドキリと胸が鳴った。
(そしたらもう、こんなふうにみんなではいられなくなるのかな……?)
それがとてつもなく悲しいと思う私に、はたして踏んぎりをつけることなんてできるのだろうか。
(無理な気がする……)
情けなく脱力していく私の目に、その時、繭香の解答が飛びこんできた。
『うしろ向きなことを言っている時点で、永遠に言いだせないことが確定。よって確率は0パーセント』
私に対する言葉ではなく、問題に対する解答だったのに、なぜか相当こたえた。
(うっ……0パーセントって……そんな……繭香……)
諒だって少なからず私に好意を抱いているように、感じる時も無きにしも非ずなのに、確率ゼロとは手厳しい。
勝手に精神的ダメージを受けながら、私はなんとか自分の答えを書き終えた。
『がんばればなんとかなるかもしれない。たぶん……きっと……だから希望的観測も含めて、成功率18パーセント。いや……25パーセントくらいかな?(近藤琴美)』
私の手から解答の書かれた用紙を取り上げた繭香が、答えに目を通し、はあっとため息をついた。
「なんなんだこの中途半端な数字……! しかもこれ以上ない往生際の悪さ! あまりに琴美らしすぎて、情けなくなってくる……」
「ど、どういう意味よ!」
繭香相手だというのに思わず叫んでしまった私に、繭香はもう一度大きな大きなため息をついてみせた。
「言葉どおりの意味だ。……あいかわらず、どうにもならん……あとで泣くことにならんといいな」
吐き捨てるように言い残すと、クルリと私に背を向けて谷先生に用紙を提出に行った繭香と、「ハハハッ」と肩を揺すって大笑いを始めた貴人に憤慨しながら、私は佳世ちゃんの手を引いた。
「もうっ! 先に行くからね! 行こう佳世ちゃん!」
「う、うん」
腹立ち紛れに歩きだしながらも、繭香の予言じみた言葉は、実は私の心の奥にひっかかっていた。
でもまさかこのあと三ヶ月も経ってから、まざまざと思い出し、後悔に苛まれる日々が訪れることになろうとは、この時はまだ、さすがに思いもしなかった。