「陛下ったら、玉祥様の魅力にあっという間に落ちて、鼻の下をのばしておられましたわ。でれでれとにやけた顔で胸元をのぞかれて。おじさまのお話からどんな堅物かと思っていましたけど、たいしたことないではありませんか」
「明貴、口が過ぎるぞ。どこで聞かれているかわからないのだから、後宮にいる間はおとなしくしておれ」
あわててあたりを見回して言った周尚書に、明貴は口を閉じる。
「でも、私たちのことを、ちゃんと見てくれた」
ぽつり、と素香が言った。
「あの方は、愚鈍ではない」
「そう? 結構単純そうだったけど」
素香に反論された明貴は不満そうに答えて、卓の上から小さなまんじゅうをとって口に放り込む。
「とにかく」
周尚書は、玉祥をみすえる。
「お前たちなら、陛下を籠絡することは簡単だろう。頼むぞ、玉祥」
言いながら、周尚書は明貴と素香にも視線を走らせる。
彼女たちの実家は、それぞれすでに周尚書の息がかかっていた。これで玉祥が後宮の実権を握れば、これから入ってくる妃嬪たちの家にも周尚書の影響を与えることができる。それは、輝加国内での権力の強さをも意味するのだ。
「わかってますわ。後宮内のことは私たちにお任せください」
玉祥は、嫣然と微笑んだ。
☆
秋華は、ぼんやりと一人で池の淵に立っていた。胸のあわせから小さな包みを取り出すと、じ、とそれに視線を落とす。
それは、先ほどのことだった。
-------------
「来たか」
人目をはばかるように秋華がおとずれた部屋には、周尚書と中年の女性が待っていた。
「どうだ。最近の皇后の様子は」
「特に、変わりは。ですが、疲れたとこぼすことが多くなってまいりましたので、体調を崩すのも時間の問題かと」
「そうか。陛下に怪しまれてはまずい。ことは慎重に運べ。まだ妊娠の兆候はないか」
「はい」
淡々と答える秋華に、周尚書は顔をしかめた。
「嘘をついてもすぐわかるぞ」
「本当でございます」
「早く他の妃にもお通いになればよろしいのに」
いまいましげに口を挟んだのは、尚宮として後宮を管理している李伝雲だ。冬梅の上司にあたる。
「仕事仕事ばかりで、少しは御子のことも目を向けて欲しいものですわ」
「まだ皇后が珍しいのだろう。神族の娘という事で、気を使っているのかもしれない」
「そんな必要ありませんのに。万が一これで皇子を授からなければ、輝加国の未来に関わります」
「なに、すぐに飽きよう。そろえたのはいずれも美妃と評判の娘ばかりだ。若い皇帝が放っておくものか」
うつむいたまま、秋華はその会話を聞いていた。
「秋華、これを」
名を呼ばれて、秋華は顔をあげる。秋華の差し出した手に小袋を渡しながら、周尚書は渋い顔つきになった。
「そろそろ一ヶ月になるか。何かしらの症状がでても良い頃なのだが……」
「ずいぶん元気な皇后ゆえ、効きが弱いのかもしれません。なにしろ、毒を飲んだと本人やまわりに気づかれては元も子もないですから。ですが、確かにもう少し反応が欲しいところですわね。今までより多めに混ぜなさい、秋華」
「はい」
覇気のないその声に、伝雲が眉をひそめた。
「お前、ちゃんと皇后の食事にこれを混ぜているだろうね?」
「もちろんでございます」
受け取った小袋をぎゅ、と握りしめて秋華は答えた。その様子に、周尚書は不敵な笑みを浮かべる。
「仲間だった娘を裏切るのがつらいか?」
「いいえ」
暗い目をして、秋華は笑んだ。
「おそれながら璃鈴様はまだすべてに幼く、この国を任せられるような妃にはございません。私の方が、ずっと皇后にふさわしい。かならずやあの娘を弑して、私が皇后の座についてみせましょう」
「明貴、口が過ぎるぞ。どこで聞かれているかわからないのだから、後宮にいる間はおとなしくしておれ」
あわててあたりを見回して言った周尚書に、明貴は口を閉じる。
「でも、私たちのことを、ちゃんと見てくれた」
ぽつり、と素香が言った。
「あの方は、愚鈍ではない」
「そう? 結構単純そうだったけど」
素香に反論された明貴は不満そうに答えて、卓の上から小さなまんじゅうをとって口に放り込む。
「とにかく」
周尚書は、玉祥をみすえる。
「お前たちなら、陛下を籠絡することは簡単だろう。頼むぞ、玉祥」
言いながら、周尚書は明貴と素香にも視線を走らせる。
彼女たちの実家は、それぞれすでに周尚書の息がかかっていた。これで玉祥が後宮の実権を握れば、これから入ってくる妃嬪たちの家にも周尚書の影響を与えることができる。それは、輝加国内での権力の強さをも意味するのだ。
「わかってますわ。後宮内のことは私たちにお任せください」
玉祥は、嫣然と微笑んだ。
☆
秋華は、ぼんやりと一人で池の淵に立っていた。胸のあわせから小さな包みを取り出すと、じ、とそれに視線を落とす。
それは、先ほどのことだった。
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「来たか」
人目をはばかるように秋華がおとずれた部屋には、周尚書と中年の女性が待っていた。
「どうだ。最近の皇后の様子は」
「特に、変わりは。ですが、疲れたとこぼすことが多くなってまいりましたので、体調を崩すのも時間の問題かと」
「そうか。陛下に怪しまれてはまずい。ことは慎重に運べ。まだ妊娠の兆候はないか」
「はい」
淡々と答える秋華に、周尚書は顔をしかめた。
「嘘をついてもすぐわかるぞ」
「本当でございます」
「早く他の妃にもお通いになればよろしいのに」
いまいましげに口を挟んだのは、尚宮として後宮を管理している李伝雲だ。冬梅の上司にあたる。
「仕事仕事ばかりで、少しは御子のことも目を向けて欲しいものですわ」
「まだ皇后が珍しいのだろう。神族の娘という事で、気を使っているのかもしれない」
「そんな必要ありませんのに。万が一これで皇子を授からなければ、輝加国の未来に関わります」
「なに、すぐに飽きよう。そろえたのはいずれも美妃と評判の娘ばかりだ。若い皇帝が放っておくものか」
うつむいたまま、秋華はその会話を聞いていた。
「秋華、これを」
名を呼ばれて、秋華は顔をあげる。秋華の差し出した手に小袋を渡しながら、周尚書は渋い顔つきになった。
「そろそろ一ヶ月になるか。何かしらの症状がでても良い頃なのだが……」
「ずいぶん元気な皇后ゆえ、効きが弱いのかもしれません。なにしろ、毒を飲んだと本人やまわりに気づかれては元も子もないですから。ですが、確かにもう少し反応が欲しいところですわね。今までより多めに混ぜなさい、秋華」
「はい」
覇気のないその声に、伝雲が眉をひそめた。
「お前、ちゃんと皇后の食事にこれを混ぜているだろうね?」
「もちろんでございます」
受け取った小袋をぎゅ、と握りしめて秋華は答えた。その様子に、周尚書は不敵な笑みを浮かべる。
「仲間だった娘を裏切るのがつらいか?」
「いいえ」
暗い目をして、秋華は笑んだ。
「おそれながら璃鈴様はまだすべてに幼く、この国を任せられるような妃にはございません。私の方が、ずっと皇后にふさわしい。かならずやあの娘を弑して、私が皇后の座についてみせましょう」