「今日からは、璃鈴も正式に皇后候補になるのよ。今までの雨の巫女としての務めに加えて、これからは皇帝の妻としての教育も追加されるんだから、いつまでも子供ではいられないわ」
「面倒くさい時期に大人になっちゃったわね、私たち」
思い切り顔をしかめて言いながら、璃鈴は上衣をまとめておいたひもをほどく。淡い草染めの袖がはらりと広がった。
二人がいるのは、小さい里だった。里の中心となるのは、大きな神楽を持つ神殿で、璃鈴や秋華を含む数人の巫女がここで暮らしている。他には、世話をする使用人たちの住む長屋が一つと日々の糧を得るための畑があるだけの、穏やかでのんびりとした時間の流れる里だった。
「皇后なんて、英麗とか瑞華とかがなればいいんだわ。美人だし頭もいいし。あ、でも、秋華が皇后になっちゃったら寂しいな。どっちにしても、私には関係ないわよ」
璃鈴の鼻の頭についた泥を秋華が少し乱暴に払い落とすと、二人は並んで歩き出した。
「心配しなくても、選ばれるならきっとお姉さまたちでしょうね。だいたい陛下だって、璃鈴みたいな子ザルを選ぶほどお目は悪くないと思うわよ?」
からかうように言った秋華に、璃鈴は頬を膨らませる。
「わかんないわよ? あと数年もすれば、私だって絶世の美女に成長するかもしれないじゃない」
「泥だらけの絶世の美女?」
目を合わせた二人は、同時に笑い出した。
「さ、そろそろお昼にするわ。今夜は璃鈴の誕生日のお祝いだから少し早めに……あら」
言葉の途中で秋華が何かに気づいたように視線をあげた。その視線を追って振り向いた璃鈴は、見慣れないきらびやかな馬車やいかめしい馬に乗った軍人たちが里に向かう坂を上がってくるのを目にした。
この里は深い山の中に隠れるように存在している。背後には人も通れないような岸壁、そして片側は深い谷、その反対側には堅固な大きい門がある。この里へ入るにはその門を通るしかないが、その門に通じる道を、その行列は上がってきていた。
「なにかしら」
その門を通るのは、通常は決まった人間だけだ。ここは、誰でもが気軽に入れるような里ではない。普段とは違うその様子を見て、秋華は不安げに眉をひそめる。
「わあ、綺麗。ねえねえ、あの馬車、誰が乗っているのかしら。きっと、都の偉い人よ。この里では、あんなきらびやかな馬車、見たことないもの。一体、どんなご用事なのかしら」
秋華の様子とは対照的に、璃鈴は初めて見るその光景を興味深く見つめた。
以前、皇帝が来た時にも同じような一行が来たのだろうが、巫女たちは舞の時しか姿を見せてはならないと言われてずっと神殿に籠っていたのだ。だからその時にどんな馬車が来たのかは知らないが、きっと同じようにきらびやかだったに違いにない。璃鈴はそう思った。
わくわくと胸を躍らせている璃鈴を見て、秋華の不安がわずかにやわらぐ。
秋華は、身を乗り出して行列を眺める璃鈴の背を押した。
「わからないけれど……戻りましょう。きっと何かあったんだわ」
「面倒くさい時期に大人になっちゃったわね、私たち」
思い切り顔をしかめて言いながら、璃鈴は上衣をまとめておいたひもをほどく。淡い草染めの袖がはらりと広がった。
二人がいるのは、小さい里だった。里の中心となるのは、大きな神楽を持つ神殿で、璃鈴や秋華を含む数人の巫女がここで暮らしている。他には、世話をする使用人たちの住む長屋が一つと日々の糧を得るための畑があるだけの、穏やかでのんびりとした時間の流れる里だった。
「皇后なんて、英麗とか瑞華とかがなればいいんだわ。美人だし頭もいいし。あ、でも、秋華が皇后になっちゃったら寂しいな。どっちにしても、私には関係ないわよ」
璃鈴の鼻の頭についた泥を秋華が少し乱暴に払い落とすと、二人は並んで歩き出した。
「心配しなくても、選ばれるならきっとお姉さまたちでしょうね。だいたい陛下だって、璃鈴みたいな子ザルを選ぶほどお目は悪くないと思うわよ?」
からかうように言った秋華に、璃鈴は頬を膨らませる。
「わかんないわよ? あと数年もすれば、私だって絶世の美女に成長するかもしれないじゃない」
「泥だらけの絶世の美女?」
目を合わせた二人は、同時に笑い出した。
「さ、そろそろお昼にするわ。今夜は璃鈴の誕生日のお祝いだから少し早めに……あら」
言葉の途中で秋華が何かに気づいたように視線をあげた。その視線を追って振り向いた璃鈴は、見慣れないきらびやかな馬車やいかめしい馬に乗った軍人たちが里に向かう坂を上がってくるのを目にした。
この里は深い山の中に隠れるように存在している。背後には人も通れないような岸壁、そして片側は深い谷、その反対側には堅固な大きい門がある。この里へ入るにはその門を通るしかないが、その門に通じる道を、その行列は上がってきていた。
「なにかしら」
その門を通るのは、通常は決まった人間だけだ。ここは、誰でもが気軽に入れるような里ではない。普段とは違うその様子を見て、秋華は不安げに眉をひそめる。
「わあ、綺麗。ねえねえ、あの馬車、誰が乗っているのかしら。きっと、都の偉い人よ。この里では、あんなきらびやかな馬車、見たことないもの。一体、どんなご用事なのかしら」
秋華の様子とは対照的に、璃鈴は初めて見るその光景を興味深く見つめた。
以前、皇帝が来た時にも同じような一行が来たのだろうが、巫女たちは舞の時しか姿を見せてはならないと言われてずっと神殿に籠っていたのだ。だからその時にどんな馬車が来たのかは知らないが、きっと同じようにきらびやかだったに違いにない。璃鈴はそう思った。
わくわくと胸を躍らせている璃鈴を見て、秋華の不安がわずかにやわらぐ。
秋華は、身を乗り出して行列を眺める璃鈴の背を押した。
「わからないけれど……戻りましょう。きっと何かあったんだわ」