次の朝、目覚めた璃鈴は、自分が寝台に横になっていることに気がついた。


「璃鈴様、お目覚めになりましたか?」

 ちょうど起こしにきたらしい秋華が声をかける。まだ夜も明けきらぬ時刻で、あたりは薄暗かった。

 褥の上に座ったままぼーっとしている璃鈴に、秋華は笑顔をむけた。

「お疲れでしょうけれど、そろそろお起きになってください。日が昇ってしまいます」

「……ああ、そうね。寝坊するところだったわ」

 雨ごいの舞は、少なくとも三日は続く。その間に雨が降らなければ、時間を短くして降るまで毎日続ける習慣だ。


「こちらの女官たちも、璃鈴様の舞を一目見たいと騒いでおりましたわ。昨日は、あちらこちらから舞台をのぞこうとして、冬梅様に怒られておりました。先代の巫女が舞を舞う時も同じような景色が見られたとか。みな気になるのでしょうね」

 先代の巫女は、龍宗の母親だ。彼女が亡くなってから、もう十年以上になる。


「……そう」

 くすくすと笑う秋華に、璃鈴はまだぼんやりと答えた。


 里にいた時も、こうやって雨ごいの舞を続けた。けれどなぜか今朝は、褥から離れがたい気持ちが残っている。眠いわけでもなく、むしろよく眠ったようで気分はすっきりとしているのに、その褥のぬくもりが気持ちいいのだ。

「すぐにお食事をお持ちしますね」

「お願いするわ」

 言われて、璃鈴は自分がかなりの空腹状態である事に気がついた。夕べは夕飯を食べる時からすでに夢うつつで、まともに食べた記憶がない。


「陛下も、もう出勤なさいましたよ」

「え! 龍宗様がいらっしゃっていたの?!」

「あら、お気づきになってなかったのですか?」

 ぐっすりと眠っていた璃鈴には、まったくわからなかった。けれど秋華にそう聞いて、璃鈴はその褥のぬくもりの愛しさの理由を知った。

(そう。龍宗様が……)


「私、なにか失礼をしてなかったかしら」

 急にそわそわとし始めた璃鈴に、秋華は笑みを返す。

「どちらかと言えば、とてもご機嫌がよろしいようにみえましたけれど」

「そう? それならよいのだけど……」

「それより璃鈴様、ごらんください」

 朝餉の用意を終えた秋華が、窓にかかっていた幕をひく。すると、外の景色が見えた。


「まあ」

 まだ日が昇る前の暗い空は、それでも雲で覆われていることがわかった。

「さすが巫女様、と宮中でも評判のようです」

「でも、まだ雨は降っていないのね」

「ええ。でもこれだけ曇っているのですもの、きっとすぐに雨がきますわ」

「そう……」

 嬉しそうな秋華と反対に、璃鈴の表情は晴れない。


「璃鈴様?」

「ん……なんでもないわ。急いで食事を終わらせて仕度しないと」

「はい」

 結局その日は、曇っただけで雨が降ることはなかった。


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