「なに、他に妃をいれる手はずはすでに整っている。近いうちに、この後宮にもあんな子供ではなく見目麗しい妃がそろうことだろう」
どうもその内容が璃鈴の事を話していると気づいた秋華は、気配を殺してその話に耳を傾ける。
「ようやくですね。本来なら、皇帝がご即位する折には大勢の妃嬪をそろえて華やかに陛下をお迎えするはずだったのに……なにより、皇太子がいない今、御子に関する問題を陛下は甘く考えすぎです」
それは、確かに輝加国が抱える大きな問題の一つだった。
今の輝加国には、皇太子がいない。
二十年ほど前のことだ。今の皇帝がまだ皇太子だったころに、後宮内で毒殺騒ぎがあった。
数人の妃が手を組んで、皇后とその子どもたちの殺害を企てたのだ。幸い幼い龍宗に害は及ばなかったが、生まれたばかりの龍宗の弟が亡くなり、皇后にも重い後遺症を残した。激しく怒った皇帝は当該の妃たちを死罪。皇后をのぞいた残りの妃嬪も身一つですべて後宮追放にした。
その後、新しく妃嬪は増えたが皇帝が通うことはなく、龍宗以外の皇帝の子が産まれることもなかった。
「そうだな。去年は皇帝に即位したばかりでまずは国を落ち着けてから、と言われ、神族の巫女すら娶らないのに他の妃嬪を入れろ、とは言えなかった。あれから一年待ったのだ。これから新しい妃がそろえば、陛下の目も自然とそちらに向くことだろう。陛下とて立派な男だ。あんな子供のような妃では、物足りないだろうからな」
「あの娘」
忌々しそうな女性の声がする。
「神族の皇后という事を鼻にかけて、全く生意気なこと。やはり、あのままにしておくのは、陛下のためにもよろしくないのでは」
「やはり、妃の件と同時に例の件も進めるべきだな。ふさわしい女官の目星をつけておけ」
「かしこまりましたわ」
は、と秋華が気づいた時には遅く、いきなり目の前の扉が開いた。身を隠すこともできず、秋華は出てきた男と顔を合わせてしまう。
恰幅の良い中年の男だった。服装からして官吏だろう。向こうもそこに人がいるとは思わなかったのか、ぎょっとして足を止めた。
「お前は……」
何かを言われる前に、秋華は頭を下げてその前を通り過ぎようとした。その手を、男がつかむ。
「聞いていたな」
「いいえ。何も」
目をそらして秋華は言った。嘘とはすぐにわかるだろう。だからといって話の内容を考えれば、聞いていたなどと正直に答えることもできない。
「お前は確か、皇后の侍女であったな。名は」
「……秋華と申します」
秋華はすでに雨の巫女ではないが、特殊な事情のためにやはり姓を持たない。
「ふむ。『次の巫女』か」
言われて、秋華は思わず男を振り向いていた。その言葉を知っているとなれば、かなりの高官に違いない。ただ、だからと言ってこんな風にあからさまに口にしてはならない言葉だ。男は、にやりとその顔に笑みを浮かべる。
「ちょうどいい。少し、お前と話がしたい」
「私は……」
「なに、たいしたことではない。お前にも悪い話ではないぞ」
掴まれた腕の力は強く、秋華では振りほどけない。そうして秋華は、その部屋へと無理やりに連れ込まれてしまった。
☆
夜になると、飛燕が約束した通り龍宗がやってきた。
「お疲れ様でございました」
今日も龍宗の顔には、疲労の色が濃くのっている。
議会などが始まれば、龍宗は自分の部屋にすら戻ってこないことがしょっちゅうあるらしい。秋華が女官から聞いたと話してくれていた。
どうもその内容が璃鈴の事を話していると気づいた秋華は、気配を殺してその話に耳を傾ける。
「ようやくですね。本来なら、皇帝がご即位する折には大勢の妃嬪をそろえて華やかに陛下をお迎えするはずだったのに……なにより、皇太子がいない今、御子に関する問題を陛下は甘く考えすぎです」
それは、確かに輝加国が抱える大きな問題の一つだった。
今の輝加国には、皇太子がいない。
二十年ほど前のことだ。今の皇帝がまだ皇太子だったころに、後宮内で毒殺騒ぎがあった。
数人の妃が手を組んで、皇后とその子どもたちの殺害を企てたのだ。幸い幼い龍宗に害は及ばなかったが、生まれたばかりの龍宗の弟が亡くなり、皇后にも重い後遺症を残した。激しく怒った皇帝は当該の妃たちを死罪。皇后をのぞいた残りの妃嬪も身一つですべて後宮追放にした。
その後、新しく妃嬪は増えたが皇帝が通うことはなく、龍宗以外の皇帝の子が産まれることもなかった。
「そうだな。去年は皇帝に即位したばかりでまずは国を落ち着けてから、と言われ、神族の巫女すら娶らないのに他の妃嬪を入れろ、とは言えなかった。あれから一年待ったのだ。これから新しい妃がそろえば、陛下の目も自然とそちらに向くことだろう。陛下とて立派な男だ。あんな子供のような妃では、物足りないだろうからな」
「あの娘」
忌々しそうな女性の声がする。
「神族の皇后という事を鼻にかけて、全く生意気なこと。やはり、あのままにしておくのは、陛下のためにもよろしくないのでは」
「やはり、妃の件と同時に例の件も進めるべきだな。ふさわしい女官の目星をつけておけ」
「かしこまりましたわ」
は、と秋華が気づいた時には遅く、いきなり目の前の扉が開いた。身を隠すこともできず、秋華は出てきた男と顔を合わせてしまう。
恰幅の良い中年の男だった。服装からして官吏だろう。向こうもそこに人がいるとは思わなかったのか、ぎょっとして足を止めた。
「お前は……」
何かを言われる前に、秋華は頭を下げてその前を通り過ぎようとした。その手を、男がつかむ。
「聞いていたな」
「いいえ。何も」
目をそらして秋華は言った。嘘とはすぐにわかるだろう。だからといって話の内容を考えれば、聞いていたなどと正直に答えることもできない。
「お前は確か、皇后の侍女であったな。名は」
「……秋華と申します」
秋華はすでに雨の巫女ではないが、特殊な事情のためにやはり姓を持たない。
「ふむ。『次の巫女』か」
言われて、秋華は思わず男を振り向いていた。その言葉を知っているとなれば、かなりの高官に違いない。ただ、だからと言ってこんな風にあからさまに口にしてはならない言葉だ。男は、にやりとその顔に笑みを浮かべる。
「ちょうどいい。少し、お前と話がしたい」
「私は……」
「なに、たいしたことではない。お前にも悪い話ではないぞ」
掴まれた腕の力は強く、秋華では振りほどけない。そうして秋華は、その部屋へと無理やりに連れ込まれてしまった。
☆
夜になると、飛燕が約束した通り龍宗がやってきた。
「お疲れ様でございました」
今日も龍宗の顔には、疲労の色が濃くのっている。
議会などが始まれば、龍宗は自分の部屋にすら戻ってこないことがしょっちゅうあるらしい。秋華が女官から聞いたと話してくれていた。