組手も終わり、馬の調子を見た。
 十分な休息は取れたようで疲労は取れている。
 ちなみにリルはすでに俺の中にいたりする。
 馬がリルを見て暴れだすので、どこか寂しそうにリルは俺の中に入った。

「そうしている所を見ると確かに調教師ですよね」
「何いきなり失礼な事を言ってんだアリス。俺は本職調教師だっての」
「だって今まで戦ったり、策を練ったりしているところばっかり見てたので本当に調教師かずっと疑問でしたから」
 それを言われちゃ反論できないが、本職は調教師なんだよ。

「リュウさんは自分を鍛えてばっかりでリルちゃん達を強くしたいとか思ったりはしないんですか?」
「う~ん。皆世話になった人から預かったりしてたから考えた事なかったな」
 他にもリルとかティアマトさんとか鍛えても強くなるのか疑問だし。
 あ、でもカリンとかオウカなら強くなるか?まだまだ子供ってのもあるし種族としてもかなりの才能はあると思う。
 ただ問題はこいつら強くなる気があるかってところなんだよな。
 しばらく黙って考えているとアリスはどこかに行ってしまった。

「なぁカリン、オウカ達は強くなりたいって思うことあるのか?」
 つい聞いてしまった。
 どちらも翼を広げて空中鬼ごっこをしている時に聞いてみた。

『私は強くなりたいよ。パパの隣に立つに恥ずかしくないようにね。オウカちゃんは?』
『私も最近は強くなりたいと思ってたところなのだ。何かいい修行方法があるのか?』
 意外な事に二人とも乗り気だった。
 二人とも戻って俺の肩に止まる。
 二人が乗り気なら検討してみるか。

 いきなりハードな、具体的にはティアマトさんのような徹底した管理修業は俺には出来ないし知識もない。
 となるとオーソドックスな体に負担をかけるタイプに修業がいいか。
 ……そう言えばダハーカが復活しかけてる事で魔術に関する知識が一部読み取れるようになったんだよね。
 付加術の応用で相手に負荷をかける魔術もあったしそれを使ってみるか。

「『呪術《カース》』」
『え?』
『おお!?』
 相手の身体能力を制限する呪術。
 この状態で修業した場合はどうなるのだろうか?

「しばらくその状態で遊んできな。また旅をするときに解呪しておくから思いっきり遊んで来い」
『はーい』
『分かったのだ』
 そういってまた空中鬼ごっこを始めるが最初に比べてやはり遅い。
 術そのものはきちんと効果を示しているがこれで鍛え上げることができるかはまた謎だ。

「オウカ様達を鍛えるおつもりで?」
「アオイさん。はい、本人達が乗り気だったので考えてみようかと」
「で、今回はどんな修行内容で?」
「魔術耐性と負荷による筋トレのつもりです」
「カリン様も我々ドラゴンも魔術耐性は高いのですよ。効くのは精々上位魔術からです」
「あっちゃぁ。しくじったか」
 確かにカリンもオウカも魔術耐性は高い。
 カリンは魔術を焼くし、オウカは魔術を弾く。
 確かにこれ以上鍛えても意味がない。
 今の呪術が効いたのは二人が受け入れたからだし。

「リュウ様、ドラゴンの修練は実戦形式にも理由があります。それはほぼ生物として究極に近いからです。魔術や剣を弾く鱗に全てを切り裂く爪、病に罹らぬ身体、老いはしますが寿命が尽きる事はなく、健康を維持することができます。そんなドラゴンに足りないものは経験のみです」
「経験?」
「はい。これだけはどんな才があろうとも意味がありません。リュウ様も経験済みでしょう、オウカがいい例です」
 確かにオウカと初めて会った時は俺が一方的に殴れた。
 ダメージ云々は置いておいてオウカはまるで相手にならなかった。

「それが経験不足です。他にも『魔王』を名乗る存在は複数いますが皆我々と似たものです。敵を屠る力を持ち、病に罹らぬ身体、ほぼ終わる事のない寿命。あえて言うなら究極の生物の一つに数えられるのが『魔王』なのでしょう」
「究極の生物ね。だからひたすら実戦経験を積めって事か」
「そうなります。フェンリルもほぼ魔術を受け付けませんよ」
 となると俺が魔王になるのは遠い話かもね。
 まだきちんと考えた事ないけど。

「とにかく修業は実戦方式が一番って事ね。ありがとティアマトさん、実戦を前提において考えてみるよ」
「その方がよろしいかと」
 少し寂しそうに言うティアマトさん。
 やっぱり名前で呼んでほしいのか。

「後ティアマトさん。これからもフリーの時もアオイさんって呼んでもいい?」
「……私はリュウ様の従者ですので呼び捨てでどうぞ」
「分かったアオイ」
 そう呼ぶと心なしか顔が赤くなった気がするアオイ。
 やっぱり女って名前で呼ばれるのが好きなのか?

「そろそろ行きますよ」
「それじゃ行こうかアオイ」
「はい、リュウ様」
 カリン達に掛けた呪術を解呪して俺の中に入った後、また旅が始まった。
 俺達が動いたのに合わせて隊長さんも動き出した。
 ここまでは順調だがどうなることやら。

 ダイナミックに動く馬車の中、軽い敵対する気配を感じた。
 いや、これは敵対じゃなくて腹空かした魔物か。
 俺は軽く気配を送って脅すと強者がいることに気が付いたのか襲わない。
 マークさんとアリスは全く気が付かずなんて事のないように馬車を走らせる。
 ただ問題は後から起こった。

「あ、隊長が魔物に襲われてる‼」
「え、マジで」
 その魔物は狙いを俺達から隊長さんに変えて襲って来たようだ。

「勇者パーティーの一人ならあのぐらい問題ないだろ?」
 出てきたのは大森林の浅い所に住んでいるでっかい猫だ。
 ほぼただでっかくなった猫と変わんないあいつは大森林では弱者に入る。

「リュウさん、どんな魔物か分かりますか?」
「猫だよ猫。二、三メートルぐらいの猫だよ」
「猫じゃないですよ‼あれは『大森林虎《フォレストタイガー》』!確かに大森林じゃ弱い方ですけど人間から見れば十分強敵ですよ!」
「マジで?オーク食って生きてるような猫が?」
「確かフォレストタイガーは毛皮の価値が高かったはず、倒していただけませんか?」
「嫌だよ。食えない相手を狩る価値なんかねーよ」
「ならせめて追い払ってください!隊長は直接戦闘は苦手なんです!」
 マークさんは変わらず猫を商品として見てるし、アリスは知人のピンチで慌ててる。
 なら俺にも一つ考えがある。

「アリス、隊長さんと連絡取れるか?流石にもう少し近づかせないと追っ払えない。マークさんは残念ですが毛皮は諦めて下さい。食う気ないんで」
「分かりました!」
「残念です」
 俺は馬車から降りて隊長さんが来るのを待つ。
 少しだけ気配を消し、猫がこっち来るようにする。
 少し待つと土煙を上げながら馬に乗った隊長さんと猫が来た。

「あんた早く逃げろ!」
 隊長さんが俺に言うが俺にとってこんなのただのでっかい猫なんだよ。
 隊長さんはそのまま走り抜けたのを確認して俺は猫に『覇気』を送った。

 猫は俺の覇気に当てられて急停止して森に逃げ帰った。
 まさに尻尾を巻いて逃げるとはこの事。
 隊長さんは少し離れた所で呆然としている。

「おっさん大丈夫か?」
「あ、ああ助かった。あんたは一体?」
「俺はリュウ、ただの調教師だ。そう言うおっさんは?」
「俺はゲン、旅人だ。それにしてもあんた強いのな、まさか威圧だけで追っ払うとは」
 正確に言うなら覇気だけど指摘しなくてもいいか。

「別に、それよりこっち来いよ。また魔物が来たら面倒だ」
「良いのか?」
 隊長さんは遠慮するように言うがどうせ監視されるのは決まってるだろうし、近くでも遠くでも同じ事だ。

「一応商人の護衛中だから雇い主に聞いてからになるだろうが多分大丈夫じゃないかな?」
「……恩に着る」
 旅の仲間一名増えました。