北の火山地帯、そこに魔王が居る。
 魔王はただじっと力を溜めながら必死にあるものを探す。
 探しているのは自身が産んだ卵だ。
 少し前にどこかの人間に盗まれてから配下の鳥達を使い探している。

 盗んだ人間はすぐに見つかり己の力で焼いたが卵だけは変わらず行方不明だった。
 焼いた人間の周囲を探したが卵は見つからず途方に暮れていたが配下の者が卵の殻のみを発見した。
 卵を食らうたぐいの魔物や獣に襲われた形跡はないと配下は言う。
 魔王はすぐに卵の殻が発見されたとある山に急行したが雛は見つからない。
 ただし力の残滓の様なものだけは感じ取れたが結局雛は見つからなかった。

 さらにしばらくして現在。
 魔王は瞳に確かな怒りを表しながら至るべき時を待つ。
 同種の雌達も魔王を鎮めようとしたが結果変わる事はない。
 普段は様々な鳥類が居る山には今では雛探しのために閑散としている。
 今か今かと待ち望んでいるとき、自身の前に配下の鴉が一羽現れた。

「申し上げますクイーン。クイーンの娘と思われる方を見つけました!」
「それは本当か!?」
 クイーンと呼ばれた魔王は鴉を睨み付ける。
 自身に向いた怒りではないがその瞳を向けられるだけで鴉は固まる。
 しかし何も言わなければ焼かれるのは自身であるため鴉は答えた。

「クイーンの娘と思われる方は極東におります!しかしその周りにはドラゴンや狼、そして人間がおりました!」
「極東だと?なぜあの辺鄙な場所に向かう、なぜ私の下ではない!」
「そ、それは不明ですがおそらく人間が原因かと」
「人間?まさか私の子を利用する気では!?」
 クイーンはようやく見つかった己の子の安否ばかりで鴉の話をほとんど聞いていない。
 そこに魔王と同種の鳥が一羽舞い降りた。

「姉さま。まずは鴉の話を聞きましょう」
「そうだな妹よ。それで娘はどうなっていた?」
「は。王女様はすでに肉体のみは成体へと進化しておりました」
「成体だと?それはあまりにも早すぎる」
 女王の種族は最低でも百年、火山から得られる熱を魔力に変えなければ美しき羽をもつ成体になる事はない。しかし娘を見た者の証言ではすでに人間体に姿を変えられる程の魔力、そして美しい姿であったというらしい。
 その話に魔王は首をかしげる。

「私の娘ならまだ可愛らしい雛のはず。別な同種か?」
「しかしその方の翼と羽はクイーンのものと変わらぬ美しさであったと聞いております」
「姉さま、これは一度慎重に調べた方がよろしいのでは?」
「問題ない。その見た者を連れてこい」
 その命令で鴉は見た者を連れに羽ばたく。
 魔王の妹は鴉の羽を焼きながら魔王に聞く。

「ただのはぐれが産んだ子でしょうか?」
「すぐに分かる」
 魔王はそわそわと期待する。
 元々魔王の種族は人間から最強の一角と言われるほどの力を持つ代わりに出生率がとても低い。
 なので生まれた雛は種の宝と言われている。
 そして鴉は娘を見たというほぼ野生の鳥と変わらない魔物を連れてきた。
 魔王は鳥の記憶をたどり、ついに娘を見付けた。

「…………見付けた。ようやく見付けたぞ‼私の子に間違いない‼」
 魔王は巨大な翼を広げ、飛び出す。

「お待ちください姉さま!極東には不可侵の条約が‼」
「それは暴れるなと言うだけの事!私はただ娘の迎えに行くだけの事!条約には違反していない!」
 そう言って山から飛び出してしまった魔王。
 慌てて魔王の配下である、同種に妹は告げる。

「姉さまが飛び出しました。配下の者を急遽山に呼び戻しなさい、そしてこの山を護りなさい」
「承知しました」
 配下がそう言ったのを確認した後、妹も魔王を追いかける。
 魔王の娘を見つけるという任務は終わりを告げたが代わりに魔王が不在になるという問題に振り回されるのはいつも配下である。


 同刻、南の草原にて一体の魔王候補がつまらなそうに過ごしている。
 ごく数百年の間に魔王候補になったこの若い魔王は毎日玉座に座っている。

「魔王候補様、次はこの書類にサインを」
「はいはい」
 自身より年を重ねた配下に縛り続けられて早数年、慣れる事もなく仕方なく仕事を続ける。
 やるのは親から引き継いだ王としての仕事。
 ある程度は教育されていたがまだまだ若いせいか遊び足りないと子供の様な事をよく言う。
 魔王候補になる程の実力はあっても頭の中は人間でいう二十歳程である。

「なぁ狐。いつになったら終わるんだこの仕事」
「一生終わりませんよ。はい次の書類です」
「ああ、喧嘩したい。交尾したい~」
 この時期、この若い魔王候補はまだ発情期を完全にコントロールしきれていない。
 若い人間のようにそう言った事に興味尽きないしそれがダメだと言うと今度は喧嘩させろと言う。
 まさかこの若者が魔王に推薦されるとは思ってもみなかったし、古き魔王から魔王候補と言われるだけの実力はあっても狐からすればまだまだ子供、肉体は生体になっても心がまだ幼過ぎると狐は常日頃から感じていた。

「なぁ狐、どうせこれって全部お前がしてる事ばっかりなんだろ?ならお前が良いって言えばそれでいいじゃん」
「お言葉ですが、魔王候補様が確認なさったと言う事実だけが必要なのです」
「やっぱり俺要らねぇじゃん!」
 狐は確かに計算高いしほぼ実権を握っているが別にこの国を乗っ取りたいという気持ちはない。
 狐にとっては先代の王妃への恩返しのつもりなのだから。

「失礼します。緊急事態です!」
「何がありました?」
「北の魔王が急遽極東に向かって飛び出しました!」
「極東にですか?」
 駆け込んできた豹の獣人兵士と狐の話に何時も魔王候補は入れない、と言うか入っていけない。

「しかしあそこには不可侵条約が」
「魔王の妹君より連絡!どうやらはぐれた同族を迎えに行くだけなのでこちらに攻撃する気はないと連絡がありました!」
 今度は馬の獣人兵士が続いてきた連絡を耳にする。
 狐はすぐさま思考を始める。
 なぜこのタイミングで魔王が動き出したのか、なぜ妹が連絡してきたのか。
 自身の頭の中で考えを纏め、行動に移す。

「おそらくこちらに攻めてくる事はないでしょう。しかし偵察は私と王子で行きます」
「何と‼秘書殿自ら!」
「おやめください‼秘書殿が居なければ誰がこの国を護るのです!」
 この言葉お聞いていた魔王候補はさらに不貞腐れる。
 王子兼魔王候補の自分より狐の方がちやほやされているのが気に入らなかった。

「しかしこれは王子の教育に必要な事です。それに無茶は致しません」
「しかし何かあった時には」
「ええい煩いぞ!そんなに心配なら俺が護ってやる!それでも不安なら俺より強い戦士を連れて来い!」
 その魔王候補の言葉に戦士達は何も言えなかった。
 実力では魔王候補と呼ばれる王子より単純な力で強い者はこの国には居ない。
 兵士達が何も言えないのを確認してから魔王候補は支度をする。
 たとえ向こうに戦意はなくとも気紛れの一撃で死ぬ者の方が圧倒的に多いのだからただ出かける用意と言うよりは戦支度の様に見える。

「よろしいですか王子」
「早速行こうか」
 そう言って狐と魔王候補は草原を駆ける。

「自分で言っておいてなんですが本当によろしかったのですか?」
「構わん。部屋で籠って書類と向き合うよりこの方が性に合っている」
「左様ですか」
「それに……まぁあれだ。姉を一人行かせたら父と母が怒りそうだったからな」
 狐はそれを聞いて素直じゃないなと思いながら二匹並んで極東を目指す。