午前のダハーカによる修行は終わった。
 結局防御の一点張りで耐えきっただけだった。
 ダハーカの攻撃に合わせて魔術を当てろとか無理。
 魔術を習ったばかりでいきなり二桁の魔術なんか出せる訳がないだろ。

「リュウ様こちらをどうぞ」
「ありがとアオイ」
 アオイから渡された水筒の水を一気に飲む。
 獣状態のリルやカリン達が体を擦り付ける様にして労わってくれる。
 癒されるわ~。
 しかしその光景を見てティアがまた黒いオーラを出してくるのでマリアさんとグランさんが脅えている。
 もうどうしたらいいんだろう?

「リュウ様、簡単にですが昼食をお持ちしました。ダハーカの分もあります」
「ん、すまない」
 アオイが持って来てくれたサンドイッチを少しずつ腹に入れる。
 その間ティアの修行を見ていたがとてもきれいな剣筋だった。
 俺のような勝てばいい剣術ではなく、きちんとした騎士の剣だ。
 てか俺の周りに剣を教えてくれる人なんていないんだけどね。
 皆武器よりも強い爪や牙があるから必要ないんだよな。

「どうしたリュウ、勇者をじっと見て」
「いや、俺もきちんとした剣術を学んだ方がいいのかなぁと、思ってさ」
「そうか?あのような型の決まった動きでは簡単に読まれる気がするが」
「でも相手を効率よく切る動きも入ってる訳だし少しぐらいは学んだ方がよくね?」
「リュウ様の言葉にも一理ありますが我々の中には武器を扱う者がいませんからね」
「しかも剣と刀では扱い方も違うみたいだからな。剣は押し切るのがメインで、刀は切るの一点特化みたいだからな」
 前にドワルから言われた事を思い出しながら言う。

 剣は刃が分厚く硬いが、刀の刃は薄いがしなやかに動く。
 他にも色々言われてはいるが、長ったらしいので要所要所だけ覚えておいた。
 簡単に言えば似てはいるけど近くて遠い武器が剣と刀らしい。
 しかもこの辺は剣を使う者ばかりで刀を使う奴はいない。もし刀の使い方を学ぶのなら、ドワルが言ってた東の国に行く必要があるかもしれない。

「しばらくは勘頼みで扱うしかないな」
「一応ドワルの方に確認を取っておきましょう。もしかしたら他にドワルに刀を依頼した者がいるかも知れません」
「そうだな。その時は頼んでみるか」
 飯を食いながら相談しているとティア達の修行も終わったようだ。
 俺は軽く「お疲れ」とだけ言っておいたがあからさまに無視してどこかに行ってしまった。

「やっぱダメか」
「ごめんなさいね。ティアちゃん不機嫌みたいで」
「いえ、こっちにも非はあります。突然過ぎたんですよ」
「でもあんな態度じゃなくてもいいと思うけどね」
 そう言うマリアさんの視線にはティアが居る。
 その視線はどこか母性的なものを感じる。

「ティアちゃん、ずっとリュウちゃんの事気にしてたから、いきなりお嫁さんの話が出て不機嫌になっちゃったのね。皆綺麗だし」
 マリアさんはリル達を見て言った。
 この人はティアの様に魔物をどうこうしようとする意志が少ない気がする。

「マリアさんはティアの様に魔物を殺しつくそうとする意志はないんですか?」
「私は……それ程じゃないかな。怖くないって言ったら嘘になるけど、私は危険を避ける事さえ出来るならそれでいいかな」
「教会は魔物嫌いだと聞いていますが」
「それは本当よ。実際に私の様な回復系より戦闘系の人の方が多いもの。確かに魔物の脅威をどうにかしないといけないのは賛成するけど、そのために多くの人が犠牲になるのは矛盾してると思う。その考え方のせいで私は教会から変な目で見られるんだけどね」
 どこか自虐的に話すマリアさん。
 俺はこの人が立派だと思う。
 戦闘からの目線だけではなく、治癒する人の目線から変えようとしている。

「いい考えだと俺は思います。全て力でどうにかしようとするならそれは魔物と変わらない」
「ありがと、同意してくれて。それから私からも質問良い?」
「どうぞ」
「もしあなたが魔物と人間の戦いを無くすとしたらどんな方法を取る」
 マリアさんの目は本気だった。
 しかし魔物と人間の戦いを無くす事なんて一度も考えた事がない。
 そんな中で答えを出すとすれば……

「俺は魔王になります」
「え!?」
「魔王になってある程度の魔物を従えます」
「その後は?」
 不安そうに聞いてくるマリアさんに笑いながら言った。

「色んな国と仲良くします。そうすれば最低でも知性の高い魔物とは上手くいくでしょ?」
「…………ふふふ、なるほど。確かにそれなら少しは戦いが減るかも。でも思い付いてもそんな事は普通は言わないでしょ。しかも人間との戦いを減らすために魔王になるなんて」
「そう笑わないで下さいよ。俺だって思い付きで言っただけで出来るなんて思っていませんから」
 確かに夢物語かも知れないがすぐに思い付いたのはそのぐらいだ。
 だからそんなに笑うなって。

「あーでもリュウちゃんなら出来ちゃうかもね」
「何でです?自分で言っといて何ですが出来るとは思えませんよ」
「なんとなくよ。無理に理由を付けるなら、リュウちゃんにはすでに魔物の子達に囲まれてるからかしら」
「そんな簡単な事でですか?」
「簡単じゃないわよ。たとえ知性が高くても魔物と聞けば怖がる人の方が多いもの。そうね、どちらかが歩み寄らないと解決はもっと遠くなるかもね」
 そっと最後に何かつぶやくと、マリアさんは俺の頭を何故か軽く撫でてからティアの方に行った。

「それじゃあリュウちゃん、私は私のやり方で頑張ってみるから」
「そっちも頑張って下さい」
 そう言った後で手を振ると、向こうも笑いながら手を振り返してくれた。
 そのあと俺はまた魔術の修業を開始した。

 午後の修業が終わった後、久しぶりにドワル達の所に向かった。
 刀の製作がどれぐらい進んだか見るのと刀の使い方について聞くためだ。
 いつもの門番の人に聞くと今日もドワル達は工房に籠っている様子、早速工房に行く。
 工房に着くとそこには疲弊しまくったドワルとドルフの姿があった。

「お前ら何してんの!?大丈夫か!」
「………ああ、リュウか。……まだ刀は完成してないぞ」
「それよりどうしたんだよその状態。ヘロヘロじゃねぇか」
「……リュウ殿、ただの疲労ですので……ご安心を」
 全く安心できねぇよ。
 とりあえず休憩室まで二人を引きずって椅子に座らせる。
 こりゃまず事情を聴かねぇと。

「で、どのぐらい作業してたんだ」
「朝からですよ。良い刀を作ろうと調子に乗り過ぎました」
「ちゃんと休んでんのか?」
「休んでますよ。きちんと休息を取らないと上手く鎚を振れませんから」
 ならいいがこの疲弊ぐあいは何だ。
 前の時はここまで疲れてはいなかったはず。

「それにしても気難しいな、女王の爪は」
「そうですね。なかなか心を許してはくれません」
「何の話だ」
 いきなり気難しいとか心を許すとか訳わからん。

「リュウが持ってきた女王の爪の事だ。前にも言ったが素材の状態からすでに持ち主を選んでいる場合がある」
「しかしそれは持ち主限定の話であり我々鍛冶師には関係のない話なのですよ」
 つまり俺に心許してもドワル達には許してないと。

「大変そうだな」
「だが完成させる」
「それが鍛冶師としてのプライドです」
 それならいっか。