そのまま俺達は手芸部の部室まで大量の飲み物を抱えて向かった。

 俺は知らなかったが手芸部の部室は2階の部室棟にあった。ぶっちゃけ生徒会室からかなり離れているので帰りが面倒くさい。

「ありがとう。ここまででいいよ。後は僕が運ぶから」

「そうか、もう部室は近いのか?」

「うん。すぐそこ」

 彼女が指差した部室は5mくらい先にあった。『文芸部♡』という可愛らしいプレートがぶら下がっている。

「なるほど。じゃあそこまで持っていくよ。たかが数メートル遠慮するなよ」

「ち、違うんだ! ここで良いよ。ば、罰ゲームだからね。一人で持ってこないと怒られるかも知れないし」

 確かに、それはそうだ。俺の善行の押し売りで迷惑を掛ける訳にはいかない。

「そうか。分かった。じゃあここに置いておくぞ」

「うん。ありがと。あっそうだ。自己紹介まだだったね。港塚光里っていうんだ。よろしくね」

「港塚光里か。可愛い名前だな。すごく似合ってると思うぞ。俺は霜月陸だ。よろしくクラスは3組だ」

「うん。知ってるよ?」

 ん? なんで知ってるんだ? 俺と港塚は確実にはじめましての関係のはずなのに。それとも何処かで出会ったことがあるのだろうか?

「なんで? って顔しているね。同じクラスだよ? 気が付いてなかったの?」

 し、知らんかった。

 つまりこいつの俺に対する印象は授業中にゲームをする変人という事になる。

「それならもっと早く言ってくれよ」

「ご、ごめん。知っていると思ったんだ。クラスでは話したことがないから一応自己紹介ってつもりで」

「いや、まあ別にいいが同じクラスならなおさらこれからよろしくってところだな」

「そうだね。まぁ君はずっとゲームしているから話す機会がなかったけどこれから宜しくね」

 港塚は俺にキラキラとした笑顔を向け手を伸ばしてきた。どうやら握手をしたいらしい。

 俺にそんな陽キャみたいなことを求めるとは。緊張で震える手を押さえつけ港塚に手を伸ばした。

 すると港塚が俺の手を握ってきた。彼女の手は小さくてかなり冷たかった。多分港塚の手が冷たかったのは手に持っていた缶のせいだと思うが。

「よし! じゃあまた明日ね。霜月君!」

「ああ、じゃあまた明日」

 ここ最近色んな人と話せることに満足感を感じている俺がいる。

 実は陽キャなのでは? いや違うな。うん。

 そもそも陽キャは色んな人と話すことに満足感なんて感じないだろう。それが彼らの日常だからな。

 部活動をやっていない生徒の帰宅を知らせるチャイムが鳴り始め教室から次々に生徒が出てきた。

 ちなみにウチの学校の1年は何処かの部活動に強制参加なので今帰宅している生徒は上級生だ。

 ん? 俺の部活か? 無所属だ。担任である北野先生にはまだ考えているとほぼ毎日言い続け今に至る。

 ちなみに委員会に入っている生徒は特例で部活動への参加は免除されるので北野先生が俺を風紀委員に入れたのは嫌がらせ以外にそう言う部活動を免除させるという側面もあったと思っている。

「あっ。霜月君! モンスター買ってきた?」

 考え事をしながら歩いていたのでいつの間にか生徒会室の前まで来ていたようだ。

 睦月さんは俺を見つけると主人を見つけた飼い犬のように笑顔でこちらに走ってきた。

 完全にモンスターを買ってくることを忘れていた。

 顎に手を当てどう誤魔化したものかと考えていると睦月さんが俺の顔を覗き込んできた。

「おお、びっくりした。なんだ?」

「買ってきてないの?」

「……。忘れてたごめん」

「えぇ……。じゃあ何してたの? 結構遅かったよね?」

「困ってたメイド服を着た少女を助けていたんだ。人助けだぞ。という訳でモンスターはまた今度でいいか?」

「うぐぐぐぐ……。っていうかメイド服を着た生徒なんて居るわけ無いじゃん! 嘘だよ!」

「いや本当に居たんだけど……えっと名前は港塚光里っていうんだけど」

「はい嘘ー! だってその子、男子生徒だもん。メイド服着てる訳無いじゃん。往生せいやああ!」

 睦月が飛び掛かってきて俺の脳天に手刀を当ててきた。別に痛くない。痛くないのだがそれよりももっとおかしなことを言っていなかったか?

「おいおい。港塚が男子生徒とか馬鹿なこと言うなよ。女生徒だろ。そう言うのは本人が聞いたら悲しむぞ。謝ってきなさい」

「い、いやほんとだって、生徒名簿あるから見る? というか同じくクラスなんだから知ってるんじゃないの?」

「いや、知らない。見せてくれ」

「もう! その調子じゃ私も同じクラスなの気が付いてないでしょ」

 睦月はプンスカ怒り足音を鳴らしながら生徒会室に入った。それに続いて生徒会室に入ると星月は席を外しているのか居なかった。

「……。そうなのか? 睦月と同じクラスだったのか?」

「ほらやっぱり! みて。ほら! 1-3組、睦月真白、女!」

 睦月が机に雑な感じで置いていた生徒名簿を手に取り俺に押し付けるように見せつけてきた。

 こいつ本当にグイグイ近づいてくるな。こいつのパーソナルスペースどうなってるんだ?

 睦月の身体接触の多さにヤキモキしていると突然思い出したことがある。

 人の心理的なテリトリーであるパーソナルスペースは男性が縦長で前方が長く横幅が狭いが女性のパーソナルスペースはほぼ完全な円で均等だと。

 つまりこれは睦月のパーソナルスペースがおかしいわけではなくただ単に男女間のパーソナルスペースの違いなのかも知れない。

「いやそれは良いから港塚のところ見せてくれ」

「何でよ! もうここだよほら!」

 ぷっくり頬を膨らませながら睦月が該当の部分に細くしなやかな指を差した。

『1-3港塚光里(男)』

 馬鹿な! そんな馬鹿なことがあるのか? あんなに可愛かったのに男だと? この世界壊れてるぞ。もしかしたら知らない間に異世界転生したんじゃないか?

「おーい。大丈夫?」

 睦月が俺の顔の前で何度か手を振っているが一切頭に入ってこない。

「ねぇってば。現実逃避しないでよ」

 いきなり睦月の顔が俺の視界いっぱいに入り込んできた。

「うおっ。びっくりした。いきなり顔を近づけるな。びっくりするだろ」

「だってこっちのほう見ないんだもん。それで分かった? 港塚君がメイド服着てるわけ無いでしょ? 確かにすごく可愛くて私も女の子だと思ったけど」

「いや。俺はあいつが女である可能性をまだ捨ててない! 某ラブコメみたいに本人が自分を男って勘違いしている可能性だってあるだろ?」

「無いよ。何を夢見てるの? そんなに気になるなら確認してきなよ」

 ふむ。ありかも知れない。そして付いていなければ約得ということだな。

「ちょ、ちょっと。考え込まないでよ。ガチなの?」

「いや、俺はノーマルだけども、まだ分からないだろシュレディンガーの猫状態だ」

「何を馬鹿なことを言っているの?」

 港塚の可能性について熱弁している俺の背後から冷ややかな声がした。

 星月だ。いや、俺も少し変なテンションになってただけで今日布団に入ったら恥ずかしくて嗚咽を漏らすことになるだろうとは薄々思っていたが……。

 振り返ると星月は北野先生と一緒にいた。どうやら先生を呼びに行っていたらしい。

「ふむ。霜月がおかしいのはいつものこととして生徒会申請用紙に名前は書いたのかね?」

「いえ、霜月君がまだです」

 星月が俺を指差してそう言った。続けて北野先生の視線が俺に向けられた。

「なんだね? まさか騙されたとか思っているのかね」

「はい。それは思っています。けどサインを書いてないのはさっきまで少し出てたからで生徒会及び風紀委員に入ること事態はもう諦めがついてますよ」

「そうか。じゃあこれにサインを」

 北野先生が手渡してきた書類には既に二人分の名前が書いてあった。そこに俺の名前を付け加え北野先生に手渡した。

「よし。じゃあこれで今日から生徒会始動だ。あと一人か二人欲しいな今の人数では手が回らなくなるはずだ。ちゃんとした仕事は明日から回すからよろしく」

 そう言って北野先生は書類を持って職員室に帰っていった。

「そう言えば副会長ってどうなってるんだ?」

「副会長に関しては生徒会長に任命権があるわ。別に決めなくてもいいし委員会のメンバーから任命する時は引き抜きという形で委員会を辞めて生徒会陣営に入ることになるわ」

「そうそう。新しい規則を追加しようとかをしようとした時、一度生徒会内で多数決を取るんだけどそう言う時、特に主張が無ければ自分の陣営の意見に票を入れるんだよ。だから私も決めたほうが良いんだけどね。別に規則を変える気はないから良いや」

 なるほど副会長に任命された委員会メンバーは委員会を辞められるとな?

「睦月! 俺を副会長にしてくれ!」

「え?」

「言っておくけどあなたが副会長になった所で風紀委員の仕事はあるわよ? プラスαで副会長の仕事が増えるけどそれで良いのならなれば?」

 星月は俺の考えなどお見通しのようだ。まぁ俺の考えなんて単純だからな。

「ああそう言う魂胆だったんだ。それでどうする? 今日は帰る?」

「そうね。特にすることも無さそうだし帰らせてもらうわ。じゃあお先に」

 星月はソファーに置いてあったかばんを手に取るとそのまま帰っていった。

「何だあいつ。随分あっさり帰ったな。邪魔者も消えたしゲームしよっと」

「お? 何するの? 見たい見たい」

 俺はリュックから携帯ゲーム機を取り出し起動した。そしてそのままソファーに座り起動を待つ。

 睦月が興味津々に覗いているし彼女がわかりやすそうなゲームでもしようか。