ラブコメ漫画ならあの時、星野志穂と一緒に風紀委員室に向かって彼女とのラブラブストーリーが始まっていたんだろうが俺には関係ない。
俺はいつもの調子で家に帰った。家の中には人の気配が全くしない。
俺は靴を脱ぐと一度リビングに立ち寄り冷蔵庫から冷たいお茶の入ったボトルを取り出してコップに注いだ。
コプコプという音を立てお茶はコップに溜まっていく。コップに3分の2ほどお茶を入れると俺はそのままお茶を飲み干した。
俺は空になったコップをシンクに置いてそのまま二階の自室に向かって歩き始めた。
俺は光の入らない暗い廊下をあくびしながら進み自室の扉のドアに手をかけた。その瞬間俺の背後の扉が開いた。
「あれ? お兄ちゃん帰ってたんだ。私は今日も寝てたよ。ふぁぁぁぁああぁ。寝すぎて眠い」
余談ではあるが俺の妹は贔屓目に見ずともかなりかわいい。外人の母親に似て白い肌に綺麗な金髪碧眼だ。
ただ残念な所をあげるなら一日中家にいる妹は、外に出る必要が無いのでパジャマから着替える必要もない為、俺が見る妹はパジャマ姿という所だ。
ちなみに俺は父親似のため黒髪だ。まぁ両親ともに美男美女なので俺も多少その要素を引き継いではいるが……。
「琴梨、今日何が食べたい? 今日の食事当番俺だったよな」
「ん? そうだったね。今日は調子いいから私が何か作るよ」
そう言って琴梨はスキップしながらリビングに向かった。
っていうか……。あいつ退院して一ヶ月近く経つのにいつまで学校サボってるんだ?
「まぁいいか。ゲームしよう」
俺は部屋の戸を引き中に入った。
俺の部屋は学校でゲームをやるおかしな人間の割にゲームソフトの類やポスターの類は置いていない。
ゲームソフトはオンラインで買うしポスターなどは勿体ないのでそのまま綺麗に押入れに保存してあるのだ。
そのまま学校に持って行ったリュックからゲーム機を取り出した。するとゲーム機と一緒にリュックに入れていたスマートフォンが床にゴトリと落ちディスプレイが点灯した。
『着信5件あり、メール23件あります』
という表記を見て鳥肌が立った。まさかと思いまずメールから確認した。
『霜月様。お世話になっております。今日はどうしたのでしょうか? 具合でも悪くなりましたか? 突然帰った理由を報告していただけるとありがたいです。星野志穂』
なるほどなるほど。なんで俺のメールアドレスを知っていたかは知らないけど取り敢えず無視しておこう。
次は電話だ。2件は学校から3件は携帯電話からの連絡のようだ。思わぬ所で先生の電話番号を入手したが使い道も無いので忘れ去ろう。
俺はスマホをベッドに放り投げゲームを初めた。そろそろこのゲームのプレイ時間は700時間を超える。ただの錬金術系RPGなのに何故こんなに時間を掛けているかと言われたら完全コンプを目指しているからだ。
レベルマックスは当たり前で最強装備に所持金カンスト、好感度マックスそれをやった上で装備を引き継いで2周目一個難易度を上げてやる。そしてそれを数回繰り返し今は最高難易度でプレイ中だ。
我ながら頭がおかしい事をやっている。
数時間ゲームに没頭していると扉の外からノックされガチャリと扉が開いた。
「お兄ちゃん? またそれやってんの? もー。何回もスマホで呼んだのに通知入れてるの?」
「あ、ごめん気が付かなかった。通知は入ってる。俺が気が付かなかっただけだ」
「はぁ。私のせいでただのゲーム好きだった人がゲーム廃人になったと思うと申し訳なくなるよ」
「そんな事はないぞ。俺は今の俺を気に入っている。お前にこれを言うのは良くないとは思うけど感謝してるぞこのゲームに出会わせてくれてありがとう!」
「そんなに目をキラキラさせながらお礼言わないでよ。夕食! 作ったからお礼言うならそっちに対して言って!」
「ありがとう」
「さっきよりもお礼に気持ちが籠もってない!」
ぷりぷりと怒る琴梨と一緒に下の階まで降りた。本日琴梨が作ったのは肉じゃがの様だ。
俺と琴梨は席について二人で夕食を食べ始めた。
「ねぇ。お兄ちゃんこの後一緒にCPEXやろうよ。今ランク上げしてるの」
CPEXとは今、琴梨がかなりハマっているFPSゲームだ。
ぶっちゃけこれにハマって学校に行っていないんじゃないかと俺は思っている。
「まぁ良いけど。お前強いからソロで入っても良いんじゃないのか?」
「日中は一人でやってるけどお兄ちゃん居るなら一緒にやったほうが楽しいじゃん」
「学校の友達は?」
「うぐっ。そもそもパソコン持ってる人少ないし……。それに新学年のクラス替えで友達作るの失敗したから友達いないし」
「仮にそうだとしても去年作った友達とか」
「お兄ちゃん人の傷えぐり過ぎ! もうお兄ちゃんじゃなくて鬼いちゃんだよ」
琴梨は溜まった怒りを机を叩くことで発散し始めた。琴梨が机を叩くたびに食器が一瞬宙を舞う。
「そうは言っても去年は友達と楽しそうに話したりしてたじゃないか」
「ふっ。そんなモノ、クラスが変われば簡単に壊れるのさ」
「何決め台詞吐いてるんだ? まあいいや。ごちそうさま。食器は俺が片しておくから琴梨は風呂でも入っとけよ」
「あいあーい」
琴梨はゆっくりと夕食を食べ終わるとそのまま脱衣所に向かった。その間に俺は食器やフライパン、鍋などをきれいに洗いリビングを出た。
琴梨が出てくるまで暇だな。そんな事を考えているとポケットに入れていたスマホがなり始めた。
また先生かと思いスマホを確認すると母親だった。俺は通話ボタンを押してスマホを耳に当てた。
「もしもし?」
「あ、陸。元気してる?」
「まぁ元気だけど、そっちはどう? 退院出来た?」
「あ、うん。もうそろそろかな。あと1ヶ月くらいかな? いやー。我ながらツイてないわね。危篤状態のおばあちゃんの面倒を見るために日本を飛び立ったのに飛行機事故で私が病院送りになるなんて」
「いや。ホントに良く生きてたよ。それだけで十分幸運何じゃないかな。父さんは?」
「あ、うん。元気元気。男女で病室が別だから今は一緒にいないけど順調に治ってる」
「そっか。それで何のよう? 本題は?」
「何よ。二人暮らししている息子と娘を心配して電話かけたのにそのあっけなさ。琴梨はもう元気?」
「ああ、学校には行って無いけど」
「そっか。まぁゆっくりで良いって伝えといて。まだ痛いのかな? 実際に行けないのがもどかしいわ。じゃあ。また今度ね」
そう言って通話が切れた。
今から約半年前、母方の祖母が交通事故で危篤状態になったと言う連絡が入り母親は祖母の世話をするため母国に一時的に帰ることにした。父親は母親と離れたくないからという理由で一緒に母とフランスに飛び立った。
二人が飛び立った翌日ニュースで二人が乗った飛行機が着陸時に事故にあったと言う情報が流れており、両親と連絡が取れなかったのだ。
事故による死者は居なかったものの両親は意識を取り戻すまで3ヶ月ほど掛かったらしい。
俺はパスポートを持っていないのでフランスには飛べずなかなか情報が入ってこない事にヤキモキしていたが最近は定期的に連絡も入っているのでやっと落ち着けたという所だ。
スマホをポケットに入れ俺は自分の部屋に戻ろうとした。その時脱衣所の扉が開いた。
「うへー。外涼しい」
脱衣所から少しフラフラして顔が赤い琴梨が出てきた。
「随分早かったな。出てくるの」
「そんな事ないでしょ? ここで何してたの。食器洗うのに25分も掛けたの?」
どうやら母親との通話にそこそこ時間が取られたようだ。
「今さっき母さんから電話あったぞ」
「え“っ……。何か私のこと言ってた?」
声を上擦らせた琴梨は顔は俺に向けたまま、目だけ明後日の方を向きながらそう言った。
どうやら学校に行っていないことは本人も問題だとは思っているらしい。
「ゆっくりでいいとは言ってたけど、多分まだお前が手術の後遺症を抱えてるとでも思ってるんじゃないか? あんまり真に受け無いで学校いけよ」
「お兄ちゃんだって学校でゲームばっかりしてるんでしょ! さっき家電に先生から連絡あったよ」
ギクリ……。北野先生……。家電にも電話かけてたのか。抜かりないな。
「俺はちゃんと成績で結果出してるから良いんだよ。数学、化学、英語、生物は百点だ。文句を言われる筋合いはない」
「じゃあ国語、歴史は? それ以外にも体育とか家庭科とかあるよね? どうなの?」
「はっハハハ。妹よ。兄を何だと思っているんだ。なんとかなるレベルに留めてるにに決まってるだろ。知ってるか。人間目立ちすぎると叩かれるんだ。俺は敢えて文系科目やその他を下げることでバランスを取っているんだ」
「1年の初めから小テストだけど赤点取ってるらしいじゃん。進学校とは言えやばくない?」
あのアラサー教師。何処まで話したんだ。
「も、問題ないだろ……。俺風呂入ってくるから、ゲームしたいなら部屋で待ってろ」
俺はサクッと風呂に入り脱衣所から出て自分の部屋に戻った。俺の部屋の中で何故か妹が舞っていた。
「何してんだ? 脳外科行くか?」
「はぁはぁ。疲れた……。お兄ちゃんが部屋で舞ってろって言ったじゃん」
「いやそこ勘違いするか? 俺は部屋で待ってろって言ったんだ。しかも俺の部屋じゃなくて自室のことだよ」
「知ってるよ。冗談だよ。日中は一人で寂しいからお兄ちゃんが帰ってきてからは積極的にお兄ちゃんと絡んで日中に備えるの!」
キリッと可愛い顔で決め台詞を吐くがそんなに寂しくて俺の部屋で踊るくらいなら学校行けばいいのに。
俺は心の中でそう思っていた。本人には言わないけど。
その夜は妹と深夜までFPSゲームをして寝た。
翌日、いつもの調子で俺は学校に向かった。琴梨とのゲームがなかなかに盛り上がり徹夜してしまったわけだが、足りない睡眠は授業中に取ればいいだろう。
そんな呑気なことを考えながら俺は下駄箱にたどり着いた。
「おはよう。霜月君」
突然背後から名前を呼ばれて心臓が飛び上がった。
声の主をゆっくり確認するとそこには昨日の放課後俺に話しかけてきた星野志穂がいた。
「あ、昨日はどうも。ちゃんともう一足上履き持ってきましたので安心してください」
「そう。それは良かったわ。じゃあ風紀委員室に来てもらえるわね?」
「な、何のことでしゅか? ぼ、僕はそんな事知りませんけど」
動揺のあまり一人称が変わり更に思いっきり噛んでしまった。
「貴方が北野先生の強制推薦した生徒という話は聞いたわ。申し訳ないけど強制推薦の生徒は委員会を辞めることは出来ないから3年間よろしくね」