我が学校、竜宮院学校には入ったら学校生活が終わりを迎えると言う噂の委員会がある。

 俺はそれはただの学校の七不思議の1つだと思っているが意外とその噂を信じているものは多い。

 そもそもウチの学校の委員会の構造は少々特殊だ。各クラスから決まった人数の生徒が選出されるのではなく教師またはその委員会のメンバーの推薦で加入が決まる。

 それだって強制ではないしいつでも辞められる。ざっくりと言えば推薦式の部活動のようなモノだ。

 そして生徒会はそのいくつかある委員会の中から1年に一度の投票で選ばれる。

 つまり生徒会に選ばれた委員会はその1年間委員会の仕事と生徒会の仕事を兼任することになる。

 なぜこんな訳の分からないシステムになっているかと言われれば、我が校が中高大一貫校だからという理由が挙げられるのかも知れない。

 ……いや。適当なことを言った。本当は誰もなぜこんなシステムになっているか知らない。それこそ本当にこの学校の七不思議に入っている様な話だ。

 ―第一話:禁止令―

 入学式の時は綺麗に咲いていた桜が舞い落ちる頃、俺、霜月陸は何故か職員室に呼び出されていた。

 おかしい。そんな訳がない。俺は授業にだって真面目に受けているし、もちろん品行方正だ。まぁ、自称品行方正なので他人から見たらそうではないのかも知れないが……。

 そんな俺の前には独身アラサー美人女性担任、北野玲奈先生が難しい顔をして椅子に鎮座していた。

 北野先生の机には大量の……。本当に大量の書類が積み上げられている─仕事はできるのに生活能力が欠如していると言うのが俺達、1-3組の総意だ。

 ちなみに若い頃と言ったら殺されそうなのでお茶を濁して置くとして、北野先生は学生時代かなりモテていたらしい。

 入学してから友達が一人も出来ない所か学校内で人と話したのが久しぶりな俺とは正反対だな。

 と言うかまじで俺……。なにかしたっけ?

「さてと、霜月。今日なんで呼ばれたか分かるか?」

 北野先生が何故か怖い笑顔で俺を睨みながら唐突にそんな質問をしてきた。

「いえ、一切わかりません。もしかして皆勤賞でしょうか? たしかに俺は未だに一回も欠席していないですし、それならここに呼ばれた理由も分かります」

「何を馬鹿なことを言っているんだ? 頭に虫でも湧いてるんじゃないか? 私は君に脳外科を紹介しようか今、本気で考えているよ」

「先生。本当に病院を紹介するなら脳外科じゃなくて精神科を紹介するのが正解かと」

「バカモン。入学してからまだ一ヶ月だろ? それで皆勤賞の授与の可能性を考えている君は精神異常者ではなく、普通に脳みそに虫が湧いている異常者だ。あとやたら滅多にそんな事言うんじゃない。生徒に精神異常者なんて言ったら私が問題になるだろ」

 どうやら後者の理由がメインの様だ。だが生徒に脳みそに虫が湧いているからと言って脳外科を勧める担任は問題にならないのだろうか?

 まぁいい。本題に入って貰わないと困る。俺にはやらないといけないことがあるからな。

「それで本題はなんですか? どうでも良いことなら即座に帰りますよ」

「お前なぁ。担任がわざわざ他の生徒の目に付かないように職員室に呼んだんだぞ? もう少し怯えたり泣き叫んだり暴れたりしたらどうだ?」

「俺は別に教室の前で説教されたって構いませんよ。どうせ友達なんていないですし」

「はぁ……。悲しいことを言うなぁ……。まぁいい。本題に入るぞ」

 そう言うと北野先生が机に積み上げていた書類の中から一枚の書類を引っ張り出し机に叩きつけた。

「それは?」

「この一ヶ月君がやらかした事を全てまとめた報告書だ」

「ハハハ。先生面白いことを言いますね。俺のどこがやらかしていると言うんですか」

 取り敢えず笑い飛ばしておくことにした。

 思い当たる節はいくらでもある……いやない。別に大丈夫だろう。多分、知らんけど。だいたい笑っとけばなんとかなるだろ。多分、知らんけど。

「やらかしていない所を上げろという方が難しいと思うんだが? まず服装!」

 俺は自分の服装を確認した。特に問題ない。

「何か問題が?」

「いや、ない」

「は? どういうことです?」

「いや、この一ヶ月で溜まったストレスをまとめてぶつけてやろうと思っていたんだけど問題無かったな。なんでちゃんとしているんだ! もっとちゃんとしなさい」

 どういう事だ! この人情緒が不安定だぞ。もしかしてさっきの精神科の話は自らに向けた言葉だったのではないか?

 情緒が不安定な先生と目を合わせるのが嫌だったのでなんと無く目をそらし、ふと荒れ果てた机の上に目をやると一枚だけ真っ黒な紙が置かれていた。

「先生。その紙……」

「はっ! な、何でもない。何でもないぞ。見たか?」

 北野先生は恐ろしい速度で机の上に置いてあった紙を手に取ると即座にシュレッダーにかけた。

「見てません。はい。見ていませんよ」

 嘘だ。本当はガッツリ見た。

 具体的にはここに書かないが教頭、校長に対する恨み言がツラツラと書き綴られていた。どうやらこの一ヶ月で溜まったストレスとは俺と関係ない所で発生していたらしい。

「そうか。良かった。本当に良かった。ってコラ! さっきから話を逸らすのはやめなさい。君は怒られているんだから私の話を黙って聞けば良いんだ」

 そうだな。もう黙っておこう。これ以上爆弾を発掘してもしょうが無いからな。

 俺は書類の隙間にちらほらと見える新たな爆弾を見るのを辞めて先生の目を見た。

「うん。だいぶ話が逸れてしまったが、そう……それで何処まで話したっけ?」

「俺の学校内でやらかしたことについての話では?」

「あぁ。そんな感じの話だったな。そうそう、もう昼休みも終わるから端的に話すと、学校に来たらすぐにゲームを初めて授業中も辞めることはなく、ゲームと授業を同時にやるとか言う化け物みたいなことをしている君への処遇が決まった」

「なんですか? そんな事言われても毎授業開始時に行われる小テストは100点を取り続けているはずなので文句を言われる筋合いはないかと」

「それは理系科目だけだろう? 文系は壊滅的じゃないか。せめて文系の授業だけでもまともに受ければこんな事にはなっていないのに」

 北野先生は俺に文系授業の大切さについて語り始めた。

 しかし先生には俺の考えもしっかり聞いてもらいたい。

「先生、日本で生活する上でポルトガル語を必要とすることがありますか?」

「唐突になんだ? ポルトガル語なんて使いようがないだろ。何処で使うんだ?」

「そうでしょ? それと一緒です。人と話すことがない俺には国語の授業は不要だと思うんです」

「それじゃあ就職とかどうするんだ? 国語だって必要となる場面はちゃんとあるんだぞ」

「そこら辺の一般常識はしっかり弁えています」

「弁えている人は真面目に授業を受ける。まぁいい。話を進める。君には風紀委員に入ってもらう」

 なんのこっちゃ。何故俺が風紀委員に入らなくちゃいけないんだ? なにかのドッキリだろうか?

「おい、聞いているのか?」

「はい? 帰っていいですか?」

「いや駄目だ! 良いか? 今日放課後、風紀委員室に行くように。じゃないと数学の単位出さないからな」

「先生。それは横暴です。教育委員会に訴えますよ」

「そ、それは困る」

 北野先生がアワアワしているのを見ていると5限目開始の鐘がなったので俺は、先生との話を中断して教室に走った。

 5限目は化学だ。一年生はまだ文理が別れていないので物理などの授業はない。

 俺はいつもどおり小型ゲーム機を取り出し、机の上に堂々と置き片耳にイヤホンを差し込んだ。

 今プレイしているゲームは錬金術RPGゲームなので戦闘コマンドを入力した後は自動でゲームが進む。その間に俺は授業を聞く。こうすれば問題なくゲームと授業を両立できる。

 もちろん俺はゲームをしているので教師にありえないほど高頻度で指名をされるのだが俺は平然とした顔で問題を解くので教師としてはとてもつまらないだろう。

 結局5限の間に俺は8回ほど教師に指された。

 それでもゲームを辞めないのは俺がこのゲームシリーズに命を救われたからだ。このゲームシリーズがなければ俺は去年の内に自殺して死んでいたかも知れない。それほどのことが去年あったのだ。

 今日は職員会議があるらしく6限は無いそうだ。HRを聞いていなかった俺は突然の幸運に心躍らせた。

 つまりゲームの素材の厳選が思う存分できるということだ。

 先生には悪いと思うが帰らせてもらうとしよう。ではさらば。アデュー学校また明日。

 俺は北野先生に心の中で謝って帰宅しようとしている生徒に紛れ下駄箱までたどり着いた。ここまで来たら先生にバレても靴を手に持って裸足で走って逃げれば脱出できる。

 俺は脳内で学校からの脱出方法を何パターンもシュミレーションしながら俺の靴が入っているはずの戸を開けた。

 だがそこにはあるはずのものが無く手紙が一通置いてあった。

 俺は宛名を確認して中にある手紙を確認した。送り主は俺の想像通りだった。

『この手紙を貴方が今読んでいるという事は私の言うことを聞かずに帰ろうとしたという事ですね。あなたの靴は風紀委員室に置いてあります。返してほしければちゃんと風紀委員室まで来てください。あなたの若手美人担任教師:北野玲奈』

 取り敢えずこの手紙はビリビリに破っておこう。

 俺は北野先生への怒りを手紙に込め近くにあったゴミ箱に投げつけた。

「よし帰るか」

 俺はそのまま上履きで下校しようとした。次の瞬間誰かが俺の肩を掴んだ。

「ちょっと貴方。それ上履きよ? 頭大丈夫?」

 俺は肩を掴んで親切にも俺が上履きである事実を教えて更に罵倒まで加えてくれた女子生徒の顔を見た。

 綺麗な黒髪ロングをシュシュで可愛らしく纏めた学内でも三本の指に入る美少女。星月志穂だった。

 まぁ俺が一方的にしているだけで彼女は俺を知らないだろう。

「ああ、どうもどうも。知ってますよ。上履きなことくらい。少しいじめにあって外靴を隠されたんで諦めて帰ろうとしていたところです。親切にどうもありがとう」

 俺は皮肉を込めてお礼を言って帰ろうとした。

「少し待ちなさい。その貴方をいじめていた人物分かる? 風紀委員として見過ごせないわ」

 彼女がそう言った瞬間、一気に俺の体温が5度近く下がった気がした。やばい。ここはなんと言って切り抜ければ良いんだ?

「あ、えっと……」

「なに? どうしたの? 口止めされているの?」

 クソが! こんな時うまい具合に切り抜ける方法が、相手を騙すだけの巧みな言葉が俺には思いつかない。

 こんな事なら国語の授業を受けておけばよかった。あまり関係ないと思うが……。

 ここは素直に事実を伝えてみよう。なんとかなるかも知れない。

「そうですね。北野先生にやられましたね」

「ああ、北野先生ね。なるほど……。あの人、子供っぽい所あるから諦めるしか無いわね。今職員会議中だし、終わるまで風紀委員室で待つ? 今日新しく入るかも知れない人が来るんだけど気にしないなら」

 それ、俺です。とは口が裂けても言えないのではぐらかすことにした。

「いえ、大丈夫です。このまま帰りますから」

「そしたら明日どうするのよ。言っておくけど一度その靴で外に出たらちゃんと靴裏洗わないと中に入れないわよ」

「もう一足上履き、家にあるのでそれじゃあ! またいつか」

 そのまま俺は上履きで自宅まで帰った。正直に言うと上履きで下校するのは恥ずかしかった。