「柚子、遅かったわね」
「うん。ちょっとね」
瑶太に会ったことをわざわざ言う必要はないと軽く流した。
透子は昔から花梨と瑶太のことが好きではなかったから、会ったと知れば余計な波風をたてることになるだろう。
それは柚子の望むところではなかった。
柚子は透子の向かいに座る。
透子の隣は東吉の定位置で、そこは絶対に譲らない。
そんな東吉の向かいには蛇塚が座っている。
大学でいる時はだいたいこの四人でいることが多かった。
「お昼買ってくるね」
「いってらっしゃい」
席に鞄を置いて、会計の変わりにもなる学生証だけを持って飲み物を買いに向かう。
お昼だけあって混んでいたが、鬼龍院の次期当主である柚子の顔は新入生以外には知られており、どうぞどうぞと先へ促される。
鬼龍院の権力が柚子にも適用され、過剰に気を使われるのは未だに慣れないが、これはもう仕方がないと諦めるほかない。
柚子も桜子のように堂々とできればよかったのだが、根っからの庶民気質な柚子にはかなり難しい。
自分のようなものが、よりによってあやかしのトップである鬼龍院の次期当主の花嫁に選ばれたのかはまったくもって謎である。
どういう基準で花嫁が選ばれるかは誰も知らないので、誰も説明はできないのだが、なぜと苦々しく思っている者は予想以上に多い気がしている。
もし知っている者がいたらきっと柚子はなにがなんでも問いただしていただろう。
なぜ、こんななにも持っていない平凡な自分なのかと。
他の誰でもなく自分なのかと。
まあ、それで誰でもよかったと言われたらどん底に落ちるほど落ち込むのだろうが。
柚子は玲夜だから玲夜のそばにいる。
玲夜が好きだから。
けれど、玲夜は花嫁だから柚子を選んだ。
柚子は花嫁で、玲夜が好きで、好きだから玲夜の花嫁でいることを選んでいるのだ。
けれど、時々思う。
花嫁である以上の価値が自分にあるのかと……。
そんなことを言ったところでなにかが変わるわけではない。
けれど、そんなことを考えては落ち込んでしまうことを玲夜には相談できない。
そして、同じ花嫁でも透子はその辺りを割り切っているように感じる。
うじうじ悩んでいるのは柚子だけなのだ。
そう思ったら透子にも話すことはできない。
言っても意味がないと思ったから。
だから自分に自信を付けたくて、自分でも玲夜の力になれるのだと証明したくて働く道を考えた。
透子の助言を受けて、卒業したら玲夜の秘書になりたいとお願いしてみたものの、考える間もなく却下されてしまった。
そばにいたいからと理由を付けてみたが、秘書じゃなくてもそばにいればいいと返ってくる始末。
そうではないのだ。
役に立ちたいのだ。
だが、この心の中に渦巻く焦燥感を上手く言葉にすることができない。
まあ、柚子とてすんなり許可されるとは思っていない。
とりあえずは秘書検定を受けてからだと、こっそりと勉強している。
玲夜はそんなことお見通しなのだろうが、柚子も簡単には諦めきれないのだ。
持久戦は覚悟の上である。
昼ご飯を買って席に戻ると、話は受ける講義の話で盛り上がった。
それぞれが講義で分からなかったことなどを話している中で……。
「そうそう、話変わるけどさ、柚子。お前、気を付けてた方がいいぞ」
突然そんなことを言ってきた東吉に柚子は首を傾げる。
「なにが?」
「以前に杏が言ってたこと。お前が鬼龍院の力を使って狐月と妹の仲を引き裂いた、みたいな話が思ったより大学内に回ってやがる」
「そうなの?」
「積極的に話を触れ回ってる奴がいるみたいだ」
「若様が般若と化す光景が目に浮かぶわね」
「うーん」
先ほど瑶太に忠告したところだというのにどうやら遅かったようだ。
「鬼龍院に喧嘩売るとか正気の沙汰じゃないよな」
そう言う東吉に、その場にいた全員が頷いている。
子鬼までもが。
「これから陰でコソコソ言われるかもしれないがなんかあったらすぐ鬼龍院様に相談しろよ」
「うん。分かってる。でもその前に桜子さんに相談した方がいいかもね」
「そうね。大学内のこと牛耳ってるのは彼女だし、若様より彼女に解決してもらった方が穏便にすむかも」
透子も同意する。
「まあ、どっちにしろ鬼を敵に回したことに変わりないけど」
「あはは……そだね」
柚子はまったくだと、苦笑を浮かべるのだった。