その日、柚子は玲夜に誘われて、本家の桜の木の下にやって来ていた。
一年中咲き誇る桜の木は、枯れることなく周囲に花びらが舞っている。
「綺麗……」
柚子は桜の美しさに見蕩れる。
玲夜もまた桜を見上げており、桜の舞う中で立つ玲夜は、なにものにも喩えがたい美しさがあり、柚子は思わず見つめてしまう。
そんな柚子に気付いた玲夜が柚子に向けて微笑めば、柚子の顔に熱が集まる。
それを隠すように口を開く。
「どうしたの、玲夜? 急にここに来ようなんて」
「柚子には改めて謝っておきたかった」
「謝る?」
「今回のこと。俺がよかれと思ってしたことはことごとく裏目に出て、柚子を悲しませることになってしまった」
「それはもういいよ。終わった話だし」
今さら蒸し返す必要もない。
それなのに、なぜ玲夜こんな話をするのか分からない。
「いや、俺は柚子をちゃんと分かったつもりでいたのに、全然分かっていなかった。柚子のためという言葉で納得した自分よがりな思いだった」
玲夜の血のように紅い目が柚子を捕らえる。
これほどに美しい目を柚子は知らない。
「柚子があんな怒り方をしたのは初めてだな。感情を爆発させたのも」
「あれは……。聞いても玲夜が教えてくれないから、つい感情的に」
今から思い返すと、子供の癇癪かと思うような態度だったので、思い出すのは恥ずかしい。
「いや、柚子がああして言わなければ俺も目が覚めなかった。出て行くと言われた時は目の前が真っ暗になったがな」
くすりと玲夜が笑う。
「思い返せば、俺たちはどこか遠慮があったかもしれない」
「うん、そうだね……」
相手のことを考えすぎて、言いたいことを言えなくなっていた。
遠慮して、気を使って。相手のためと思って口にしなかったことが、結局相手のためにはならないことだった。
「これからはちゃんと話そう。なにがお互いにとっていいのか。話さなければなにが相手の望んでいるものか、俺たちはまだ分かり合っていないようだ」
「うん。そうかもしれない」
「近付きたいと柚子は言ったな。……俺もだ。俺ももっと柚子に近付きたい思っている」
ゆっくりと玲夜が距離を詰め、柚子の手を握る。
握って、触れて、指を絡める。
「これから先の長い時を柚子と共に寄り添いたい。形だけではなく、心も共に」
「私もそばにいたい。心から寄り添いたい。私は玲夜のなんの役にも立てなくて、こんなんじゃいつか必要とされなくなるんじゃないかってずっと怖かった」
柚子は表情を暗くし、俯かせる。
「一龍斎の子が、花嫁であること以外に価値はないって言われた時、反論できなかった。それが余計に悔しくて、情けなくて……」
手に力を入れると、玲夜が包むように手を握ってくれる。
温かい玲夜の手が優しく柚子の心を解かす。
「でも、それでもそばにいたいの。だから玲夜はもっと私を頼って。できることは少ないけど、頑張るから。強くなるから。胸を張って玲夜のそばにいたいの。だからこれからは言いたいことはちゃんと口にするから、玲夜も私になんでも話して」
柚子の瞳にもう迷いはなく、強い眼差しが玲夜を貫く。
玲夜はふっと優しく微笑み、柚子を引き寄せ腕に抱いた。
「ああ。たくさん話そう。それに柚子はもうじゅうぶんな強さを持っている。そんな柚子に俺は惹かれているんだ」
そっと柚子を離すと、玲夜はポケットから小さな箱を取り出す。
そして、それを柚子前で開けて見せた。
そこには玲夜の瞳のような紅い宝石がついた指輪が入っていた。
柚子は驚いたように指輪から玲夜に視線を移す。
「少し渡すのが遅くなったが、婚約指輪だ」
「っ、玲夜……」
まさかこんなものを用意していると思わなかった柚子は歓喜に震えた。
玲夜は指輪を手に持つと、柚子の左手を取り、指にそれをはめた。
いつの間に測ったのか、指輪のサイズはぴったりだ。
「一緒にいよう。これから先も」
「うんっ!」
桜の花びらがヒラヒラと舞う中でふたりは未来を誓い合った。



