翌日、大学へ行く。
今日からはいつも一緒の子鬼に加え、腕に巻き付く龍もついてくるようだ。
蛇に間違えられないかと心配だったので留守番を言い渡していたのだが、玲夜から連れて行くようにと言われてしまった。
柚子を加護しているのだからそばにいる方が柚子の身を護りやすいからと龍が告げたら、玲夜がすぐ許可を出した。
そもそもあやかしが半数を占めるかくりよ学園なので、あやかしならば龍の身から出る強い霊力を感じられるので蛇と間違えられることはないという。
むしろ、柚子に龍の加護があることを周知される方が柚子のためになると、懇々と説明されたら柚子も嫌だと言えなくなった。
理由はそれだけではないようで、柚子が龍を連れ歩くことで、一龍斎から龍の加護が失われたことを宣伝して回ることにもなるから、鬼龍院のためにもぜひと、高道にも言われてしまった。
龍を連れるだけで鬼龍院のためになるなら文句などあろうはずもない。
ということで、龍を連れての登校となったのだが、柚子の予想以上の騒ぎとなった。
柚子のような人間にはまったく分からないのだが、あやかしには龍の放つ霊力は鬼以上に強く畏怖を感じてしまうよう。
柚子が歩く度に弱いあやかしなどは顔色を悪くしている。
ならば、これまではなぜ騒ぎにならなかったのかと問えば、『あの時は縛られていたせいで霊力も自由には使えず、制限もされていたから、力を使う時か、柚子のように波長の合うものにしか見えなかった。今は全開放中だから誰にも見えるのだ』と龍が嬉しそうに答えた。
これまでは、霊力も抑えつけられ随分と窮屈な思いをしていたので、久しぶりの開放感に気分がいいようだ。
「なんかすごい騒ぎね」
透子は周囲を見渡してから、柚子の腕に巻き付く龍を見る。
「ねー。まさかこんなに騒がれるとは思ってなかった」
分かっていたら置いてきたかもしれない。
「でもさ、あの一龍斎を加護してた龍なんでしょう? なら、これから柚子は幸せいっぱいになるんじゃないの?」
「えー」
『むふふ、勿論だとも。我が一緒にいれば運気上昇間違いなしだ』
柚子は今朝もまたまろとみるくに遊び倒されていた様子を思い出して、龍を胡散臭そうにみる。
『なんだ、その目は。信じておらぬな。我はすごいのだぞ。本当に本当にすごいのだからな!』
「はいはい」
ぽんぽんと頭を軽く叩くと、あしらわれたと思った龍はいじけ始める。
『我はすごいのだぞぉぉ。ずっごい幸運を運んでくるのだからなぁ』
いじいじする龍に、透子と目を合わせて小さく吹き出した。
「ありがと、期待してるわ」
そう言うと、ころりと機嫌を取り戻した龍にまた笑いが産まれる。
しかし、それを遮るように甲高い声が耳に響く。
「あなた、どういうつもりなの!?」
突然の大きな声にびっくりして振り向くと、そこにはミコトが来ていた。
そのミコトの姿を確認した瞬間、龍の目が吊り上がる。
そんなことには気付かずにミコトは声を荒げた。
「この泥棒! 私から龍を奪ったわね!? それは私の龍よ。返しなさい!」
柚子はその言い方が気に入らなくて応戦する。
「龍は自分の意思でここにいるの。これまで龍の意思を無視して捕らえていたのはあなたたち一龍斎でしょう?」
「馬鹿なこと言わないで。龍は代々一龍斎の娘が受け継ぎ、願いを叶えてきたの。意思なんてどうでもいいわ。それは私のものよ」
「龍はそれを望んでいない。これ以上龍を苦しめるのは許されないわ。龍はやっと解放されたの。もう自由よ。なに者にも縛られないわ」
「黙りなさい! あなたは言う通りに返せばいいのよ!」
激昂したミコトが龍を取り返すべく柚子の腕に手を伸ばす。
しかし、龍に触れるその時、雷のような閃光がバチッとミコトを攻撃し、ミコトは痛みに顔を歪ませながら後ろに倒れ込んだ。
「きゃぁぁ!」
痛い、痛いと手を抱え込むミコトを、龍は冷たい眼差しで見つめた。
『我は戻らぬ。今後一切我は一龍斎へ恩恵を与えることはない。これからは加護のないままゆるりと滅びの道へ向かえ』
ミコトはそのまま、いつもそばにいる付き人たちに連れられて行ってしまった。
「気はすんだ?」
『いや。我が受けた苦しみには遠く及ばぬよ』
達観した眼差しで、龍はミコトが去って行くのを最後まで見ていた。
『さらばだ。我はもう自由だ……』
柚子は優しく龍の背を撫でてやった。



