『それからはただ一龍斎のために働かされ、今に至る。だが、我は諦めてはいなかった。いつかどうにかして逃げてやると。そして時は流れ、やっと見つけた。我と波長の合う者……柚子を』
「私?」
自分の名前が出て柚子は目を丸くする。
『そうだ。先祖返りとでも言うのだろうか。柚子は薄くだが一龍斎の血を引いていて神子の素質があった。それが、花嫁として鬼のそばで強い霊力に触れることで、次第に神子の力を強くしたのだろう。それでも、夢で幾度かコンタクトを取ろうとしたが上手くいかなかった。だが、一龍斎の娘が同じ大学に行くという運に恵まれた。それから何度か話しかけてはいたのだが、一龍斎の縛りのせいでちゃんと言葉を伝えることができなかった』
龍は尻尾をうねうねと動かす。
『もどこかしいことこの上なかったぞ』
「えっと、なんかごめん」
『よいよい。こうして無事に解放されたのだからなぁ。我は大変機嫌がよい。これであとは諸悪の根源である一龍斎が消え去ってくれればもっと愉快なのだが……』
龍の視線が千夜を捕らえる。
「そこは僕に任せてくれるとありがたいなぁ。僕も一龍斎にはがつんとやりたいんだよね~」
『それもよかろう。一応、昨夜の内に奴らの家からは加護を奪い、反対に呪いをかけておいたのでなあ。まあ、後は奴らがジワジワと弱っていくのを見るのも一興か』
ぐへへへっと笑う龍は、なんとも邪悪だ。
とても霊獣などいう崇高な存在には見えない。
『と言うことで、これから世話になるぞ』
少し尊大な態度で挨拶をする龍に苦笑すると、バシンっと手が伸びてきて龍を畳に叩き落とした。
見ると、龍を叩き落としたのは、まろである。
『なにをするのだ!?』
したたかに畳に体を打ち付けた龍は憤慨しているが、まろが気にした様子はなく、さらにみるくも参戦する。
「アオーン」
「ニャーン」
じりじりと距離を詰めるまろとみるの目はらんらんと輝いている。
龍がうねうねと動くので、猫じゃらしとでも思っているのかもしれない。
目標を見定め身を沈めてお尻をフリフリと振る。
猫が獲物に飛び付く前の行動だ。
『な、なぜそんな目で我を見る……?』
そして、二匹が一気に走り出した。
『ぎゃぁぁ!』
狙われた龍は大急ぎで逃げ出した。
『そなたら、我を助けてくれたのではなかったのか!? なぜ我を襲うのだぁぁ!』
「アオーン」
「にゃうん!」
バシバシっと猫パンチを繰り出して、ちょこまか動く龍を捕獲せんとまろとみるくの興奮は最高潮に達しようとしている。
動けば動くほど二匹の好奇心を刺激していることを龍本人だけが分かっていない。
『だれかぁぁぁ』
そのまま広間を出てどこかへ行ってしまった。
「助けた方がいい、かな?」
「放っておけ。霊獣同士遊んでるだけだ」
と、玲夜は今日も柚子以外には素っ気ない。
代わりに子鬼たちが追いかけていったので任せることにする。
まろとみるくも子鬼たちの言うことは素直に聞くので、龍が引っかき傷だらけになる前に救助してくれることだろう。
「さあて、じゃあ、加護がなくなったという確信も持てたことだし、老害には消えてもらおうか」
千夜のその言葉を聞いて、子供が見たらギャン泣きするような凶悪な顔で、玲夜が口角を上げた。
それを見た透子と東吉が顔を引き攣らせる。
「うわぁ。ご愁傷様。一龍斎終わったわね」
「ま、まあ、これで透子が一龍斎の令嬢に喧嘩を売ったことはなかったことにされるだろう。よし、万事解決。巻き込まれる前に帰るぞ、透子」
「よしきた」
躊躇いなく立ち上がったふたりに、柚子は微笑みかける。
「ありがとう、透子ににゃん吉君。色々とご迷惑おかけしました」
龍の問題に限らず、玲夜とのすれ違いについても含めてお礼を言う。
「なんだかんだで楽しんでたからいいわよ」
「いや、二度とこんな面倒持ち込むな。俺の繊細な心は弱り切っている」
鬼に囲まれる状況は、弱い猫又には心臓に悪いのだろう。
「にゃん吉のは繊細じゃなくて小心者の間違いでしょう?」
「お前は鬼の怖さを分かってないからそんなことが言えるだ。猫又に鬼の霊力は毒だ。いいからとっとと帰るぞ」
「はいはい」
やれやれという様子で先を急ぐ東吉の後を透子も追った。
そして、玄関まで見送りをして別れの挨拶をする。
「じゃあ、またね」
「うん、大学で」
ふたりが帰っていくのを見えなくなるまで手を振った。
中に戻れば、フラフラと飛ぶ龍が柚子の腕に体を巻き付かせる。
いつの間にか定位置のようにされている。
『酷い目にあった……』
「そもそも空を飛べるなら、まろとみるくがこれない高いところに飛べばよかったんじゃないの?」
『はっ!』
どうやらそこまで頭が回らなかったらしい。
どこか抜けている。
だから一龍斎にも捕まってしまったのだろう。なんとなく理由が見えた気がした。
トコトコとまろとみるが歩いてくる。
「アオーン」
「ニャーン」
「そろそろご飯の時間かな?」
そう言うと、すりすりと体を擦り付けてくる二匹の頭を撫でてやる。
「はいはい。ご飯食べに行こうね」
そうして、いつもの日常が戻ってくる。



