まろとみるくを連れ、腕に龍を巻き付けて朝食の席に現れた柚子に、玲夜を始めとした全員が目を丸くした。
誰もが沈黙にある中、透子が恐る恐る声を上げた?
「柚子……。あんた腕になにつけてるの?」
「えっーと。昨日の龍……かな?」
「いや、なに普通に連れて来てるのよ! しかも大きさ違うし!」
「なんか、大きさ変えられるみたいなんだよね。朝目が覚めたらまろとみるくと一緒に寝てたから」
「なんで!?」
「なんでと言われても……。なんで?」
柚子は腕に巻き付く龍に問いかけた。
『一龍斎から解放されたから、これからは柚子を加護する』
「えっ!?」
驚く柚子は困ったように玲夜へ助けを求める。
玲夜は溜息を吐いた後、「柚子が嫌じゃなければ受け入れたらいい」と言った。
『柚子は我が嫌か?』
つぶらな瞳で悲しそうに見られれば、柚子に拒否することはできなかった。
こうして、なし崩し的に龍の加護を得た柚子に、千夜は大喜びだ。
「いやぁ、柚子ちゃんが龍の加護を得たなんておめでたいなぁ。これで柚子ちゃんが花嫁であることに文句を言ってた子たちも黙るしかないよねぇ~」
一龍斎をあの地位まで引き上げたほどの力を持つ龍だ。
文句を言えるものなど出るはずもない。
「これで鬼龍院も安泰だねぇ」
はっはっはっと笑う千夜はいつも以上にご機嫌な様子。
なにがあったのか、玲夜にこそこそと話しかける。
「千夜様すごく機嫌がいいけどなにかあったの?」
「龍の加護がなくなったことで、一龍斎への攻撃が上手くいくようになったから嬉しいんだろう」
「攻撃?」
「一龍斎を潰すと言っただろう? 一番乗り気だったのは父さんだ。一龍斎の態度にかなり頭にきていたみたいだったからな。これまで龍の護りがあるせいで下手に出るしかできなかったが、今は鬼龍院総出で一龍斎の力を削いでるところだ。それが予想以上に上手くいってる」
「そうなの?」
「まあ、元々が大きいからな、すぐに倒れるということはないが、これからジワジワと一龍斎は力をなくしていくだろう。すでに兆候は出始めてる。きっと今頃一龍斎の方はてんやわんやだろうな」
「……千夜様ってもしかして怒らせると怖い?」
「今頃気付いたのか? 俺の父親だぞ。見た目に騙されるな。本質は俺より凶悪だ」
「うぇぇ?」
あんなにニコニコと人がよさそうなのにと、柚子は少しショックだ。
だがまあ、人がいい者があやかしのトップなどやってはいられないのだろう。
そう考えると、当然なのかもしれないと、柚子は千夜の新たな一面を知るのだった。
「ところでさ、その龍はどうして一龍斎の言いなりになってたわけ?」
と、突然透子が核心を突いてくる。
すると、柚子の腕に巻き付いていた龍が柚子の肩に移動する。
『話せば長いがよいか?』
全員を見渡せば、了承するように頷いたので、柚子も頷く。
「うん。お願い」
そして、龍は話し始めた。
『遙か昔、我はひとりの少女に加護を与えていた。とても心が美しく優しい少女だった。当時あやかしと人間の仲はあまりよいとは言えず、あやかしは淘汰されようとしていた。そんな時に鬼の当主は神に願った。あやかしと人の架け橋となるものがほしいと。神はそれを叶え、あやかし同士でしか番わないあやかしに人間から花嫁を与えた。けれどそれは誰でも良かったわけではない。そして強制したわけでもない。神はただ、相性のよい似た二つの魂が出会うように運命の糸を結んだのだ。そして人間である花嫁には、あやかしを繁栄に導く付加価値を与えた。人間があやかしの世界でも生きていけるように。守られるように』
それは初めて聞く花嫁の始まりの話だった。
『そんな最初の花嫁に選ばれたのが、私が加護を与えた少女だった。少女は鬼の当主と惹かれ合い伴侶となった。我から見ても幸せそうであった。だが、それを少女の生家である一龍斎は許さなかった。少女が家を出たことでそれまで龍の加護により人間の世界で力を増していた一龍斎は衰退し始めていたのだ。没落していくことを恐れた一龍斎は無理矢理少女を連れ戻し、一族の者と結婚させた。そして娘を産むと、一龍斎は龍の加護を手放さぬために、我に秘術でもって縛り、少女の産んだ娘に強制的に加護を移したのだ』
「待て、そんなことは可能なのか?」
人の身でありながら霊獣である龍を縛るなど、ありえるのかと、玲夜が疑問を口にする。
『遙か昔のことだ。人は今より霊力も強く、神子としての力も強かった。それこそあやかしが淘汰されようとするほどに。それに我が油断していたのもある。そなたの言うように人ごときに我を御せるなどできようはずがないと。その慢心により我は一龍斎に縛られることになり、少女とも引き離され、言いなりになるしかなくなった』
「ひどい……」
少女の最後に立ち会うこともできなかったと嘆く龍に、思わず柚子からそんな言葉が出た。