そんな龍の周囲に突如、ドーム状の光の壁が包み込む。
光の壁に閉じ込められた龍は、その中で大きく暴れる。
すると、体当たりするごとにひびが入り、幾度目かの体当たりで、光の壁は粉々に崩れた。
「あちゃー。やっぱり僕ひとりの結界じゃ駄目か」
そう言ったのは千夜。
どうやら今のは千夜が作った結界のようだ。
「さすが霊獣。神に近しい存在。あやかし程度が作った結界なんてへでもないって感じだねぇ」
そんな呑気な声だが、その表情は珍しく真剣だ。
『鎖を……鎖を……』
それを聞いた柚子は玲夜を見る。
「玲夜、あの鎖をなんとかできない!?」
「鎖……」
玲夜すぐに動いた。
玲夜の作り出した青い炎が鎖を攻撃する。
しかし、炎は鎖に触れた瞬間に霧散した。
「くそっ」
舌打ちをする玲夜に続き、千夜も同じように青い炎を投げつける。
玲夜よりも青い炎は少しの間留まったが、やはりすぐに消え去ってしまう。
「玲夜君、同時に」
「はい」
力を合わせるように同時にふたりが炎をぶつける。
先ほどのようにすぐに霧散することはなかったが、鎖が輝きを増すと炎は弾かれるように消えていった。
それと同時に龍が苦しむようにのたうつ。
鬼の当主と次期当主。
あやかしの中でも飛び抜けて強いふたりの力をもってしても鎖を破壊するに至らない。
龍は必死になにかに抵抗しているようだった。
苦しみながらもそれにあらがっている。
鎖がそうさせているのか。
なにかないのか、あの鎖を破壊する方法は。
しかし、玲夜と千夜の力でも破壊できないものを、人間の柚子になにかできるはずもない。
どうしたら龍を助けられる?
助けてあげたいと強く思った時、なにかが柚子の横を通りすぎた。
はっと目を見張る柚子の目に飛び込んできたのは、まろとみるくの姿。
二匹は脇目もふらず龍へ向かっていく。
「まろ! みるく!」
「ミャオーン」
「シャー」
威嚇するように飛び付いた二匹は、龍ではなく、龍に巻き付く鎖を攻撃する。
まろはがぶりと噛み付いて、みるくは爪で引っかき。
以前柚子が鎖に触れた時には、触れた手が赤くや火傷をしたように怪我をした。
まろとみるくもそうならないかと心配だったが、二匹は柚子の心配はなんのその、無心で攻撃を続けている。
するとどうだろう。
玲夜と千夜ですら手も足も出なかった鎖が、欠けてひびが入りゆっくりと崩れていく。
それに従って龍の上げる苦しむ声も小さくなっていく。
「さすが霊獣の力か……」
感心したように玲夜が呟く。
柚子はすぐに忘れてしまうが、あの二匹はただの猫ではなく、あの龍と同じ霊獣なのだ。
あやかしよりも神に近い尊い存在。
そして、その時が来る。
まろとみるくにより攻撃された鎖が、端からボロボロとほどけていく。
龍に巻き付いた鎖がすべて消え去ると、白銀の龍は空に向かって咆哮した。
それは長年に続く拘束からの解放に歓喜する心からの叫びだった。
声が静まると、龍はまろとみるくに顔を寄せ、挨拶をするように鼻先をちょんとくっつける。
そして、次にその視線を柚子へと向けたと思ったら、柚子の体にグルグルと巻き付いたのだ。
これに驚いたのは柚子以上に玲夜の方だった。
龍を攻撃しようと炎を放ったが、それは赤子の手をひねるようにぱしんと弾かれる。
「柚子!」
焦りを滲ませた玲夜の声を聞きながら、柚子は龍と目を合わせる。
まるで懐かしさすら感じる優しげな眼差しに、柚子は恐怖などは抱いていなかった。
『ありがとう。ありがとう……。やっと解放された』
感謝を告げる龍に、柚子は首を振った。
「私はなにもしてない。なにもできなかった。あなたを助けたのはまろとみるくだから、お礼ならまろとみるくに……」
『あの二匹がいるのはあなたのおかげ。だからありがとう』
そう言うと、龍は柚子から離れた。
『我は行く。我を捕らえし憎き一族に鉄槌を』
そして再び咆哮を上げながら、龍は空へと登っていった。
それを柚子たちは姿が見えなくなるまで見送った。
「あっちは一龍斎の家がある方角だねぇ」
千夜が龍の行った方角を確認しながらそう告げた。
「結局あの龍はなんだったのかな?」
「さあねぇ。本人に聞いてみないことには」
たくさんの謎を残したまま消えていった龍。
その日はそのままお開きとなったが、翌朝柚子が目覚めると、足下にはまろとみるくと一緒に猫たちと同じぐらいの大きさになった白銀の龍が寝ていた。
柚子は一瞬夢かと思って、二度寝すべきか悩んだ。