ふたりから間もなく、玲夜と高道も姿を見せた。
「柚子、帰った」
「玲夜」
 帰って来るや、柚子を抱き締めて頬にキスをする。
 いつも通りの挨拶だ。
「玲夜は大丈夫だった?」
「問題ない」
 その会話に透子がツッコミを入れる。
「いやいや、柚子。若様の心配する必要ないから。もうノリノリというか殺る気満々で口撃してたからね」
「なに言ったの、玲夜?」
「少しこれまでの鬱憤をぶつけただけだ。まだ言い足りないが、それぐらいにしろと高道が言うので切り上げた」
「あれで言い足りないの!?」
 透子が驚いたように身を震わせていた。
 本当に、どんなやり取りがあったのやら。
「父さんは?」
「僕はここだよ~」
 タイミングよく千夜がやって来た。
「ちゃんと怒らせてきたかい?」
「はい。きっと行動に移すでしょう」
 千夜は満足そうだが、柚子には少し気がかりが。
「でも本当に龍を使ってくるのかな?」
「ああ。それは桜子の件を見ても、柚子の事故の件を見ても可能性が高い。それに……」
 玲夜は高道に視線を向けると、高道が口を開く。
「過去の一龍斎ミコトの周辺を調べてみると、以前から彼女の近くでは不審な事故や事件が多発していました。これらも恐らく龍に命じたのでしょう。今回もすぐに行動してくると思われます」
「だから、柚子は屋敷の中でもひとりで行動しないように」
「分かった」
「多分そう先のことじゃない。数日以内にはなにかが起こるだろう」
「その間は僕もここに泊まり込むから安心してねぇ」
 なんとも明るく千夜がそう言った。
 それで話は終わり、透子と東吉は帰るのかと思いきや、最後まで見届けると言って泊まることに。
 やる気満々の透子にはぜひとも隣にいる東吉の顔を見て欲しかった。
 鬼の根城に泊まると聞いて、あやかしの中でも弱い猫又の東吉は今にもちびりそうなほどに顔色が悪い。
 そんなことに気付いていない透子だけが元気いっぱいだ。
 その日の夜、広間で柚子と透子と東吉は食事をしていた。
 玲夜と千夜と高道は帰ってきてからずっとなにやら話し込んでいたので、未成年組は邪魔をしないよう大人しくしている。
 いつもよりも屋敷内に人が多いように感じるのは、千夜がいることで本家からも人が来ているからのようだ。
 それ故になおさら東吉は怯えて緊張し通しだ。
 人間には分からない強い霊力を感じて、無意識に萎縮してしまうらしい。
 なら帰るかと透子が聞いていたが、危ないかもしれないのに透子を置いていけるか!と男を見せた東吉だったが、今にも倒れそうなほど顔面蒼白なのが残念である。
 そんな中、嵐は唐突にやって来た。
 まったりと食後のお茶を飲んでいた最中、激しい衝撃音が屋敷全体に響いた。
「な、なに!?」
「すごい音したわよ!」
 柚子と透子があわてふため中、東吉が様子を窺おうと廊下に繋がる障子を開けた。
 障子の向かいには窓硝子がありその先は中庭になっている。
 その中庭に白銀に輝く龍が降り立つのが柚子には見えた。
「龍が……」
「えっ、どこ?」
「中庭。中庭に龍がいる!」
 その時、龍と目が合った。
 龍は柚子を視認すると、真っ直ぐに向かってくる。
 その中間には東吉が立っていた。
「にゃん吉君、危ない!」
 柚子は東吉の腕を引っ張って一緒に倒れ込んだ。
 その瞬間、龍が突っ込んできて中庭とを隔てていた窓硝子が一気に吹き飛び大きな音を立てる。
「きゃぁぁ!」
 硝子が柚子の上に降りかかってきたが、不思議と痛みはなかった。
 目を開けてからその理由に気付く。
 柚子の周りには青い炎が柚子を守るように揺らめいていた。
 音が止んで身を起こすと、玲夜が走ってくるのが見えた。
「柚子!」
「玲夜」
「無事か?」
 柚子は一緒に倒れた東吉と、少し離れたところにいる透子を目で追い、ふたりが無事であることを確認してから頷いた。
「大丈夫。けど龍が……」
 龍は広間の中に入り込んでおり、そこでのたうち回るように身をよじっていた。
『いやだ……いやだ……。だれか……』
 苦しむような龍の声。
 龍が抵抗する度に龍に巻き付く鎖が龍を締めつけているように見える。
 その時、まばゆい光が一瞬視界を覆い尽くし、思わず目を閉じた。
 すぐに光は止んだが、目を開けると龍は再び柚子に視線を向けていた。
「うそ、あれが龍?」
 柚子ではない透子の声だ。
 透子だけではない。東吉も驚いたように目を丸くし、玲夜や他の者も確かに龍に視線を向けていた。
「玲夜、見えてる?」
「ああ」
『たすけて……』
 そう言って一筋の涙が龍の目から溢れた。
 そして、鎖に身を締めつけられると、柚子に向かって飛んでくる。
 それを玲夜が柚子を守りながら避けると、龍は再び中庭へと飛び出す。