その日、玲夜はミコトに会いに出かけていった。
これも作戦の内だ。
だが、玲夜が他の女性と楽しく……いや、玲夜本人は楽しくないだろうが、女性とデートしている姿など見たくはなかったので柚子は屋敷で留守番だ。
代わりになぜか透子が見学しに向かった。
ミコトには気付かれぬように、遠くから、玲夜に付けた盗聴器で様子を窺うらしい。
探偵になったみたいだと透子ははしゃいでいた。
ちなみにストッパー役として東吉も高道に連行されていった。
柚子はのんびりと自室で待っているだけ。
しかし、部屋ではなぜか千夜がにこにことしながら猫じゃらしでまろとみるくと遊んでいる。
「ほーらほら。こっちだよ~ん」
玲夜が知らぬ内に柚子に危害が及ばぬようにと頼んだら喜んで護衛を引き受けてくれたらしい。
鬼龍院の当主にそんなことをさせていいのだろうかと、柚子は申し訳ない気持ちだったが、本人はどうもこの状況を楽しんでいるようにすら見える。
「むふふ。玲夜君は今頃あの子を地獄に落としてるかなぁ? 楽しみだね、柚子ちゃん!」
「は、はぁ」
楽しむ要素はどこにもないように思えるのだが、千夜から緊張は微塵も感じられない。
「やっとあの目障りな一龍斎を潰せるよ。待ち遠しいなぁ」
人のよさそうな笑みなのに、なぜか黒く感じる。
千夜と一龍斎にはなにかあるのだろうかと勘ぐりたくなるような敵意を感じる。
実際問題、鬼龍院と一龍斎には昔からの因縁があるのだが、聞かされていない柚子はそれを知らない。
千夜は遊び疲れたまろを抱き上げた。
「龍を解放できるかは君たちにかかっているんだから頑張ってね」
「アオーン」
まろは触るなとでも言うように千夜の手にかぶり付いた。
けっこう強く噛んだように見えたが、千夜は気にした様子はなく、にこにことした顔でまろを離した。
すると、まろは一直線に柚子の横に座り、くっつくようにして丸くなって寝始めた。
甘えん坊なまろを柚子はよしよしと撫でる。
すると、子鬼と遊んでいたみるくも、まろがいるとは反対に座り、柚子にくっつき甘えるように頭を擦り付けてくる。
「ねぇ、柚子ちゃん?」
柚子は撫でていた猫たちから顔を上げて千夜に視線を向けると、千夜は面白いものを見るような顔で柚子と猫たちを見ていた。
「初めて花嫁となった鬼龍院の花嫁の話はあまりないんだ。けどね、こんな話が残されているんだよ~」
「なんですか?」
「龍の加護を持ちながら鬼の伴侶となった花嫁のそばには常に猫が二匹いたらしいんだよ。それも、黒い猫と茶色い猫がね。猫たちは花嫁が亡くなるといつの間にか姿を消していたんだって」
思わず柚子はまろとみるくを見た。
「そして、今鬼の花嫁である柚子ちゃんのそばにも同じように猫たちがいる。面白い偶然だ。けど、これは本当に偶然なのかな? どう思う?」
千夜は意味深な眼差しを向けてくる。
なにを言わんとしているのか柚子には分からない。
「それってどういう……」
「柚子~!!」
言葉を遮られた大きな声は柚子がよく知る透子の声だ。
すぐに立ち上がって部屋を出る。
玄関に向かうと、予想通りの透子が戻ってきていた。
どうやら話は終わったらしい。
「おかえり、透子。どうだった?」
どういう状況だったのか聞きたくて仕方がない柚子は気が急く。
そんな柚子を前に透子はなんとも言えない表情を浮かべる。
「いやぁ、若様ほんと鬼だわ。ああ、あやかしのって意味じゃないわよ。鬼畜すぎるのよ。最初はざまあみろって聞いてたけど、だんだんあの女がかわいそうになってきてさ。最後の方は、もう止めてあげてってって叫びたくなったわ。若様だけは絶対に敵に回さないって心に誓ったもの」
「俺も……」
若干やつれた顔をして東吉も中に入ってきた。
「あれ、怒らせるどころか戦意喪失させちゃうんじゃないかしら?」
「なにしたの……?」
柚子は口元を引き攣らせた。
透子がそこまでいうことを玲夜がしたのは分かったが、なにを言ったらそんな評価になるのか。
「聞かない方がいいわ。こっちまでダメージ食らうから」
隣で東吉が深く頷いている。