真っ赤になった目で透子のところに行けば、子鬼たちと戯れながら高道とお茶をしてのんびりとしていた。
手を繋いで現れた柚子と玲夜を見た透子は、まるで妹を持つ姉のような大人びた顔でにっこりと微笑んだ。
「その様子だと言いたいこと言えたみたいね」
「うん。ありがとう、透子」
ポンポンと頭を撫でると、玲夜までもが透子に礼を言った。
「すまない。世話をかけた」
「いいですよ~。柚子には普段からお世話になってますから」
「これからも柚子を頼む」
「もっちろんです。ってことで、本題なんですが、若様はなんであの女と一緒にいたんです? ここまできたら一応私にも教えてくださいよ」
「ああ」
改めて、話をしようと席に着く。
透子が頼んだお茶が目の前に並べられて、使用人が部屋を出てから、玲夜はなぜかまず透子に問いかけた。
「先に質問だが、一龍斎の娘と諍いを起こしたりしたか?」
「あははは……はい……」
透子は笑って誤魔化そうとしたが、観念してうなだれた。
「恐らく、先日のトラックの事故。それはお前を狙ったものだ」
透子は「えっ!?」と、驚いたように声を上げた。
柚子はなんとなくだが察していた。
柚子には、透子をそこに縛り付けようとする龍の姿が見えていたからだ。そしてタイミングよくやって来たトラックは、ブレーキがきかないときた。
柚子が庇わなければ透子は今頃ぺちゃんこだろう。
「一龍斎の娘にかなり喧嘩をふっかけたそうじゃないか。それに怒った一龍斎の娘がお前に怪我をさせようと企てたものだ。一龍斎を護る龍の力を借りて」
「はっ、龍? いや、確かに一龍斎は龍の加護を得ているって噂ですが、あくまで噂でしょう?」
そう透子は困惑したようにする。
「透子、それは本当のことかも。透子には見えてなかったかもしれないけど、私には透子に絡みついてる龍の姿を見てたから」
「えっ、冗談……なんて柚子は言わないわね。そんなことで」
こくりと柚子は頷く。
「えっとつまりなんですか? あの女は反抗してきた私にむかついて龍をけしかけて、私を殺そうとしたってことですか?」
普通ならば耳を疑うような不可思議なことだが、透子の飲み込みが早いのは、あやかしの花嫁というあやかしに囲まれた特殊な環境下にあるからだろう。
「本人によると、少し怪我をさせて痛い目を見せたかっただけのようだ」
「少しって……」
あの事故は少しの怪我ですむようなものではなかった。
柚子が無事だったのは浩介の護符と子鬼に守られていたからだ。
透子なら死んでいてもおかしくない。
「あの女、やっぱりふざけてるわ。頭おかしいんじゃないの?」
憤慨する透子に、玲夜はさらに続ける。
「同様に少し前の桜子の怪我。それも一龍斎の娘が龍を使って起こした事故だ。あれも、桜子が一龍斎の娘に刃向かったからだというきわめて子供じみた理由だった」
「はあ!?」
透子は怒りを通り越して呆れている。
そんなことで簡単に人を傷付けようとするミコトが恐ろしくてならない。
「桜子の時に一龍斎の娘から脅しをかけられていた。これ以上犠牲者を増やしたくなかったらデートをしろとな。勿論切り捨てたが、柚子が怪我をしたことで、それにも龍が関わっていることを知って、娘と連絡を取ることにした」
「そんなことがあったの?」
「柚子に余計な心配をかけさせたくなかった。悪かった」
柚子は首を横に振った。
無知は罪だと思う。
知らない間に玲夜は柚子を守ろうとしていた。
なにも知らず柚子は自分のことばかりだった。
けれど、こうしてちゃんと話してくれることが柚子は嬉しい。
「でも、どうするんですか? あの女は柚子に成り代わろうとしてるんですよ? このまま言いなりになる……わけないですね。はい。勿論分かってます。若様ですから」
玲夜の浮かべた凶悪な笑みを見て、透子は口元を引き攣らせた。
「でも玲夜は龍に勝てるの?」
桜子ですら手も足も出なかった相手だ。
柚子には桜子と玲夜の力の差は分からなかったが、同じ鬼である桜子がなすすべがなかったのだ。
たとえ玲夜と言えども簡単にいくとは思えない。
そもそも、柚子はあの龍を倒したいとは思っていないのだが、そこはどうするのか。
けれど玲夜の言葉は力強かった。
「一龍斎の力を削ぐ。二度と舐めたことを言えないように」
「そんなことできるの?」
「そのために準備はしていた。そのせいで屋敷には帰れなかった。寂しい思いをさせただろう」
「玲夜……」
そっと玲夜が柚子の頬を撫でる。
柚子を見つめる目は、柚子が知るいつもの優しい目だ。
それを再び見つめられただけでどこか安堵できた。
見つめ合っていると、透子がパンパンと手を叩く。
「はいはい、イチャつくのは後後。で、若様はそのためにあの女と会ってたってことでいいですか?」
「ああ。あの娘には散々付き合って気分よくさせた後にきっぱりと断って地獄に落としてやろうとしていた。まあ、柚子のことで慌てて出てきたからなあなあになってしまったが」
「それって逆上して玲夜が危ないんじゃ……」
「甘いわよ、柚子。ああいう女の嫉妬は女に向かうのよ」
「つまり、私?」
透子だけでなく高道も頷く。
「玲夜様の目的はそうやって怒らせることでした。おっしゃるように柚子様に敵意が向くのは想定内ですので、柚子様には今日にでもしばらく本家の方に避難していただくつもりでした。本家には千夜様がいらっしゃいますからね。ですが、こうなった今となっては、柚子様にも協力していただくべきかと思いますが、玲夜様?」
玲夜は苦々しい顔をしている。
その表情には、柚子を巻き込みたくないという想いがありありと浮かんでいた。
けれど、協力できることがあるならば、柚子はこれほど嬉しいことはない。
「やる! 私にできることならなんでもやる!」
玲夜に懇願するように玲夜の目を見つめる。
自分の本気が伝わるように想いを込めて。
すると……。
「危険だぞ?」
「それでもいい」
一歩も引かない柚子に、最後は玲夜が根負けした。
小さく溜息を吐くと、柚子の頭に手を乗せた。
「分かった。だが、ちゃんと俺の言った通りにするんだ」
「うん!」
初めて危険と分かりつつ柚子を使ってくれる。
やっと頼ってくれる、役に立てると、柚子は満面の笑みを浮かべた。
「でも、なにをしたらいいの?」
「火種は俺がまく。後は向こうを逆上させて龍が姿を表すように仕向ける。そして龍を一龍斎から解放する。そうすれば一龍斎を護るものはない」
そうして、作戦会議が始まった。
内容は、柚子の予想外のことばかりだった。