ふたりっきりとなった柚子は、透子の言葉に気合いを入れたものの、なんと話し出したらいいかと困った。
あーだこーだ悩んでいる内に、玲夜が先に口を開く。
「柚子、俺は浮気をしたわけではないから」
と、玲夜の方からその話を出してきたのは驚いた。
だが、透子が浮気だと騒いでいたので仕方ないかと思い直す。
「ならどうして彼女と一緒にいたの?」
「…………」
玲夜は答えない。
そんなにも言いたくないのかと、悲しいを通り越して怒りが湧いてきた。
きっと透子に感化されたのだろうと柚子は思いながら、透子が言っていたようにこの感情に身を任せてみることにした。
我慢は散々してきた。
それでなにかが変わったことなどこれまでなかった。
なら、透子の言うように悲劇のヒロインぶるのは止めだ。
柚子は玲夜と一緒にいたい。
ただいるだけではない。透子や東吉のようになんでも話し理解し合える関係を築きたい。
そのために必要だと言うのなら、勇気を出そう。
拒否をされるかもしれない。そう思うと怖いけれど、なにかが変わることを信じて玲夜と向き合う。
「どうしてなにも言ってくれないの?」
「……柚子はなにも心配しなくていい。俺に任せておけ」
玲夜の心はまだ堅く、それが柚子を苛立たせる。
「……分かった。だったらもう止める。玲夜の花嫁でいるのもう止める!!」
これは最後の賭けだった。
玲夜が柚子を必要としてくれるかどうかの。
「なにを言ってる」
「花嫁を止めるって言ったの。屋敷からも出ていく。すぐに玲夜の前からいなくなるから」
「そんなこと許すとでも思ってるのか?」
玲夜が怒ったように柚子の手を掴むが、柚子はそれを振り払った。
その行いに玲夜は目を見張った。
「だったら話してよ! 私はそんなに役に立たない? 玲夜に不必要なの? 花嫁だなんだって言うくせに、寄り添うことも許してくれないの?」
柚子の激昂に玲夜驚いたように柚子を見ている。
「玲夜は私のためを思ってなにも教えようとしないのかもしれないけど、私はなんでも教えて欲しい。玲夜が困ってることがあったら一緒に悩みたい。同じものを共有したいの! なのに玲夜は自分ですべてを背負い込もうとして、私には分けてくれない。それなら私なんていなくても平気でしょう!? 玲夜には私なんていらないんじゃないの?」
「馬鹿を言うな!」
玲夜がようやく感情を露わにした。
「俺はただ柚子には余計な不安など感じさせたくないだけだ」
「それが嫌だって私は言ってるの! むしろそうされる方が私には不安でしかない! 私は玲夜のなに? 花嫁と言う名のお人形? ただ玲夜の言う通りに動いて、玲夜の言う通りに笑っていれば満足? 私の心はいらないの?」
「違う。そんなことを思ってはいない」
「だったら、話してよ……。私にとって不安になることなのかもしれない。けど、私が玲夜の花嫁だって言うなら、玲夜のそばにいていいなら、同じものを見たい。私だけ部外者は嫌よ……」
熱い気持ちが形となって、ポロポロと涙が頬を伝う。
「確かに私は力がなくて、役に立たないから玲夜は私なんて必要としないのかもしれないけど、私は無知でいたくない。玲夜が好きなの。そばにいたい。でも、このままじゃ玲夜のそばにいる自信がない」
向かいに座っていた玲夜が、立ち上がって柚子の隣にくる。
膝をついた玲夜を、涙に濡れた瞳で見上げる。
「柚子……」
唇を噛み締めて表情をゆがめた玲夜が、おもむろに柚子を抱き締める。
「今は玲夜がとっても遠く感じる。私はもっと玲夜に近付きたいよ……」
守られるだけは嫌だ。
寄り添いたいと願うのは、それだけ玲夜が好きだからだ。
どうかこの想いが届いてほしいと願って、柚子は玲夜の背に腕を回してぎゅっとしがみ付いた。
「……悪かった」
ゆっくりと体を離す。
涙に濡れた柚子の頬を玲夜が手で拭う。
「どうやら俺は守ることばかり考えて、柚子を傷付けていたんだな」
「玲夜……」
「ちゃんと話す。すべて。それでいいか?」
届いた。
ちゃんと玲夜に伝わった。
それが嬉しくて、さらに涙をこぼしながら何度も頷いた。