柚子は透子に連れられそのまま猫田家へ。
東吉も今は留守にしているので、邪魔は入らない。
玲夜がホテルに入っていったのを見てからだいぶ時間が経つ。
今もミコトと一緒にいるのかと思うと、柚子の心に暗い影が落ちる。
しかし、すぐに、それでは駄目だと心を落ち着ける。
信じると決めたことを忘れてはいけないと自分に言い聞かせた。
用意されたお茶でひと息吐いたところで話を始める。
「それで、どうやって玲夜と話をするの?」
「んふふふふ」
いたずらを思いついた子供のような顔で、透子はスマホを手にした。
柚子が画面を覗き込むと、そこには高道の電話番号が載っていた。
「柚子はさ、私たちには護衛が付いてるのは分かってるでしょう?」
「うん」
特に津守の起こした事件に巻き込まれてからは護衛の数を増やしたと聞いていたので、見えないところにいることは柚子も分かっている。
「じゃあさ、私たちが若様の後を付けてたのも、若様があの女とホテルに入っていったのを柚子が見たことも、護衛の人たちは見てると思うのよね」
「あー、そうかも」
「なら、その護衛から報告が上がってる可能性もあるわよね。なんせ若様のマズい現場を見られたわけだし。しかもあの若様のことだから、逐一柚子の情報を報告させてるはずよ」
「そうかな?」
「絶対そうよ。昼に食べたメニューまで報告させてる自信があるわ」
「いや、さすがに玲夜でもそこまでは……」
「柚子はまだ若様の独占欲を分かってないわね。まあ、そこは今はいいわ。つまり、向こうが知ってることを前提で話を進めるからね」
「なにを?」
「柚子は一切しゃべらないで見ててくれたらいいわ。絶対駄目よ」
よく分からないまま頷いて、静かに様子を見守ることにした。
そして、透子は高道に連絡した。
そして電話が繋がると、透子のひとり芝居が始まる。
「あっ、高道さん! 大変なの、柚子が若様の浮気の現場を見ちゃって。うちで話を聞いてたんだけど、柚子がやけを起こしちゃって……。ああ! 駄目よ柚子、落ち着いてぇぇ! もしもし、高道さん!? とにかく柚子が大変なの! すぐに若様をこっちに連れて来て! でないと柚子が……。あっ、柚子、早まらないでー!!」
そして話の途中でプチッと電話を切った。
「透子……」
呆れる柚子に反して、透子は満足げにやりきった顔をしている。
「若様のことだからすぐに来るわよ」
「芝居臭くない?」
「まあ、見てなさいよ」
なぜか自信満々の透子。
それから柚子はのんびりとお茶を飲んでいたのだが、にわかに部屋の外が騒がしくなってきた。
それに気付いた柚子と透子は目を見合わせる。
「予想以上に早いわね」
「えっ、もう来たの!?」
柚子があたふたしていると、けたたましい音を立てて部屋の扉が開かれた。
そこには、望んでいた玲夜がいた。
後ろから高道も焦った様子で顔を覗かせたが、普通にしている柚子を見て目を丸くする。
「高道」
低い怒ったような声で玲夜が高道を呼ぶと、高道は困惑と動揺で視線をきょろきょろさせている。
「えっ、いえ、確かに柚子様が大変だと連絡があったのですが……」
透子に視線を向けた高道に、透子は会心の笑みを浮かべて親指を立てた。
「グッジョブ、高道さん! こんな予定通り進むなんて私女優も夢じゃないわね」
「どういうことだ」
覇気を漂わせて玲夜が透子を睨め付ける。
普通なら身を震わせて声も出せないほど恐怖におののくだろうに、透子はむしろ怒りをぶつける。
「若様のせいでしょうが! このままじゃ柚子をなくすことになるかもしれませんよ。むしろ感謝してもらいたいぐらいです」
透子は立ち上がると、玲夜を無理矢理部屋に連れ込み、柚子の向かいに座らせる。
「ほら柚子。女は度胸! うじうじするのは終わりよ」
そう言うと、後ろにいた高道に向かってにっこり微笑み、「高道さんは別の部屋で一緒にお茶でもしましょうか」と、困惑する高道を連れて部屋を出て行ってしまった。
忘れず子鬼たちも連れて行っているあたり気が利いている。